青と夏

月丘翠

「ねぇ、風夏。あんたもう少し見た目気にしなよ」

友人の真海(まみ)に言われて、トイレの鏡に映った自分を見てみる。

髪の毛はただだらっと伸ばしただけで、ぴょこっと毛先は跳ねている。

眉毛を整えたり、もちろんメイクもしていない。中学校の時からずっと同じ眼鏡をかけている。

「花の女子高生がこの格好ってどうよ」

「だって、なんか難しいし、何よりめんどいもん」

「花の命は短いんだから、かわいくなれる時に可愛くしとくべきだよ」

「私は花じゃないよ?」

「・・・もういい。ほら、次移動教室だから行くよ」

真海は中学までは私と同じ感じだったのに、高校に入って好きな人が出来て変わった。眼鏡がコンタクトに変わって、髪形は少し凝ったヘアアレンジをするようになった。眉毛も整って、学校に怒られない程度のナチュラルなメイクに、ほんのり赤いリップを使っている。

風夏から見ても綺麗になったと思う。でも風夏は面倒なことは苦手で、自分が真海のように可愛くなれるとも思えず、中学の時とまるで変わらない見た目に仕上がっている。


ぼんやりと過ごしている内に授業が終わり、真美はテニス部に行ってしまった。

風夏は面倒だからと部活には入っていない。ただ唯一面倒だとは思わない、好きなことがある。

音楽室にはいると、ピアノをそっと開く。

深呼吸をすると、一気に弾き始める。

何度も練習しているせいか勝手に手が動いていく。

指が嬉しそうに跳ねて左右に動く。音も跳ね、高らかに響いていく。

弾き終わった時の爽快感がたまらない。

風夏はピアノソナタ月光を弾き終わると、スマホを開いて流行りの曲をじっくり聞く。

そしてまた深呼吸をすると、一気に弾き始める。

さっきのスマホと同じ音楽が流れだす。

少しアレンジも加えて深みが増していく。

弾き終えると、ふぅと息を吐いた。

「やっぱいい、恋よりピアノだねぇ」とふざけて独り言を言っていると、人の気配がする。

振り返ると、学校一の有名人が立っていた。


「あへぇっ、あのどうされました?」

びっくりしすぎて、声が裏返る。後ろに立っていたのは、松崎洋人。学校一のイケメンであり、学校一の不良でもある。

明るく染めた茶髪にピンピンの眉、着くずした制服、どれをとっても風夏とは違う世界の人だ。

「お前、名前なんだっけ?」

「永田風夏・・・です。一応あなたと同じクラスですけど」

「わりぃ、俺人の名前覚えんの苦手だから」

「はぁ、そうですか」

静かな時間が流れる。

「あの・・・なんでしょうか?」

「お前、これ弾ける?」

スマホが差し出され、音楽が流れてくる。

最近流行のポップスではないらしい。

耳で音を記憶していく。明るく爽快な青春を感じさせるような曲調だ。

「多分、弾ける」

髪をその辺にある輪ゴムでまとめ、深呼吸をすると、弾き始める。

記憶に残っている音を響かせ、記憶のリズムにのせていく。

身体も自然と楽し気に揺れていく。

全てを弾き終えて振り返って洋人を見ると、何も言わずにぼーっとこっちを見ている。

「・・・あの、これで良かったですか?」

「お、おぅ。ありがと。じゃあ」

洋人がコケそうになりながら、音楽室を出ていった。

「・・・なんなんだ?」


「松崎洋人に話しかけられたの?」

昨日のことを昼休みに真海に話すと、松崎に関わらないようにとこんこんと説教される羽目になった。

(話しかけられただけなんだけどなぁ)

「松崎はカツアゲとか平気でやるって聞くし、関わったらロクなことないよ」

「うん、わかった、わかった」と適当に流して、教室の外を見ると、校庭を洋人がゆっくり歩いている。今登校したようだ。

その後、洋人は教室に来たものの、ほとんど眠っていた。

休み時間は、派手な女子たちや男子と楽しそうに過ごしている。

(私と住む世界が違うな)


その日の放課後もいつも様に風夏は音楽室に向かった。

「今日は、何弾こっかな~」と鼻歌交じりに音楽室に入ると、洋人が立っている。

「え?」

「よっ」

ニカっと笑って手を挙げている。

「今日は頼みがあってきたんだよ」

「頼み・・?」

「そ、俺にはお前のピアノが必要なんだ」

「は?」

「俺のバンドに入ってくれ」

「へ?」

音楽室の窓から夏の始まりを告げる、少し熱い風がふいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る