【おばあちゃんアクション短編小説】ラストミッション:佐藤凛、古希の反撃

藍埜佑(あいのたすく)

第1章: 「編み針の下に眠る、鋭き刃」

 朝靄に包まれた静かな住宅街。

 佐藤凛は、70歳を迎えた体に鈍い痛みを感じながら目覚めた。かつての鍛え抜かれた肉体は、今や年齢相応のものとなっていた。しかし、その眼差しは今も鋭く、周囲の状況を常に分析していた。


 凛はゆっくりとベッドから起き上がり、慎重に体を伸ばす。若い頃のような俊敏さはないが、日々のストレッチと軽い運動で、できる限り体を柔軟に保っていた。


「おばあちゃん、おはよう!」


 元気な声と共に、翔太が階段を駆け下りてきた。凛は孫の無邪気な笑顔に、心が温かくなるのを感じた。


「おはよう、翔太。朝ごはんの用意はできてるわよ」


 凛は優しく微笑んだ。翔太は目を輝かせて、


「わあい、おばあちゃんのたまご焼き大好き!」と喜んだ。


 朝食を共にしながら、凛は翔太の学校生活について尋ねた。


「最近、学校はどう? 楽しいことある?」


 翔太は口いっぱいに食べながら答えた。


「うん! 科学の授業が面白いんだ。先生が、パパの会社が作ってる新しい薬のこと話してくれたんだよ」


 凛は興味深そうに聞いた。


「へえ、そうなの。どんな薬なの?」


「がんを治す薬なんだって! パパすごいでしょ?」


 翔太は誇らしげに言った。


 凛は孫の純粋な喜びに微笑みながらも、その情報の重要性を瞬時に理解した。娘の夫の仕事が、思っていた以上に重要なものだということを。


 朝食を終え、翔太を学校に送り出した後、凛は庭の手入れを始めた。かがむたびに腰に鈍い痛みを感じるが、それでも丁寧にバラの茂みを整える。その動作の中にも、長年培った観察眼で周囲の状況をさりげなく確認する習慣が染みついていた。


 午後、凛は近所のカフェでお茶を楽しんでいた。そのとき、凛の携帯電話が鳴った。翔太の父親からだった。


「お義母さん、大変なんです! 翔太が……翔太が誘拐されたんです!」


 凛の表情が一瞬で変わる。


「落ち着きなさい。詳しく話して」


 凛の声は、冷静そのものだった。翔太の父は、大手製薬会社の研究員として画期的な新薬の開発に携わっていた。その新薬は、難治性のがんに対する革新的な治療法となる可能性を秘めていた。犯人たちの目的は、その新薬の機密情報だった。


 国際的な製薬マフィアが、この新薬の情報を狙っていたのだ。彼らは、新薬の開発を妨害し、自分たちの利権を守ろうとしていた。そのために、翔太を誘拐して人質に取ったのだった。


 電話を切った凛は、深く息を吐いた。体は年老いていても、その精神は今も若かりし頃の鋭さを失っていなかった。


「翔太、おばあちゃんが必ず助けてあげるからね」


 凛は静かに誓った。そして、長年しまっていた特殊機器の入った箱を取り出した。開けると、中には最新のものに更新された通信機器が入っていた。


「私の大切な孫に手を出したこと……後悔させてあげるわ」


 凛は覚悟を決めて、その機器を手に取った。年齢という障壁を越えて、孫を救うための戦いが始まろうとしていた。


 そこにいたのはもはや古希の女性ではなく、だった。

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