第9章:現代フェミニズムの新潮流 - ドゥルシラ・コーネルとナンシー・フレイザー
初夏の日差しが降り注ぐ午後、永遠と花凛は庭のテーブルで涼んでいました。そこへ、お姉ちゃんが冷たいレモネードを持って現れます。
「暑い日が続くわね。こんな日は、冷たい飲み物が美味しいわ」
お姉ちゃんは笑顔で二人にレモネードを手渡しながら、席に着きました。
「ところで、今日は現代フェミニズムを牽引する二人の哲学者を紹介しようと思うの。ドゥルシラ・コーネルとナンシー・フレイザーよ」
永遠が興味深そうに身を乗り出します。
「フェミニズムって、前に学んだシモーヌ・ド・ボーヴォワールの思想から始まったんだよね?」
「そうね」とお姉ちゃんは頷きます。
「でも、フェミニズムはその後も発展を続けているの。特に1980年代以降、様々な新しい潮流が生まれたわ。コーネルとフレイザーは、そうした現代フェミニズムの最前線に立つ哲学者なのよ」
花凛が、レモネードを一口飲んでから尋ねます。
「二人は、どんな新しい考え方を打ち出したの?」
「まず、ドゥルシラ・コーネルから話しましょう」
お姉ちゃんは、コーネルの著書を手に取りながら説明を始めました。
「コーネルは、1950年代にアメリカで生まれた法哲学者よ。彼女は特に、フェミニズムと法の関係について独自の理論を展開したわ」
永遠が首をかしげます。
「法とフェミニズム? どういう関係があるの?」
「コーネルは、従来の法システムが男性中心的であり、女性の経験を十分に反映していないと批判したの」とお姉ちゃんは答えます。
「彼女は、法がジェンダーによる差別を助長してきた側面を明らかにし、法改革の必要性を訴えたのよ」
花凛が真剣な表情で聞き入ります。
「具体的にはどんな提案をしたの?」
「例えば、セクハラの問題」
お姉ちゃんは、コーネルの論文を開きながら続けます。
「コーネルは、セクハラを個人の問題としてではなく、社会構造の問題として捉えるべきだと主張したの。そして、被害者の視点に立った法整備の必要性を訴えたわ」
永遠が感心した様子で言います。
「なるほど。女性の経験を法に反映させることが大事なんだね」
「そうなの」とお姉ちゃんは微笑みます。
「コーネルはまた、フェミニズム運動それ自体のあり方についても問題提起をしたわ。特に、白人中産階級の女性が中心となってきたフェミニズムの限界を指摘したの」
花凛が疑問を口にします。
「どういうこと? フェミニズムは、すべての女性のための運動じゃないの?」
「理想としてはそうあるべきだけど、現実には課題があるのよ」
お姉ちゃんは、コーネルの言葉を引用しながら説明します。
「コーネルは、『フェミニズムは、女性の多様な経験を包摂する必要がある。人種、階級、セクシュアリティなどの違いを超えて、連帯を築かなければならない』と訴えたの」
永遠が納得した様子で頷きます。
「前に学んだ『インターセクショナリティ』の考え方に通じるものがあるね」
「その通りよ」とお姉ちゃんは微笑みます。
「コーネルの思想は、アンジェラ・デイヴィスらの運動とも共鳴し合っているの。彼女は、法という切り口から、フェミニズムの新たな地平を切り開いたと言えるわ」
花凛が感銘を受けた様子で言います。
「コーネルの考え方は、私たちの日常にも活かせそうだね。多様性を尊重しながら、共に生きる社会を目指すことの大切さを教えてくれる」
「そうね」とお姉ちゃんは力強く頷きます。
「コーネルの思想は、これからのフェミニズムを考える上で欠かせない視点を提供しているわ」
涼風が庭を吹き抜けていきます。永遠と花凛は、新しい知見に思わず身を乗り出していました。
お姉ちゃんは、もう一人の哲学者の話を切り出します。
「次に、ナンシー・フレイザーについて話しましょう。彼女もまた、現代フェミニズムに大きな影響を与えた思想家よ」
永遠が、期待に胸を膨らませながら聞きます。
「フレイザーは、どんな主張をしたの?」
「フレイザーは、1947年にアメリカで生まれた政治哲学者よ」
お姉ちゃんは、フレイザーの著作に目を落としながら語り始めました。
「彼女の中心的な問題意識は、『正義』をめぐる考察にあるわ。特に、従来のリベラル・フェミニズムが前提としてきた枠組みを問い直したの」
花凛が首をかしげます。
「リベラル・フェミニズムって?」
「簡単に言えば、男女の法的・制度的平等の実現を目指す立場よ」とお姉ちゃんは説明します。
「でも、フレイザーは、それだけでは不十分だと考えたの。彼女が提唱したのが、『再分配』と『承認』という二つの正義概念よ」
永遠が興味深そうに聞き入ります。
「再分配と承認? どういう意味なの?」
「『再分配』とは、経済的な富や資源の公正な分配を指すの」
お姉ちゃんは、フレイザーの論文を指さしながら続けます。
「一方、『承認』とは、社会的な尊厳や文化的な価値の平等を意味するわ。フレイザーは、真の正義を実現するためには、この二つの側面への取り組みが不可欠だと主張したの」
花凛が納得した様子で頷きます。
「なるほど。平等って、経済的な面だけじゃなくて、文化的な面も大事ってことね」
「その通りよ」とお姉ちゃんは微笑みます。
「フレイザーはまた、フェミニズム運動が『承認』の問題に偏りすぎていることを批判したの。彼女は、『再分配』の課題にも目を向けるべきだと訴えたわ」
永遠が感心した様子で言います。
「フレイザーの指摘は、今の社会にもすごく当てはまるね。経済格差の問題は、女性にとっても重要な課題だと思う」
「そうね」とお姉ちゃんは真剣な表情で頷きます。
「フレイザーの思想は、フェミニズムの視野を大きく広げたと言えるわ。彼女は、ジェンダーの問題を、よりグローバルな正義の問題として捉え直したのよ」
花凛が、希望に満ちた表情で言います。
「フレイザーの考え方は、私たちにも勇気を与えてくれるね。一人一人が正義のために行動することの大切さを教えてくれる」
「そのとおりよ」とお姉ちゃんは力を込めて言います。
「フレイザーが示した『再分配』と『承認』のビジョンは、これからの私たちが目指すべき社会の姿なのよ。彼女の思想を胸に、歩んでいきたいわ」
永遠と花凛は、強い決意を込めて頷きました。初夏の陽光が、彼らの未来を明るく照らし出しているようです。
お姉ちゃんは、話をまとめるように言葉を紡ぎます。
「コーネルとフレイザー、二人に共通するのは、従来のフェミニズムの枠組みを問い直し、より広い視野でジェンダーの問題を捉えようとした点ね」
永遠が感慨深げに呟きます。
「ボーヴォワールやアーレント、そしてバトラーやデイヴィスの思想を引き継ぎながら、さらに新しい地平を切り開いていったんだね」
「そうよ」とお姉ちゃんは誇らしげに微笑みます。
「フェミニズムの歴史は、そうした先人たちの知恵の上に成り立っているの。私たちもまた、その一端を担っていくのよ」
花凛が、希望に胸を膨らませて言います。
「私も、コーネルやフレイザーのように、社会を変えていく一員になりたい」
「きっとなれるわ」とお姉ちゃんは優しく頷きます。
「一人一人の思いが集まって、大きな変化を生み出していくの。あなたたちなら、必ずその力になれるはずよ」
そう言って、お姉ちゃんは二人の手を握りました。永遠と花凛の瞳には、未来への確かな光が宿っています。
現代フェミニズムの最前線で活躍するコーネルとフレイザー。彼女たちの思想は、次の世代へとつながる希望の架け橋となることでしょう。
### さらに調べてみよう
1. ドゥルシラ・コーネルの代表作『切望の領域:倫理と政治の女性理論に向けて』を読み、彼女の法哲学とフェミニズム理論について理解を深めよう。
2. 身近な法律や制度を、コーネルの視点から見直してみよう。女性の経験が十分に反映されているだろうか?
3. セクハラや性暴力の問題について調べ、被害者の視点に立った法整備の必要性について考えてみよう。
4. フェミニズム運動の歴史を振り返り、人種や階級などの多様性がどのように扱われてきたか調査してみよう。
5. 自分の周りにある女性差別の事例を集め、コーネルの理論を適用して分析してみよう。
6. ナンシー・フレイザーの主著『中断された正義:「ポスト社会主義的」条件をめぐる批判的考察』を読み、彼女の正義論について学ぼう。
7. 「再分配」と「承認」の概念を、具体的な社会問題に当てはめて考えてみよう。例えば、貧困や人種差別の問題など。
8. リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムの違いについて調べ、フレイザーの立場がどちらに近いか考えてみよう。
9. グローバリゼーションとジェンダーの関係について、フレイザーの視点から分析してみよう。
10. 自分の住む地域の経済格差の現状を調査し、女性に与える影響について考えてみよう。
11. コーネルとフレイザーに共通する問題意識は何か、比較考察してみよう。
12. 他の現代フェミニスト(例:ベル・フックス、ジュディス・バトラー)の思想と、コーネルやフレイザーの理論を比べてみよう。
13. 「インターセクショナリティ」の概念について調べ、コーネルやフレイザーの思想とどう関わるか考えてみよう。
14. 日常生活の中の言動を、コーネルとフレイザーの視点から見直してみよう。無意識のうちに「承認」を欠いていないだろうか?
15. これからのフェミニズム運動に必要なことは何か、コーネルとフレイザーの思想を手がかりに考えてみよう。
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