踏切を踏む前に
秋のやすこ
踏切を踏む前に
踏切が閉まり、残されたのは僕だけになってしまった。
ここの踏切は電車が通るかなり前から閉まるから、今から少しの間はここで留まることになる。
今の気温はわからないけど、麦わら帽子を通り抜けて頭が焼けてしまうほど暑い。
そんな暑い日に僕は散歩をしようと、家を出た。
なんだか冒険ができるかもしれないと思ったから。
暑いけど風はそこそこ吹いている、数秒感覚でヒュー…ヒュー…と少しだけ冷たい風が僕の肌を掠めて通りすぎる。
それによって前髪がなびいて、しっかり前が見えていたが僕の前髪が振り子のように邪魔をしてよく見えない。
明日は髪を切りに行かなきゃいけないと思った。
もう2ヶ月くらい切っていないと思う、前まではお母さんに切ってもらっていたけど最近は家の近くのおじさんが経営している美容室に行っている。
最初は緊張したけどおじさんは優しくて、「心配いらないよ」と言ってよく話しかけてくれたおかげで僕は安心して髪を切ってもらうことができた。
今では元気に挨拶ができるほどの仲で、たまに料理のお裾分けをあげに行ったりする。
料理をあげるとおじさんはとても喜んで奥の部屋から何かをくれる。大体はコーヒーとか、お菓子とか。
コーヒーは飲めないから、お菓子をたくさんくれると嬉しい。
でもコーヒーをお母さんにあげると喜ぶから、コーヒーはいらないわけじゃない、お菓子がたくさんあればいいなと思っただけ。
お母さんは優しいし、お父さんも優しい。
おばあちゃんも、おじいちゃんも優しい。
というか僕の周りの人はみんな優しい。
みんなが僕に優しくしてくれる時間はあとどれくらい続くんだろうって考えることがたまにあったりする。
特におばあちゃんは心配になる、最近病気で入院しちゃったから。もう退院して元気になったけど、この前おばあちゃんの家に行った時には前よりもおばあちゃんになってた気がした。
振る舞いは変わらないし、僕がイタズラした時に怒るのは怖いけどカラスが縁側に入ってきた時は追い払ってくれる。
優しくてかっこいいおばあちゃん。
そんなおばあちゃんが死んじゃったらやだな。
おじいちゃんはずっと畑作業をしてる。
たまに手伝ってきたらってお父さんに言われて、嫌々手伝う。
だって虫はきもいから。
芋を掘ってる時に手についたりするのがやだ。
でもおじいちゃんは僕が嫌々手伝ってるのを気づいてるから休憩を多く作ってくれる。
おばあちゃんが作った麦茶が入った水筒を分けてもらう時が、手伝ってる時で一番嬉しい。
おばあちゃんちで飲む麦茶よりおいしい気がするから、なんでだろうと思っておじいちゃんに聞いたら。
頑張って働いて、流した汗たちがそうしてくれるって言ってたけど、僕はよくわからなかった。
おばあちゃんちから帰る時に、おばあちゃんが麦わら帽子をくれた。
買い物に出かけた時に、僕がじっと見ていたのはバレてたみたいだった。僕はそれが嬉しくて嬉しくて今もずっと被ってる。
お父さんは長い間運転してくれてた。
東京の家から愛知のおばあちゃんちまで。
前日まで仕事で大変なのに、僕が夏休みに入った時、長いお休みをとってくれて僕が行きたいところに連れて行ってくれた。
でも車の中で僕と話してる時より、なぜかお母さんと話してる時の方が笑ってる回数が多い気がする。
それで僕は少し怒って聞いたら、ごめんごめんって笑って言ってた。
ぜったい思ってない。だけど僕はそれでいい気がした、寂しい気もするけど、なぜかそれでいい気がした。
お母さんはずっと頑張ってる。
僕のことをよく見てると、僕の中で思う。
怒ることもあるけどその目はどこか優しさがあったと思う。
好き嫌いせず食べなさいって口うるさいところがあるけど、僕が嫌いなものを食べた時は絶対褒めてくれるし、お菓子をくれる。
僕がテストで100点をとった時は、お菓子をいつもより多くくれたり、ゲームを買うのを検討してくれる。
友達を家に呼ぶ時、絶対お菓子を作ってくれるから、僕の家はいつも人がいる。
それでもお母さんは笑ってみていてくれる。
この生活がしあわせってことなのはチョットだけわかる。
だから僕が大人になった時に僕の家族がしあわせになってもらいたくて、勉強を頑張ったり、いろんな習い事を頑張ってる。
お母さんやお父さんは好きなものをたくさん増やしてって言う。もう好きなものはたくさんあるけど、もっともっと増やしていくのがいいんだって。
今僕が好きなのは、お母さんとお父さん、おばあちゃんにおじいちゃん、僕の周りのいろんな人たち。
横から電車が通り過ぎる、踏切がゆっくりと上がって、僕の前には道が広がっている。
少し止まった分、たくさん動きたくて僕は踏切を踏み越えて走り出した。
踏切を踏む前に 秋のやすこ @yasuko88
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