2章3節

 ヌルシナイ大陸、それを横断する山脈より東に科学族が、西に魔法族が人を張っている。


 その西にて、ある密談が行われていた。神の代理人とも呼ばれし法皇と、その敵対者である悪魔との異例の密談である。


「ずいぶん待たせたな」


 ある建物、ある部屋にて椅子を引きながら、法皇であるヘイルマンはそう言った。悪魔の方から密談をまた行うというので、時間を割いて訪れていたのである。

 

「いやいや、気にしていませんよ。こうして貴方が赴いてくれただけで満足です」


 席の向かい側にいる悪魔、ヴァイスはそう言って微笑みかけた。なぜか、その笑みからは嫌な気配が全くせず、逆にそのことを法皇は不気味に感じていた。


「紅茶はいかがかな、ヴァイス殿」


「おお、それは是非」


 法皇は近くにいる女中に声をかけて、紅茶の用意をさせた。


「飲み物が出てくるまで待つか」


「いや、時間もない。話を始めましょう」


 ヴァイスは膝の上に手を重ねると、姿勢を正して、椅子に深く腰掛けた。


「改めてお礼を言いたい」


 法皇は口を開いた。


「貴殿には世話になりっぱなしだ。この戦争を有利に進められたのも、貴殿のおかげの他にない」


「お世辞を言っても何も出ませんよ、ほほほ」


「いやいや、現に貴殿が送ってくれた精鋭のおかげで、我々は補給をせずに済む、無敵の軍隊が出来上がったのだ」


 ヴァイスは法皇の軍に、何人か悪魔を送り込み、その配下たちに魔力の供給を行わせていたのである。


 莫大な魔力があれば、魔法使いは食事や睡眠と言った本来なら必要な行為を、一切せずに活動できるのだ。


 さらに入浴をせずとも、魔法で清潔に保つこともできる。戦争において補給の需要性を考えれば、まさに法皇の言う通り、無敵の軍隊が出来上がっていた。


「しかし、一体どうやって受肉したのだ。本来なら憑依しかできないはずだが……」


「それについては信頼していただきたい、現に貴方のご子息も、憑依していても無事でしょう」


「確かにその通りなのだが」


 憑依では魔力が引き継ぐことができず、受肉して初めて力を取り戻せる性質を、知っていただけに不思議に思っていた。


 しかし、細かい記憶が残っていることから、受肉されているわけではないと、法皇はそう判断していた。


「話がそれてしまった。貴殿の話を聞こう」


「おお、そうでしたね」


 ヴァイスは要件を話し始めた。


「以前にお願いしておいた、台座の件についてなのですが」


「それについては、今だに調査中だ。しばし待たれよ」


 ヴァイスは法皇に憑依してすぐ、サマルの捜索を依頼していた。それに応えて、法皇もすぐに封印されていると言う山の洞窟に、10人程度の捜索隊を派遣していた。


「ただ、時間的にもうそろそろだろう。今に捜索隊が台座を持って帰ってくるはず」


「いえ、帰っては来ません」


「なんだって」


 法皇は驚いた。


「知っての通り、私の方でもスパイを送っていまして。1番そこから近い遊撃隊に、今ごろ潜っています」


「ああ、お陰で遊撃隊の場所が分かった」


「ええ、もしも台座の回収にトラブルが発生した場合、彼が手伝う手筈になっています。しかし、その彼が作戦の失敗を報告してきました」


 失敗の一言を聞き、法皇は開いた口が塞がらなかった。彼は成功を確信していたのだ。


「バカな、千人将クラスも送ったのに」


「これは予想外です」


 もっとも、奴が大人しく捕まるとは考えていなかったが、とヴァイスは心の中で呟いた。


「法皇殿、海上ルートから攻めた軍で、必ず奴を仕留めてもらいたい」


「心得た。どんな犠牲を払ってでも、貴殿の役に立って見せる」


 

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