028 ???視点

???視点


 私が王都で10万の兵をまとめ上げ、2週間以上かけてようやく国境のコンキエート砦まで到着すると、弟のヒューケンラートが捕虜ほりょになっていた。

 意味が分からない。本隊が来るまで砦を守護するか、一当てしてて敵の砦を落とせないまでも砦に閉じ込めて、攻城兵器を作っておくのが弟の役割だったはずだ。

 仕事も本陣で座っているだけで良く、敵より兵数も多くて負ける要素は無い。無いはずだ。

 にも関わらず、砦を守る兵士もほとんど減っていないにも関わらず、ヒューケンラートだけがいなくなっていた。

 ヒューケンラートを守っていたはずの近衛や貴族達に、一人づつ話を聞いた所で自分達がどれほど勇敢に戦い、敵を討ち取ったかしか言わない上に他の者との話の整合性が取れない。それほど勇敢に戦っていたのに何故ヒューケンラートが捕虜になっているのだ。

 普段ならば平民の言う事など価値は無く、貴族の言う事の方が正しいと言ってはばからない私だが、今回ばかりは戦っていた兵士を連れて来る様に命じた。


 話を聞けば、左翼側から森を抜け敵本陣を後方から奇襲し、混乱を突いて反対側の森を通って撤退する作戦であったらしい。作戦自体は問題無い、素晴らしい作戦だと私も思う。

 だが実際に行ってみれば、敵本陣後方へ回る前に発見され。歩兵を盾にして騎兵のみで突破しようとしたら、ぶつかり合った歩兵が崩され、馬が前に出れなくなったらしい。

 その後、金色の鎧を着た兵士が次々と騎士をほふり、挙句あげくの果てに本陣に特大火球を撃ち込むはずだった魔法師団の伯爵が、味方のど真ん中で金色の兵士に向かって特大火球を撃ち込んだらしい。

 特大火球に耐えきって、怒り狂った金鎧の兵士は炎をまとい鎧を紫色に染め、手に持った巨大な斧で何度も殴りつけて伯爵の顔をひき肉に変えると、周囲を見回して笑いながら周囲の兵士を斬り刻み始めたらしい。

 その時点で多くの兵士と一緒にその兵士も逃げ出すが、笑い声は離れるどころかどんどん近付いており、味方が悲鳴を上げるごとに足跡が減っていき、もう駄目だと思った所で前方に王子達のいる部隊が見えて助かった!と思った瞬間、笑い声と味方の悲鳴が消えたらしい。

 そのまま兵士は走り続けてなんとか本陣まで帰ってきたそうだが、人の多い場所で常に震えているため多くの兵が話を聞き、この話を広めてしまったらしい。

 あれはきっと騎士の亡霊だ、と言って頭を抱えた兵士を帰して次の兵士を呼ぶ。

 怪談かいだん話じゃあるまいし騎士の亡霊などいるものか、どうせデュラハンか何かをナミルタニア国が連れてきて暴れさせただけだろう。やはり平民の話など聞いても役に立ちそうに無い。


 次の兵士の話も、前半は先ほどとほぼ同じだったが、ヒューケンラートの部隊に追いついた所からの少し詳しい話を聞けた。

 ヒューケンラートの部隊は何故か奇襲部隊が森から出た後もその場に留まり、戦端が開き、しばらくして逃げ帰って来るまでほぼ同じ場所にいたらしい。

 さらにヒューケンラートは、部隊の後方に居て仲間の貴族達と談笑しながらゆっくりと移動していたそうだ。

 何故、作戦が始まった危険地帯からすぐに離れないのか、味方のいる方角に向かうというのに、後方の危険な位置に何故配置されたのか。分からない事は山ほどあるが、間違いないのは思っていたよりもヒューケンラートは数倍馬鹿だったという事だろう。

 頭を抱えながら話の続きをうながす。

 逃げてくる兵に驚き、報告を命令されたが自分の後方に居たものが報告を名乗り出たので、兵士はそのまま本陣まで逃げたらしい。


 3人目の兵士は最後までヒューケンラートの部隊に居たものだ。

 奇襲部隊が出発すると、ヒューケンラートの側近が腹痛を訴えて用を足していたらしい。

 出発の際には兵士は道を切り開くものだと言って前を歩かせ、殿しんがりを願い出れば、奇襲部隊が出たばかりなのに後ろから来るはずがないと友人達と一緒に馬鹿にされ、必死に説得しようとしたが部隊長の首をすげ替えられて諦める事になったとか。

 ようやく部隊が出発して少しすると、後方から叫び声が聞こえて奇襲部隊に居た者達が戻って来た。

 何事かと思っているとヒューケンラートが逃げてきた兵に報告をさせ、紫の鎧を着た者が報告をしたらしい。

 それを聞いたヒューケンラートが急いで撤退を指示し、本陣に戻るために振り向いた瞬間。物音がして振り返ると、紫の鎧にヒューケンラートが人質にされていたのだそうだ。

 すぐに近衛達が救出しようと動いていたが、ヒューケンラートの頬から一筋の血が流れ、紫の鎧が王族の身体強化をつらぬくほどの魔力量を持つ騎士だと分かり、見送るしか無かったとか。


 その後も何人かに聞いてみたが大筋はこんなところだろう、一部近衛の証言とも一致する。側近の貴族達の証言しょうげんはまったく当てはまらなかったが…

 さて、こうなるとヒューケンラートを見捨てるか助けるかだ。このままナミルタニア国の条件を飲み終戦になれば、弟は帰って来るが残るのは無能な弟と戦わずに逃げた兄の汚名だ。2人共廃嫡はいちゃくとなり末の弟が王位を次ぐ事になるだろう。

 そして救わなければ非道な兄として後世の歴史書に書かれる事になる。

 どうにもならない板挟みに頭を抱えるが、結局のところ一当てして敵を砦に押し込み、有利な状態で休戦を申し込むしか無いだろう。その後弟と交換で終戦条件を軽くしてやればよい。

 悩みがあっさりと解消した祝に、良い気分で酒を飲む。王族はいついかなる時も優雅ゆうがでなければならないと母上にも教わっていたではないか、頭を抱えるなどらしくない事をした。

 私が連れてきた10万の兵士と、途中で合流した2万の兵士。弟が集めた3万の兵士を合わせれば15万の大部隊だ。敵は頑張っても精々10万から12万、こちらが負けるいわれは無い。

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