第52話

その者は飛鳥の方に近づくと、思い切り佐吉を蹴り飛ばした。


蹴られた佐吉は吹っ飛び、畳の上に体を打ち付けた。


「痛い……」


呻く佐吉の方に目をやる飛鳥だが、何が起きたのか分からず呆気に取られた。


「大丈夫か?飛鳥」


その声は、ずっと聞きたくて仕方なかった声だった。


「も、もしかして……」


「あぁ、そうだ。俺だよ」


飛鳥の目に映ったのは、愛しい和音だった。


「ど、どうしてここに?」


「それは後だ。まずはこいつを何とかしなければいけない」


そう言うと、和音は放心状態になっている佐吉に馬乗りになり、彼を思い切り殴った。


「うわっ」


飛鳥は思わず声を出してしまう。


こんな和音は見たことがなかったから。


「お前!何をしたか分かっているのか!?」


「何をするんだ!私にこんなことをして、ただで済むと思うなよ!?」


殴られた佐吉が和音を睨みながら言った。


「そもそもお前は誰だ!?」


「俺か?俺は、こいつと共に古道具屋をやってる者だ」


和音が告げると、佐吉は納得がいったように頷いた。


「あぁ、そうか。お前が、士郎くんの待ち人か」


「その通りだ。俺の大切な人に手を出すな!」


そう言うと、和音はまた佐吉を殴ろうとした。


それを見た飛鳥は思わず和音を止めようとする。


「もう止めて!」


「止めるな!こいつはもう一度殴ってやらなければ気が収まらないんだ!」


そう言って和音が拳を振り上げたので、慌てて飛鳥は彼の腕を掴んだ。


「駄目だよ!もし殴ったら、あなたの立場が悪くなるから!」


その言葉を聞いて、和音が拳の力を緩めた。


「僕は大丈夫だから……」


「大丈夫じゃないだろう!俺はこいつを許せない!」


「僕も迂闊だったよ。こうなる前に回避できれば良かったんだ……それに、僕は既に傷ものだから……」


和音も同様ではあるが、どうせ自分は香煌楼で客たちに既に汚された身……。


もう汚れてしまっているのだから、佐吉に触れられたとしてもどうということはないはず……。


そう考えると、飛鳥の目には涙が溢れてくる。


確かに香煌楼は和音と出会わせてくれた場所ではあるが、あのような経験はできればしたくなかった。


何度、自分をあの場に放り込んだ親を恨んだか分からない。


「そんなことを言うな!」


色々と考えを巡らせて涙する飛鳥を、和音が抱きしめた。


「ごめんなさい」


飛鳥がそう言って泣き続けると、和音は優しく背中を摩ってくれたのである。


「もう大丈夫だから、落ち着け」


和音の言葉に、飛鳥はコクリと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る