青と夏
月丘翠
①
「ねぇ、風夏。あんたもう少し見た目気にしなよ」
友人の真海(まみ)に言われて、トイレの鏡に映った自分を見てみる。
髪の毛はただだらっと伸ばしただけで、ぴょこっと毛先は跳ねている。
眉毛を整えたり、もちろんメイクもしていない。中学校の時からずっと同じ眼鏡をかけている。
「花の女子高生がこの格好ってどうよ」
「だって、なんか難しいし、何よりめんどいもん」
「花の命は短いんだから、かわいくなれる時に可愛くしとくべきだよ」
「私は花じゃないよ?」
「・・・もういい。ほら、次移動教室だから行くよ」
真海は中学までは私と同じ感じだったのに、高校に入って好きな人が出来て変わった。眼鏡がコンタクトに変わって、髪形は少し凝ったヘアアレンジをするようになった。眉毛も整って、学校に怒られない程度のナチュラルなメイクに、ほんのり赤いリップを使っている。
風夏から見ても綺麗になったと思う。でも風夏は面倒なことは苦手で、自分が真海のように可愛くなれるとも思えず、中学の時とまるで変わらない見た目に仕上がっている。
ぼんやりと過ごしている内に授業が終わり、真美はテニス部に行ってしまった。
風夏は面倒だからと部活には入っていない。ただ唯一面倒だとは思わない、好きなことがある。
音楽室にはいると、ピアノをそっと開く。
深呼吸をすると、一気に弾き始める。
何度も練習しているせいか勝手に手が動いていく。
指が嬉しそうに跳ねて左右に動く。音も跳ね、高らかに響いていく。
弾き終わった時の爽快感がたまらない。
風夏はピアノソナタ月光を弾き終わると、スマホを開いて流行りの曲をじっくり聞く。
そしてまた深呼吸をすると、一気に弾き始める。
さっきのスマホと同じ音楽が流れだす。
少しアレンジも加えて深みが増していく。
弾き終えると、ふぅと息を吐いた。
「やっぱいい、恋よりピアノだねぇ」とふざけて独り言を言っていると、人の気配がする。
振り返ると、学校一の有名人が立っていた。
「あへぇっ、あのどうされました?」
びっくりしすぎて、声が裏返る。後ろに立っていたのは、松崎洋人。学校一のイケメンであり、学校一の不良でもある。
明るく染めた茶髪にピンピンの眉、着くずした制服、どれをとっても風夏とは違う世界の人だ。
「お前、名前なんだっけ?」
「永田風夏・・・です。一応あなたと同じクラスですけど」
「わりぃ、俺人の名前覚えんの苦手だから」
「はぁ、そうですか」
静かな時間が流れる。
「あの・・・なんでしょうか?」
「お前、これ弾ける?」
スマホが差し出され、音楽が流れてくる。
最近流行のポップスではないらしい。
耳で音を記憶していく。明るく爽快な青春を感じさせるような曲調だ。
「多分、弾ける」
髪をその辺にある輪ゴムでまとめ、深呼吸をすると、弾き始める。
記憶に残っている音を響かせ、記憶のリズムにのせていく。
身体も自然と楽し気に揺れていく。
全てを弾き終えて振り返って洋人を見ると、何も言わずにぼーっとこっちを見ている。
「・・・あの、これで良かったですか?」
「お、おぅ。ありがと。じゃあ」
洋人がコケそうになりながら、音楽室を出ていった。
「・・・なんなんだ?」
「松崎洋人に話しかけられたの?」
昨日のことを昼休みに真海に話すと、松崎に関わらないようにとこんこんと説教される羽目になった。
(話しかけられただけなんだけどなぁ)
「松崎はカツアゲとか平気でやるって聞くし、関わったらロクなことないよ」
「うん、わかった、わかった」と適当に流して、教室の外を見ると、校庭を洋人がゆっくり歩いている。今登校したようだ。
その後、洋人は教室に来たものの、ほとんど眠っていた。
休み時間は、派手な女子たちや男子と楽しそうに過ごしている。
(私と住む世界が違うな)
その日の放課後もいつも様に風夏は音楽室に向かった。
「今日は、何弾こっかな~」と鼻歌交じりに音楽室に入ると、洋人が立っている。
「え?」
「よっ」
ニカっと笑って手を挙げている。
「今日は頼みがあってきたんだよ」
「頼み・・?」
「そ、俺にはお前のピアノが必要なんだ」
「は?」
「俺のバンドに入ってくれ」
「へ?」
音楽室の窓から夏の始まりを告げる、少し熱い風がふいた。
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