カップル工作

高橋 しょうゆ

第1話

 浮気、不倫、二股は悪いことではない。

 これは、生物として人間を見たときの話だ。この3つが起きてしまうことは、仕方がないことだ。生物が生きる目的は、子孫を残すためである。そのために、男女という2つの性が存在し、3大欲求として性欲が存在している。子孫を残したいのならば、浮気、不倫、二股が起きてしまうのは当然のことだ。生物としての性(さが)を果たそうとしているのだから。

 ただ、人間としてだと話が変わってしまう。人としてのルールに、他人への迷惑や傷つけることはやってはいけないというものがあるからだ。いわゆる、倫理観というものが浮気、不倫、二股を悪とする。

しかし、この日本ではもうこれらの概念は存在しない。

 30年前、急激な少子化が進み、政府に迅速な対応が求められた。政府が少子化対策として出したのは、ほとんどの女性に結婚を義務化させることに近いものだった。これを果たすため、一夫多妻制が認められ、結婚や付き合い方が大きく変わった。政府は、一夫多妻制を認めたと公言しているが、一妻多夫や多夫多妻の家庭も認められていて少数ではあるが存在している。女子は好きな人が同じ者同士で仲良くなって団体で告白をしに行ったり、マッチングアプリの種類がふえたりし、恋愛の形が変わった。大切な人を1人に決めないといけないという考えがなくなって、恋愛のハードルが大きく低くなった。誰もが結婚したいという願望があるが、少子化が進みすぎた影響で選べる相手が少なくなったから誰でもいいというのもあるだろう。高校生になっても彼氏がいないという女性は2割にも満たない。しかし、これは高校によって差がある。学生時代にはもう彼氏を作っておくというのが常識となっている。進学校だと、大学まであるため焦るものは少ないが、宮下たちがいる学校はどちらかというと田舎に近い場所にあるため、ほとんどが彼氏、彼女を作っている。女子となると、もう彼氏がいないのは、2人しかいない。その1人、宮下さくは恋愛に対して大きな壁があった。それは、政府が原因だった。宮下にとって、一夫多妻制が恋愛の多様化としての政策だったら不満はなかった。しかし、この政策は少子化対策としてだされたものだ。この問題とは、セックスの価値が変わったことだ。恋愛はもうセックスのためのもので、セックスはもうお互いの愛を確かめるための行為ではない。昔からセックスのための恋愛は存在していたが、それが中心となってしまったことが宮下を悩ませる。それでも、彼女は恋愛に憧れていた。これは、そんな逆流下の世界で彼女が彼氏を工作する過程を描いた物語である。


 今日は高校3年生になって最初の登校日、始業式の日だった。玄関で新しいクラスが発表され、新クラスの教室で楽しそうにしているのは少数の人間で、ほとんどは廊下でクラスが一緒になれなくて悲しんだり、会えたことを喜んでいるカップルばかりだ。この高校は、田舎よりで人が少ないため、2クラスしかない。クラスが2つとなると、カップルで同じクラスになれる確率は高そうだが、そうはいかない。なぜなら、3人カップルは当然4人、5人、一番多くて6人カップルというのがこの高校にいる。

 

 宮下さくは、高校3年生のクラスは1組。私は、高校2年生までと変わらず、席で小説を読んでいた。読んでいる小説はドラマ化されたものが多い。理由は、彼女がドラマの脚本家を目指しているからだ。そんないつもと同じように、高校3年生の生活も送れると思っていた。

「宮下さん!」

 隣の席の男子から声をかけられた。顔を合わせる前に黒板の座席表で話しかけたのは東 幸という人であることを確認した。

「は、はい。えっと……“あずま”くん?」

「あっ、僕、“ひがしこう”です。宮下さんの隣だから……“あずま”だったら出席番号1で隣になってないよ。」

「あっ、そっか……そうだね、あははは」

 急に話しかけられたこともあったが、瞬時に“ひがし”であることを判断することは難しくなかった。馬鹿であると思われたと思うと少し恥ずかしかった。

 東幸くん、身長は低いが、顔が整っていて手がきれいだった。

「それ、最近ドラマ化された本だよね。俺も原作持ってるし、ドラマも全話見てるから話したかったんだよ。」

「あっ、そうなんだ。これ面白いよね。」

「ドラマとか結構見るの?」

「うん、色んなの見てるけど、恋愛系とか家族系の作品をよく見るかな。」

「なるほどね。何かオススメの作品あったら教えてよ。」


「ひがしーーー」

 東の友人の声だった。

「東、今年も同じクラスだな、よろしく」

「東くんの友人?」

「そう。湯沢友斗くん。部活が一緒で1年の頃からずっとクラス一緒なんだ。」

湯沢くんは、少し日焼けしていて肌が黒かった。顔が良くて身長も高く、筋肉も鍛えられていて肩幅が広くがっしりしている。まさに、モテそうな男子そのものだった。ただ、よろしくと言っただけで顔を背けてしまい、意外と女子慣れしているような人には見えなかった。かという自分も、目を合わせられないコミュ障であるし、男子と会話となるとぎこちなくなってしまうし、目を合わせるのも怖くなってしまう。

 湯沢は、東との会話を始めた。宮下は、本の続きを読み始めたが、2人の会話が気になり集中力は耳の方に注がれた。

「2人でなんの会話してたんだ?」

「最近ドラマ化した小説の話をしてたんだよ」

「ちなみに、お前と宮下さんって俺の知らないところで付き合ってんの?」

 宮下の耳が熟しきったりんごのように赤くなる。体がヒリヒリするように熱くなるのを感じた。自分が東くんの彼女であることを妄想してしまい、恥ずかしくなったことによって発生した熱だった。手が引っ張って離された弦のように震えて落ち着かなくなる。

「いや、別に付き合ってないけど。」

 彼は冷静だった。動揺のようなものは、声からも行動からも感じられなかった。勝手に妄想して恥ずかしがっていた自分がバカバカしくなる。彼にとって私なんか興味ないということなのだろう。そもそも彼とは少し話しただけでお互いにお互いのことをまだ何も知らない。それなのに、付き合えたらと妄想していた自分がおかしかったのだ。そう思っていたが、何かが心のなかで引っかかっていた。おかしいと言っている自分を否定するモヤモヤとしたものが心のなかで渦巻いていた。

「そっか、お前は彼女作りたいとかないのかよ.....」

  湯沢は悔しそうな表情をしながら言った。彼女がほしすぎて仕方がない自分と比べて、彼女がいないことをなんとも思っていない東が羨ましかった。東の何にも縛られず、自由に生きていく姿には少し憧れがあった。

「俺なんか今すぐにでもほしいわ」

「なんか、好きっていうのがどんな感じになるかがわからない。いろんな女子と関わってきたけど、誰かが特別だなんて思ったことないから。」

 宮下も今の東の発言を聞いて、彼が羨ましいと思った。過去の自分が蘇る。好きという感情がなければ、どれだけ苦しまずに生きられたか。どれだけ考えてもわからない。宮下さくに恋愛感情がある限り。

「なんか……こう……もう抱きしめたくなるとか、ずっと一緒にいたいとか」

 湯沢が言葉を振り絞ってだした『好きとはなにか』は、東の共感を何も得なかった一方、影で宮下からものすごい共感を得ていた。

 話していると先生が教室に戻ってきた。帰りのホームルームが始まる。湯沢は東と一緒に帰る約束をして自分の席に戻った。

 ホームルーム終了後、私は溜まっているドラマを見るためすぐにカバンを持ち、帰ろうとしたときだった。

「宮下さん、またね」

 東くんのあいさつに、目を床に向けながらまたね、と返した。本当は相手の目を見て、返したいが、今のコミュ障すぎる私にはハードルが高かった。

「また、小説の話しよ!」

 彼の温かい言葉に、うん、と返して私は足早に立ち去った。


 高校3年の1日目が終わった。高校生活最後の年はなんだか楽しく過ごせそうな気がした。いつも1人な私が今日はなんと1人も会話することができた。そうか、誰か話せる人がいるとこんなに楽しくなるんだ。また、東くんと話せるといいな。

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