第41話
政忠は金を出してくれるとは言っていたが、その額が幾らほどなのか具体的には知らなかったのである。
「五百両か……。君がここを出たいと言っていた時期までに、用意できるか分からないな」
彼は悩むような素振りをした。
「そうですよね……難しいだろうというのは分かっていました。政忠さんのお気持ちだけで結構ですから……」
飛鳥がそう言うと、政忠は僅かに考えた後に決意したように言った。
「そう言わないでくれ。君のためなら、きっと工面してみせる」
「でも、どうか無理はしないで……」
「大丈夫。あと半年弱なんだろう?それまで時間はあるし、待っていて」
政忠は手を伸ばして飛鳥の頬に触れようとしたが、直前でその手を止めて引っ込める。
普段は客として飛鳥に触れているのに、この時ばかりは顔に触れることすら躊躇しているようだ。
「はい……お待ちしてます」
飛鳥の言葉に勇気を得たのか、政忠は飛鳥を布団に押し倒して組み敷いた。
そして顔を近付けてきたと思ったら、飛鳥の唇を貪るように味わったのである。
いつも優しく扱ってくれる政忠にしては、少々乱暴なような気がしてならない。
けれど、今夜は彼のしたいようにしてもらおうと思った飛鳥だった。
その日以降、政忠は店に顔を見せなくなった。
飛鳥はどうしたのだろうかと不安になったが、きっと自分のために金を集めてくれているのだろうと思うようにする。
けれど、日に日に不安は増すばかり。
「本当に、彼は約束を果たしてくれるのだろうか」
そう考えながら仕事の支度をしていると、後輩の蘭から声をかけられた。
「どうしたんですか?飛鳥さん」
「え?」
「何か悩んでるんですか?あ、もしかして和音さんと喧嘩?」
興味津々といった具合に聞いてくる蘭に、飛鳥は少しムッとした。
「違うよ。そんなんじゃない」
飛鳥が否定すると、蘭がニヤリと笑う。
「知ってますよ。上客が来なくて落ち込んでるんでしょ?」
言い当てられて、飛鳥は驚いた。
「どうしてそれを!?」
「だって、皆噂してますよ?飛鳥の上客が来ていないって」
確かに政忠は、飛鳥が申し訳なくなるほどに良く通ってきてくれていたと思う。
男娼たちの間でも、政忠の存在は知られたものだった。
「そうだったのか……」
「それと、あの客に水あげしてもらうんでしょ?和音さんが年季明ける頃に」
そこまで蘭が知っているとは思いもしなかった。
他の男娼には、一々話したことなどなかったから。
「ちょっと待て。そこまで知っているのか!?」
「はい。噂になってますよ?」
一体、どうして噂が広まったのだろう。
別に悪いことなわけでは無いから、知られても問題はないのだが……。
「早くここから出ていきたいってのが男娼たちの気持ちですし、水あげしてもらえるならいいじゃないですか」
その蘭の言葉に、飛鳥は僅かに救われた気がした。
「そうだよな」
「そうですよ。きっと金を用意してきてくれますよ」
「あぁ。僕もあの人を信じているよ」
そうだ。
飛鳥には信じて待つことくらいしか今はできない。
和音の年季が明けるまであと僅か。
それまでに、政忠がここにやってきてくれると願うことが、飛鳥にできることだ。
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