カフェ京野の小さな言の葉

京野 薫

刀鍛冶と勇者

 クレド・グルーガーは国内に広く名の知られた勇者だった。

 

 1年前、仲間と共に大陸に影を落とす魔王を倒し、救国の英雄と言う栄誉有る呼び名も受けた彼は人生の絶頂にあった。

 

 だが、彼の心の奥ではただ戦いを求めていた。

 生と死の狭間で感じる、全てが極彩色になるような感覚。

 恐怖を超えたところに見える甘美な景色。

 

 その魅力に取り憑かれてしまうと「平和な生活」と言うのが、クレドには酷くくすんだ物に感じられた。

 そのため、彼は1人再び冒険の旅に出た。

 新たな極彩色の景色を求めて。


 だが、夜も更けようかという今、彼はふくらはぎからの出血によって切り株に座り込んでいた。

 恐らく獣を狩るための罠だろうか。

 今夜の食事にと思った小動物が逃げ出すのを追っていた際の事故だった。


 まったく、格好付かねえな……


 クレドは独りごちると、水筒の水を飲んで落ち着くことにした。

 この土地は彼とそのパーティが魔王の刺客に対し、初めて大きな勝利を収めた場所。

 魔術師の火球の魔法によって、山の中を広範囲に焼き払ったもののそれを補ってあまりある勝利だった。

 あの充実感は一生忘れない。


(さて、この傷じゃ無理は禁物って奴か。野宿しかないな)


 そう思いながらバックパックを開こうとしたとき、背後から「あの……」と言う遠慮がちな声が聞こえた。

 

 驚いて剣を抜くと、そこには気の毒なくらいに慌てている女性が立っていた。


「あの……あの……あ、怪しくないです! ホントです!」


 両手を振ってワタワタしている女性は、こんな山の中に似つかわしくないほどの軽装だった。

 せいぜい胸に当てた革の鎧程度。

 肩まで伸びたウェーブのかかった金髪は、麓の王都の社交場に居る方がふさわしく見える。

 そのあまりに似つかわしくない様子に気が緩んだクレドは吹き出しながら言った。


「自分で『怪しいです』なんて言う奴はいないだろ?」


「そ……そうですけど、どうやって証明するんですか!」


「知らないよ。自分で考えなきゃ」


「わ……分かりました! えっと……私はセリナ・リーフと言います。この近くの小屋で刀鍛冶をしています。歳は25です。主人は去年亡くなって1人暮らしです。他には……えっと……スリーサイズは……えっと……」


「オーケーオーケー、分かったよ! 疑って悪かった。そんな事まで聞き出すつもりはない。勘弁してくれ! お詫びに俺の名も名乗る。俺はクレド・グルーガー。冒険者だ」


 クレドはセリナと名乗る女性の様子に、先ほどまでの緊張感が消えていくのを感じた。

 

「クレド……グルーガー」


「どうした? そんなに珍しい名前かい?」


「いいえ……素敵な名前だな……って。男らしくて。私、名前フェチなんです」


「なんだよそりゃ」


 クレドは苦笑いを浮かべて言った。


「所で信じてもらえました?」


「ああ、少なくとも君が俺を殺そうとしても、やられる不安は無いからな」


 そう言うと、セリナは頬を膨らませて言った。


「あ~、酷いです! こう見えて、麓の町の剣術大会では18位だったんですからね!」


「何人中?」


「……25人……って、それはいいじゃないですか、意地悪! とにかくお家に案内しますよ。そのケガじゃ血の匂いで獣が寄ってきますから」


 ※


 クレドが案内された小屋は小さな掘っ立て小屋だったが、中に入った彼は目を見開いた。 入ってすぐのリビングはどうと言うことの無い、普通の作りだったが隣の部屋には、無数の剣……目を奪われるような美しい剣が壁中に並んでいた。


「おいおい、マジかよ。これ……かなりの業物だ。どれもこれも」


「え!? そ、そうなんですか……私、ずっと刀鍛冶やってたけど、全然買ってもらえなくて……主人か木こりをしていたから、その収入で細々と……」


「そうか、ご主人はどんな人だったんだい?」


「優しくて……お日様みたいな人でした。私はあの人のために生きてた」


 そう話すセリナの瞳は何の感情も伺えなかった。


「そうか……彼は事故だったっけ?」


「いえ……殺されたんです」


「……そうか。もし、良かったら熊退治が終わったら力を貸すよ。ご主人の敵討ち」


 セリナはぽかんとしたが、やがてクスクス笑い出した。


「結構です。クレドさんには出来ませんから」


「それは酷いな。俺はこう見えても勇者だったんだぜ」


「そうなんですか!? でも……わたしなんて助けてもらう価値もないです」


「いやいや、俺も剣士だから分かる。君の作品……剣は本物だ。良かったら数本預けてくれないか? 顔見知りの武器屋に見せてみるよ。きっとかなりの値を付けるから」


 クレドの熱っぽい言葉にセリナはポカンとしていたが、やがてニコニコと笑顔を見せた。


「有り難うございます……嬉しいな。あ、でもその前に怪我の手当てさせて下さい。穴ネズミのシチューも有るんですよ。ぜひぜひ」


 セリナの手当とシチューは絶品で、クレドは先ほどまでの痛みや疲れが消えていくのを感じた。

 そして、セリナの無邪気な表情や言葉に、旅の張り詰めた緊張感が消えていくのを感じる。


「本当に有り難う。お陰で元気になった」


「良かった……この薬草は傷にとっても効くんです。穴ネズミのシチューも体力回復の効果があるんです」


 そう言って胸を張るセリナにクレドは笑顔で言った。


「本当に有り難う。この恩は忘れない」


 クレドがそう言うと、セリナは緊張したような表情でおずおずと言った。


「あの……その……そう言ってもらえて嬉しいです。で……お返しじゃないけど……ちょっと困ってることが……」


「ああ、もちろん大丈夫だよ。何か俺で出来ることある?」


「あの! 実は最近この森の奥にジャイアントベアーって言う大きなクマが出るんです。私、食材とか薬草を採りに行きたいのに、怖くて……」


 クレドはセリナの必死な様子に思わず吹き出した。

 

「オッケー。分かったよ。明日にでもそいつを倒してやるよ」


「ほんとですか!」


「ああ、約束する」


 セリナは喜色満面と言った様子で飛び跳ねた。


「やった! これでバンバン薬草取れます。あ! そうと決まったら……」


 そう言ってセリナは剣を飾ってある部屋に入ると、一本の見事な刀身を持つ剣を持ってきた。

 その刀身はまるで水に濡れているような輝きと、吸い込まれるような美を放っていた。


「これを使って下さい。私の最高傑作です」


「……こんなものを……いいのかい?」


「はい。差し上げます。あなたみたいな方に使って頂けたら喜びます。あなたに出会ったのって……ふふっ、神様のプレゼントだと思うんです。あなたに会うために沢山の剣を打ってきたんだな……って。だから」


「……すまない。大切に使わせてもらうよ」


「はい。あ、使ってた剣も預からせて下さい。後で研いでおきます」


「有り難う、頼むよ」


 ※


 翌朝。

 セリナの振る舞ってくれた野ウサギのスープで腹ごしらえした後、クレドは剣を預けて代わりにセリナの作品を腰に付けた。


「クマさんはこの道を進んだ洞窟に住んでいます……」


「分かった。危険だから、君はここで待ってるんだ。何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」


「はい……でも、クレドさんが居て下さるから……平気です」


 セリナは緊張した様子で言ったが、クレドはセリナの頭を軽く叩いた。


「無理するな。怖い物は怖いんだ。誰でも死にたくは無い」


「……そう……ですよね。死にたくない……誰でも」


「そうだ。誰でもだ」


 緊張が膨らんだのだろうか。

 先ほどまでの笑顔が消えたセリナを見て、クレドはニッコリと笑うと言った。


「じゃあ行ってくる。すぐに終わるから心配するな」


 そう言って洞窟に入ると、すぐにジャイアントベアーの姿が見えた。

 地の底から響くような咆哮を上げると、クレドに向かって走ってくる。

 だが、クレドは落ち着き払って剣を抜く。

 コイツの皮膚は分厚い。

 だが、これだけの業物なら問題ないだろう。


 そう思いながら抜いた剣を目の前の獣に振り下ろした……

 が、次の瞬間。

 クレドは我が目を疑った。

 

 剣が……折れた。

 

 まるでオモチャの様に剣が根元から折れたのだ。

 

 その直後、クレドの腹部にジャイアントベアーの爪が食い込み、激痛に意識が遠のく。

 逃げ……ないと……

 力を振り絞り、走り出そうとしたが……

 身体が……痺れる!


 クレドの身体はまるで自分の物では無いかのように動かない。

 まるで……毒でも……

 そう思った直後、右肩に獣が噛みつく激痛と共に、激しい恐怖を感じクレドは悲鳴を上げた。

 助けてくれ!

 

 セリ……ナ……


 ※


 セリナは洞窟の中から聞こえるクレドの悲鳴とジャイアントベアーの満足げな咆哮を聞き、薄笑いを浮かべた。


 神様のプレゼント。

 本当にそうよね。

 まさか……クレド・グルーガーに会えるなんて。


 セリナは胸元のロケットを開けて、中の絵を見る。


 私の愛する人。

 ロイド・リーフ。

 おっとりしているけど優しい愛する人。

 

 ある日突然、冒険者達の戦いに巻き込まれて、黒い炭になった彼。

 あの時、岩陰に隠れて震えていたセリナの耳に、クレドの声が聞こえた。


(仕方ない。これも大義のためだ。この小さな犠牲は大きな歩みとなる。このクレド・グルーガーの大義の礎になれたんだ。彼も喜んでくれる)


「小さな犠牲……」


 そうつぶやくとセリナは、手に持っていたクレドの剣を草むらに投げ捨てた。

 そして、冷ややかな笑いを浮かべながら思う。


 私の復讐の礎になれたんだから、喜んでくれるんでしょ?

 

 クレドの悲鳴が細く途切れ途切れになるのを聞きながら、セリナは元来た道を歩き出した。 

 

 あの剣、細工するのに苦労したんだから。

 その分苦しんで……死んで。


【完】


 お付き合い頂き、有り難うございました。

 本日、お見せする物語は以上になります。


 命に軽重は無い。

 小さな犠牲などは無い。

 そんな当たり前の事を「大義」とやらのために……いいえ、自らのスリルと快楽のために忘れた男。

 彼は自らの最後も刺激的な極彩色に見えてたのかしら?

 それとも……


 ……所でライム! 最初から異世界のお話しなんて……お客様もビックリされてるじゃない。 

 え? 同じ異世界人の話だから?


 う~ん、でも次は私やお客様の居る世界でお願いね?

 

 私、異世界ファンタジーって、あまりよく分からないから……


 あ! すいません、お客様をほったらかしにしちゃって!

 良ければまたご来店下さいね。

 

 人生の一瞬。

 切り取ってご覧に入れますので。

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