ゆめ

 暗い廊下を歩いている私は、これは夢だと自覚している。

 どこかの、旧校舎っぽい建物。こんなところに通った記憶はないから、映画とかゲームとか、そういうので見たものが再現されているのだろう。

 窓の外は真っ暗で、無音。風が吹いているわけでも、雨が降っているわけでもない。自分の足音さえしていないことに気付く。

 どこに行くつもりなのか考えてもわからない。足は止まらない。

 そのうちにざわざわといくつもの声のようなものが小さく聞こえだす。耳を澄ましてみても、何を言っているのかわからない。声の主が、男なのか女なのか、大人なのか子供かもわからない。

 歩き続けていると、声が自分に話し掛けてきているのだと気付く。音は聞こえても、まだ言葉は理解できない。ただ、相手が必死にこちらに訴えてきているのはわかった。

 なにを言っているのか。そう聞こうと思った私は、自分の口が縫い付けられていることに、そこでやっと気付いた。指で触れれば、太い糸のようなものでざくざくと雑に縫われているようだった。しかし、痛みはない。

 視線を落とせば、指も張り付いたように一本一本を動かすことはできないようだった。

 それでも足を止めることなく私は歩いていく。

 徐々に、徐々に、言葉がはっきりしてくる。

 ああ、これは呪詛だ。私を呪う言葉だ。私を蔑んで、見下して、侮って、卑しめて、貶めるような言葉の数々。

 理解した私は安堵する。そして縫われている唇を無理矢理に吊り上げた。

 ああ、話してはいけないから、この口は縫われているのだ。反論を許されていないから、開けることを許されていないのだ。そして手の指は、多分書くことも赦されていないということなのだろう。

 理解すれば、声の主が分かった。


 ――おかあさん。


 私を認めない人。

 育児放棄をされているわけではなくて、虐待をされていたわけでもなくて、ただ、私を認めなかっただけの人。


 ――おかあさん、あなたはもうしんでいるのです。


 私もあなたを認めない。

 そう言っただけなのに、呆気なく命を絶ってしまうだなんて。


 ――ああ、あなたはとてもよわかったのですね。


 自分と私の境界が曖昧だった人。自分を認められないから、私も認めてくれなかった人。


 ――まだ、わたしとあなたのきょうかいがわかっていないのですね。


 どうして生きているのか、と責め続ける言葉は、糸となって私の腕に絡みつく。この身体が、誰かの意思で歩き続けていたことを悟る。

 ああ、わたしはまだ操り人形でいたいのか。この生き方から逃げることは出来ないのか。


 納得したところで、ブツっと意識が途切れた。

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