第5話
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帝国の中心街の外れ、人気の無い廃れた通りにポツンとある居酒屋。店主がカウンターでジョッキを洗う中、カウンター席にローブを着た男が一人。そしてテーブル席に二人の男。その二人は思いを馳せるように会話をしている。
「もうあれから十年か」
「早いモンだな。敗戦した俺達がこんな暮らしをしているとは思ってもみなかったぜ」
帝国に匹敵する土地を領有していた国家と勃発した第三次帝国大戦から十年。戦勝した帝国は世界を制し、戦争は消えて名ばかりの平和が訪れていた。
「これも英雄様のおかげさ。本来なら捕虜になって未来永劫、奴隷として働かされる運命だった俺達を逃してくれたんだからよ」
「それもそうだな。にしても不気味な話だ」
男達が不気味そうに言うのもおかしな話ではない。
敗戦した非帝国民は奴隷として自由を奪われるのが常だ。しかし帝国では幾度も奴隷を開放するという政治的活動が起きている。
「ローブに身を隠し、素顔を見た者はいない。腰にはかつてヴィトレア様が手にしていた英雄の御剣を携え、第三次帝国大戦で功績を残した二の英雄────」
男が得意げに言葉を続けようとしたが、カウンター席に座っていた男が立ち上がって生じた木の衝突する音によって遮られた。
男はそのまま居酒屋を去った。
「……まさか、な」
「いやいや、さすがにないだろう」
男達は苦笑いをした後、酒を一気に飲み干した。
ローブの男はある場所へ辿り着いた。
変わらぬ荒れ果てた大地に無数の剣の墓。誰も手を加えぬようにした土地の丘、その上に建つ墓石。
男はその前に立った。
「久しぶりだね」
男はそう言ってローブを脱いだ。
墓石の前に立つのはリトラだった。もう随分と身なりは変わっている。彼から幼さはもう感じられず、腰に携えた御剣やボロボロの体躯は見るに堪えない。
リトラは墓石に被った砂埃を払い、掘られた文字を見つめた。
【ヴィトレア=フィートアリア】
かつての想い人の名前がそこにあった。
「もう終わったんだ」
十年前の第三次帝国大戦。それからも彼は戦っていた。ある時は敗戦した人々の反乱を鎮める為に。ある時は奴隷として自由を奪われた人々を解放する為に。ずっと、平和だと思える世界を創る為に。
ようやく、理想の世界が創り上げられようとしていた。
「まだこれからやらなければいけないことは多いけれど。でも、一つだけ」
リトラは腰に携えていた、十年間一度も手を離すことの無かった英雄の御剣をヴィトレアの墓石の前に突き刺し、手を離した。
「もう、この剣はいらないんだ」
それが何を意味するのか。英雄の御剣から手を離すことが、どれほど大きな意味を持つのか。それをリトラは知っている。それを、ヴィトレアは知っている。
「本当の平和まで後少し。だから、もう少しだけ見守って欲しいんだ」
来るべき平和の日まで。リトラは十年前、ある約束事をした。
それは途方もない話で、夢物語に近いものだった。それでも、今は近くに理想がある。
リトラはヴィトレアが歩んだ道を歩み続けた。そして戦争が消え、反乱が消え、世界に自由が齎されようとしている。
途方も無い理想がやがて現実になる。
それはつまり——約束事が果たされるということ。
「だから、もう少しだけ。僕を待っててね」
いつかの村で見せた、幼さの残る微笑みを残して彼は背を向けた。
ヴィトレアの振り翳した正義、願った平和、その姿で示した英雄論。その全てが正しかったということが示す為に。
彼はまた一歩、英雄の道を征く。
英雄論 lll @hyt-ism
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