第76話 ちょっと実験してみました。

 最近使い始めたおばさんのスプーン。

 いろいろと便利に使わせてもらっている。

 使っている間に魔力が減るため、縮小してどの程度の時間活動できるか……ということはわかっていない。

 ということで、縮小化での生活を続ける俺。

 服についてはベアトリスが準備してくれているので問題はない。


 少し空が明るくなったころ起き出す俺。

 やはり魔力が消費されているからか、少しだるい。

 しかし、俺の中の魔力は残っているのがわかる。

 数値化されていればいいのだが、感覚でなければわからないのが不便である。

 インストールされた内容は数値化されていたのだが、この辺は即席の兵器だということなのかもしれない。


「ご主人様!」

「アリヨシ!」

 俺がホールから出て伸びをしていると、後ろからフェンリルとバハムートが近寄ってくる。

 見上げるような巨体。


 確かに威圧感あるなぁ……。

 今は力があることがわかっているから気にしないが、向こうの世界でこういう状況なら恐れおののいているんだろう……。


 そんなことを思って苦笑いしていると、

「ご主人様!

 牛乳を搾りに行きましょう」

「そうじゃ!

 卵を取りに行くぞ!」

 グレアとノワルに誘われ、

「そうだな。

 そうしようか」

 と言うと、

「それでは私の背に乗ってください!」

 グレアが俺の前に伏せたので背に乗ると、それに合わせてノワルも人化して俺の後ろに乗る。

 腰に手をまわして体を密着するのはいいが、柔らかいものが背に当たるのがちと辛い、


 意識させているのか、無意識なのか……。



 牧場……と言っていいのかわからないが、ランニングバードと牛が居る牧場に行くと、グレアとノワルの姿を見た瞬間、ビシッと整列した。


 えーっと、軍隊?

 牧場ってこんな感じだったっけ?

 こうもっと牧歌的な感じじゃないのか?

 確かに食事や搾乳の定位置が決まっていて時間には戻ってくると聞いたことがあるにしてもここまでじゃないと思う。

 ノワルとグレアは何をしたんだ?

 雛や子牛までもが整列するのは少し怖いんだが……。


 そんなことを考えていると、

「今日は、我らが主人であるアリヨシが我々の見学に来たのじゃ。

 粗相のないように!」


 少し震えているじゃないか?

 そんなに俺って怖い?


「それでは、ご主人様からお言葉があります。

 心して聞いてください」

 そんな話は聞いていないんだが……。

 しかし、ランニングバードも牛たちも俺に目線を向ける。

 仕方ないか……。


「いつも美味しい卵や牛乳を分けてくれてありがとう。

 今後ともよろしくお願いします」

 俺が頭を掻きながら言うと、

「アリヨシはこう言うておる。

 健康に気を遣い、アリヨシに美味い卵と牛乳を提供するのじゃ!」

 ノワルの言葉にビッと姿勢を正し、

「クエー!」

「モー!」

 と返事らしき鳴き声が響いた。


 この牧場って、どうなっているんだろう……。

 俺が手出ししていない間に何が起こった?


「では解散してください。

 今日搾乳担当の牛はいつもの場所でノワルさんを待ってください。

 卵を産みそうなランニングバードたちは、雛が生まれない卵を定位置で産卵。

 雛が生まれる予定の卵は巣で温めてください」

 グレアが言うと、なんだか、

「集会終わりかぁ」

「終わった終わったぁ……」

 と気が抜けた感じで、ゆっくりと去っていった。


 今までの緊張感は……何?


 ノワルが必要量の搾乳をする傍ら、グレアが無精卵を確保する。

 そのあと、ランニングバードと牛のブラッシング。

 人差し指で指差して、その指をちょいちょいと動かして呼ぶと、駆け足で二人の前へ。

 どんなしつけをしたのやら……。

 ブラッシングされるランニングバードと牛が緊張しているのは抜きにしても、二人とも手際がいい。

 そしてそれが終わると、

「終わったので風呂なのじゃ」

「朝風呂は気持ちいいのですぅ」

 と二人は俺を見るが、

「朝食の準備をしないと……c」

 と言うと、

「まあ、いつも通り二人で入るのじゃ」

「ちょっと残念ですぅ」

 肩を落としていた。


 朝起きて、ウルと料理すると、ウルの機嫌がいい。

 何の歌かわからないが、鼻歌を口ずさむ。

「機嫌がいいな。

 どうした?」

「アリヨシ様と一緒に料理ができるようになるとは……」

 小気味よい包丁の音と共に、ウルが答えた。

「そんなものかな?」

「はい、そんなものです。

 調理場替わりの水場はこの場所の中でも私が管理するような場所になります。

 あまり人が近づきませんから、二人きりになりますから……。

 そんな中……アリヨシ様……と……。

 夫婦……みたい……で……」

 言っていて恥ずかしくなったのかウルが耳まで赤くなって俯いた。


「確かになぁ……。

 普通は二人なんだが、なんだか同棲しているみたいで新鮮かもな……」

 野菜を洗いながら言うと、

「同棲とは?」

 ウルが聞いてきた。

「んー、仲良くなった男女が結婚を前に実際に生活してみる……って感じかな。

 好きな男女がたまに会うような感じだと、自分を飾っていいところを見せようとする。

 でも同棲して毎日生活していると、相手の素の部分を見ることになる。

 それを加味して、結婚する、しないを決めるわけだ」

「私は……したいですよ?」

 野菜を洗っている俺の横に来ると、体を預けてくる。

「俺もだな」

 ぽんぽんと頭に手を置くと、ウルが見上げてきた。


 ああ、こういうのが楽しいんだろうな……。


 俺自身が同棲したことがあるわけではなく、隣に美しいエルフが居る状況での料理などはしたことが無い。

 向こうの世界で経験したことが無かった同棲……今更ながら今の状況がそれにあたることに気付いて思ってしまった。

 ちょっと緊張する。

 そんな時、

「痛っ……」

 ウルが包丁を置いて指を見た。

 人差し指が一センチほど割れている。

「申し訳ありません」

 と隠す指に一筋の血が流れていた。

「ちょっと貸して」

 とウルの手を取ると、

「大丈夫!」

 と手を引くが、少し強めに引くとウルの体は俺のところに来た。

 その指にヒールをかける。

 すると、その傷が綺麗に消える。

 その手を見てウルがボーっとしていた。


「ウル、さっさと朝食を作らないと、食いしん坊たちが睨んでる。

 多分腹が減っているんだろう。

 そう指差した先には、朝風呂を終えて、俺たち二人を睨むグレアとノワル。

「料理ができるからと言ってご主人様に甘えてる……」

 グレアが言うと、ノワルも頷き、

「私も料理を習っておけばよかった」

 ベアトリスまでが言っていた。

「アリヨシ様、ちょっと違うと思いますが、とりあえず食事を作ることに専念しましょうか」

 ウルが言うと俺も手を動かす。

 そして四人そろっての食事になるのだった。


 食事を終えてベアトリスの馬車に。

「入っていいか?」

 と聞くと、

「どうぞ」

 の声。

 ベッドと机、机の周りには書類が散乱していた。

「凄い書類の量だな」

「はい、岩塩の埋蔵量の計算が主ですね。

 あとは、どこでどのくらい売れるかの計算です。

 どこかの紹介に任す予定ですが、一応の概算ぐらいは……」

 手計算が多いのか、紙にはびっしりと数字が書かれていた。

「これだけの数字となると計算が大変ですね」

 と苦笑い。

「お茶を淹れますね」

 ベアトリスがお茶の準備を始めた。


「そろばんを作るかな?

 そういえば、エルフの遺産的なものの中に〇クセルのような表計算ができるようなものがあるかもしれない。

 今度ホールの中を漁ってみてもいいかも……。

 ただなぁ……それを動かす魔力の供給がなぁ……」

 俺が考えていると、ベアトリスがクスリと笑った。

「どうかしたか?」

 と聞くと、

「私のことを考えてくれるのが嬉しいのですよ」

 ベアトリスが淹れたお茶を俺に渡す。

「そりゃな。

 ベアトリスが楽になるためなら、色々考えるさ」

 一口飲んで、

「美味いな」

 と呟くと、

「嬉しいですね」

 ベアトリスが目を細める。

「さて、アリヨシ様のために私もいろいろ考えます。

 アリヨシ様は私達のために頑張ってください」

 と俺を見て言ってくるのだった。


 確かにねぇ……まずは四人……ああ、五人か……。



 結局のところ、普通に生活をする分には、一週間経っても魔力枯渇になることはなかった。

 俺自身の魔力量が膨大すぎて、消費した魔力分では問題ないようだ。

 これで、大魔法でも連発すれば別なんだろうが、そういう状況になることは少ないし、そう言うときは巨人の状態で使えば問題ない。

 ということで普段は小さく、寝るときは大きくという生活スタイルになる。

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