第46話

商いに少しずつ慣れてきた頃、ある一人の男性が店に訪ねてきた。


その日はちょうど和音は外の用事があり、出払っている。


普段は客対応はしない飛鳥だが、和音がいないのでやってきた男に声をかけた。


「いらっしゃいませ」


飛鳥の声を聞いた男は、探るような目でこちらを見る。


「私は客ではない」


そう言われ一瞬戸惑った飛鳥だったが、すぐに笑顔を作った。


「どういったご要件でしょうか」


「私は時定の、高田時定の父親だ」


男の言葉を聞き、飛鳥は硬直してしまう。


なぜ和音の父親がここまでやってきたのか……。


考えたくなくても、飛鳥はその理由を察した。


きっと、和音のことを説得しに来たのだろう。


「は、初めまして。士郎と申します。時定さんと、商いをさせてもらっています」


飛鳥が挨拶をすると、父親はますます不躾な視線を寄越してきた。


「時定とは、どういった関係で?」


あまりに率直な問いに、飛鳥は思わずごくりと生唾を飲んだ。


こういった場合は何と返せば良いのか迷う。


「それは……遊郭で一緒に働いていました。年季が明けたので、商いをすることに……」


飛鳥の答えに、父親はますます目を細めてこちらを見てくる。


「なるほど……君も男娼だったのか……。年季が明けたというのに、未だに男娼と一緒にいるとはな」


不躾な言い方をされて、飛鳥は眉を顰めた。


何と言えばいいのか迷っていると、出先から和音が戻ってきた。


「父さん?どうしてここに?」


父親の顔を見て問う和音の顔には、戸惑いの色が見える。


「あぁ、帰ってきたか。お前に話があってな」


怪訝な顔をしながらも、和音は父親を店舗の奥の部屋に通した。


座敷で対峙する和音と父親に飛鳥が茶を出すと、父親が一瞬だけ飛鳥の方を見て和音に尋ねた。


「この人とはどういう関係なんだ?」


そう父親に問われて、和音は一瞬考えた上で口を開いた。


「……彼は、私の愛する人です」


それを聞いた飛鳥は、大いに驚いて目を見開く。


いつかは知られることかもしれないが、何を言っているのだと思う。


さらに恐る恐る父親の方に目を向けると、案の定眉間に皺を寄せているではないか。


「それはつまり、どういうことだ?」


憮然とした顔で問う父親に、和音は躊躇なく答えた。


「俺たちは、愛し合っているということです」


さすがに飛鳥はそれを聞いて驚いた。


「ちょ、ちょっと……」


しかし和音の顔はいたって真面目だ。


父親の方を見ると、怒りに燃えているようだった。


『ま、まずい……』


飛鳥がそう思うのと同時に、父親が目を剥いて激昂した。


「お前は何を言っているのか分かっているのか!?」


「えぇ、分かっています。事実を伝えたまでですし」


「お前は、あの陰間茶屋で男色に溺れてしまったのか!?」


そんな父親の物言いにも、和音は動じなかった。


「溺れたなんてことはない。けれど、この人に出会えたことに関しては、父さんに感謝すべきかな」


香煌楼に入れられなければ、二人は出会うことはなかっただろうから。


すると、父親の痛烈な平手打ちが和音の頬に炸裂。


「何をするんだ!」


鋭い目をした和音は、痛む頬に手を添える。

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