052

 宿に戻って鎧を脱いだら急いで身を清めて、母達の努力の結晶である濃いピンクのドレスに着替えて準男爵邸へと馬車で向かう。

 普段は首の後ろで縛っているだけの髪を、ドレスに合うように騎士爵家の侍女に編んで団子状にまとめてもらった。

 私には未だに専属の侍女が決まっていない。そういう話もあったのだけれど準男爵家の侍女の方が優秀だし、そもそも騎士爵家に侍女が王都の屋敷を合わせても5人しかいないのでいなくなると困る。

 妹達を連れて行くという話もあったけど、貴族に対する知識が無さ過ぎるので何かあっても困るし私が断った。最近ゾーラが侍女見習いとして働き始めたけど、モノになるのは何年も先だろう。

 ということで2人しか連れて来ていない侍女を、ノルニーナ様と共有させてもらって急いで仕上げたんだ。


 すでに日が傾き、夕日に赤く照らされたお屋敷に辿り着くと、そのまま食堂へと案内された。

 慌ただしくなるのも仕方が無い。私達が戦闘に参加などしなければ、本来は食事に招待されるのは早くても明日の昼食だったのだから。

 昼過ぎに街に着き、狩りをして帰ってくれば、もう夕暮れ時に差し掛かる時間帯だったのだ。

 それでも一番美味しい物を食べて欲しいと言われてしまえばいなは無い。

 味に興味はあったし、エメラルドウルフを食べた時のあの強烈きょうれつな記憶は未だに私の中に残っている。


「おお、ユミル殿実に美しい。とても良いドレスですな、実にお似合いです。」


「ありがとうございます、オーキンドラフ様。本日はおまねき頂きありがとうございます。」


「何、こちらこそ急がせてしまって申し訳ない。ですがそれに見合った料理は提供させていただきますぞ。」


 挨拶がすみ、食堂へ案内されて席へと着くと、料理を持った使用人達が食堂へと入って来る。


「お待たせ致しました、時間の都合上メインとスープとパンだけでは御座いますが、お楽しみ頂ければと思います。」


 料理人が頭を下げ、台車で運ばれて来た料理が順番に配られて行く。


「本日の料理はグラウンドタートルの肉を赤ワインで煮込み、鳥の脂と塩胡椒しおこしょうで焼いた物と、煮込みに使った赤ワインを使用した野菜スープで御座ございます。」


「さあ召し上がってくれ。本来であればもっと分厚く切って長時間煮込んで柔らかくするのだが、今回は薄く小さく切る事で時間を短縮させてもらった。だがその分魔力は感じられるはずだ。」


 料理長の説明だけで唾液だえきが出てきた私は、オーキンドラフ様の許しを聞いて早速肉に手を付ける。

 噛んだ印象は確かに硬いけど干し肉ほどでは無い。ただ、弾力のせいか噛み切るのが難しく、長時間噛むことでようやく飲み込む事が出来た。

 初めて食べた胡椒こしょうのピリピリとした辛さと、食べ慣れた鳥の味でありながらも亀肉の物と思われる独特の風味が深みを与えてくれる。

 まぁそんな料理人の努力も、魔力による高揚感こうようかんにかき消され、喜びに身を震わせながら次々に口へと肉を運ぶ。

 濃い味付けに喉のかわきを覚え、スープを一口飲めば、ワインの酸味と亀肉と野菜の旨味が、肉についていた塩胡椒と合わさり、絶妙な味わいの後に口の中をスッキリとさせてくれる。

 交互に食べる事で更に美味しく食べられる事を知った私は、おかわりを頼み。肉、肉、肉、スープの順でひたすら腹を満たした。

 満腹になり周囲を見渡す余裕が出たことで、ようやくパンを食べ忘れた事に気が付いたが、こればかりは仕方が無い。もう一欠片も入る隙間が無いのだから。

 誰も喋らず、食器の立てる音のみが聞こえる食卓であったが、女性陣は流石に皆限界の様でフォークを置いていた。


「すまぬが私はまだ時間がかかるのでな、茶かワインでも飲みながら自由に過ごされよ。」


「感謝致しますわ、お恥ずかしながらしばらくは動けそうにありませんから、ゆっくり過ごさせていただきます。」


 食べ慣れているからだろうか。あの中毒性のある魔力の暴力を中断して、オーキンドラフ様が声をかけてくる。

 イースリーネ様が返事をし、私とノルニーナ様は頷くだけで精一杯だった。


「このグラウンドタートルの肉には、土魔法の効率を上げてくれる効果があるので、明日試してみるとよいでしょう。」


 そう言って視線を食事に戻したオーキンドラフ様は、作法を崩すこと無く次々と肉を口に入れ、何枚もの皿を平らげていく。

 いっそ気持ちいいくらいの食べっぷりに、大食いの見世物を見ている様でなんだか楽しくなってくる。

 ベガルーニ様、ゲルターク様も満足したのか順に食器を置き。雑談に参加してくる。


「大変美味しかった。胡椒が使われている事もそうだがスープによってより食べやすくなっているのが良いですな。思わず夢中になってしまいました。」


「ええ、魔力による味わいを邪魔せず、より美味しく感じさせる技は見事としか言いようがありません。」


 それぞれが感想を言い合い、料理を褒め称える。

 私も塩で焼いただけ、塩味のスープで煮ただけの物とは違い、一度で色々な味が楽しめてとても満足した。

 嫁入りしたらこれが毎週の様に食べられると思えば、結婚後の不安など吹き飛んでしまいそうだ。


 私の倍は食べていそうなゲルターク様の、さらに倍はたいらげてようやく満足したのかオーキンドラフ様が食器を置いた。


「ご満足頂けたようで何よりです。明日の晩餐は柔らかく煮込んで更に美味しくなった物をお出ししますのでご期待下さい。

 王都への出発は明後日を考えておりますが、いかがですかな?」


「こちらも粗方あらかた補給ほきゅうは今日済ませましたので、明日一日あれば問題無いでしょう。」


 村から保存食を持って来ているため、そもそも余り買い足す物も無いし、精々が馬の食料と水くらいの物だろう。

 べっ甲が安く買えたとしても、そもそも金に余裕が無いので買うつもりは無い。


「そうですか、では明後日出発致しましょう。部屋を用意させますのでどうぞお泊まり下さい。」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。」


「朝食と昼食はご一緒出来ませんが、食堂は用意させますのでご自由にお過ごし下さい。」


「ああ、昼食は外で食べる事になるかと。準備にどれほどの時間がかかるか分かりませんからな。」


「確かにそうですな。分かりました。」


 当主二人の会話で明日の予定が決まり。私はにっこりと微笑んで頷くだけだ。

 私が準備する物なんて無いけど、こういう時は任せてしまうに限る。このお屋敷に丸一日一人にされても困るので、ベガルーニ様達について行く方が良いだろう。

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