一面性の恋

遍雨(わたあめ)

一面性の恋

 私にはあこがれの人がいる。いや、むしろ恋愛的に好きと言っても過言ではないだろう。その相手は…

「やっほーみんなー!ホークだよ~」

画面の中から聞こえる声、この人が私の好きな人だ。

ホーク。彼は駆け出しのOurTuberだ。正義のもとに悪をさらす姿がとてもかっこいいし、興奮する。

彼の声と、その姿、たまに出るおっちょこちょいなところがすごく私のフェチに刺さる。

「ホーク君配信してくれないかな~」

 彼は基本的に配信をしない。でも私はそんなところも好きだ。動画だとテロップとかが入るし、彼の潜入スタイル的に時間がかなりかかるので、それらを考慮してのことだろう。

「今日も正義のもと!悪をさらしていくからよろしくね!」

 ああ。かっこいい。

 気づくとかなり遅くになっていた。明日も会社がある。早く寝ないとならない。


朝起きてホーク君のことを考える。もう私もすっかり恋する乙女だ。

会社に行こうと玄関の扉に手をかける。しかし、開かない。開けようとできない。

私の会社、部署には嫌がらせをしてくる同期がいる。だから、今日も嫌がらせを受けるのかと思うと、家から出られない。

とはいえ、仕事をしないと推し活もできないし、生活もできない。それは困る。ホーク君もTmitterで「推してくれるのはうれしいけど、体壊したらだめだからね!」と言っている。これもホーク君のため、と重い玄関の扉を開けた。


 会社に入るとすぐにあいつがいじめてきた。

「お?今日も来たのか。お前なんていなくても変わらないのにな」

 流れるような暴言。ついこぶしを固めたがここで手を上げるのはいけない。逮捕されたくないからね。

「あ、鷹橋さん。来てたんですか。私はいないので話しかけなくていいですよ」

 鷹橋漣斗はさっき言ってた嫌がらせをしてくる同期だ。ほかの気の弱い同期や、後輩にも嫌がらせをしている。そのくせ証拠は残さないし、先輩や上層部にはいい顔をしているから本当にうざい。

 今日のシフト的に先輩方は来ない。つまり、今日は完全にこいつに支配されながら過ごすことになる。ものすごく屈辱的だ。

 苛立ちながら自分のデスクに着くと隣の席の北條咲が話しかけてきた。

「望月さん、だいじょぶですか?なんか、お菓子とか食べます?」

「ああ、ありがとう。ではお言葉に甘えて…」

 袋で小分けになっているチョコレートを一粒頂戴する。ほんのりと苦いが、それがチョコの甘みを引き立たせている。結構おいしい。

「ほんっとイライラするわぁ、あいつ~」

「でも、鷹橋くんが一番できるのも事実だし…」

 そう。それが一番納得いかない。

いっそのことあいつがこんなことをしているのをお得意先にバラせば…

「いや、ないな。初対面のよくわからない奴よりよく知り合った人の方が信用できる」

 どうするべきだろう。

「なんかぎゃふんといわせたいですね」

「そうだね…」

 なんとなしに机を見る。パソコン、メモ帳、ペン、ホーク君のキーホルダー、さっきもらったチョコの袋…。ホーク君…。

 そのとき、私の脳にあの言葉が響いた。

「正義のもと、悪をさらす」

 視界が広がる。

 そうか。

そうすればよかったんだ。

 そう思うとなんだか笑えてくる。心は青く澄んでいる。美しい青空のようだ。

肩を震わせていると、心配そうに北條さんが顔を覗き込んで――ヒッと顔をこわばらせた。

 私はその時になって私の顔が醜くゆがんでいるのを自覚した。


 ホーク君の動画の構成からすると、次は証拠集めだろう。今日は彼の独壇場だからいじめる様子をたくさん撮れるはずだ。覚悟しやがれ。

 しばらく探して歩くと、目的の相手がいた。のうのうと植木鉢の手入れをしている。私はスマホのカメラを起動し、その時を待った。

 ようやく植木鉢の角度に納得がいったのか、鷹橋はチラリと腕時計を見た。つられて私も時計を見る。11時少し前だった。すると――

「あの~」

 突然、声がした。男性の声だ。思わず、体が跳ねる。そしてぎこちなく後ろを振り向くが、誰もいなかった。どうやら鷹橋に呼ばれていたらしい。

 何か話しているらしい。少し遠すぎてよく聞こえない。

しかし、いちおうカメラに収めておこう。もしかしたらなにか入るかもしれない。

これを録画したら、いったん席に戻って仕事をこなさないといけない。とりあえずは北條さんに任せているが、それでも二人分の仕事をこなすのは厳しいだろう。いそいで戻ってヘルプに入らないといけない。

席に戻ると北條さんが忙しそうに仕事をしていると思ったら、なぜが全く違って、意外と余裕があるように見えた。

もうあきらめてゆっくり丁寧にしているのかと思ったが、詳しく話を聞くとそんなことはないようだった。

どうやら今日いるあいつにいじめられているメンツには計画のことを話したらしい。みんながみんな「バレたときにもっといじめられるかも」だとか「あいつと関わりたくない」だとか「むしろ最近ちょっといじめられるのに快感を覚え始めている」だとかと言って、すぐには賛成しなかったようだが、さすがは元営業部のエース。そこは力強い交渉や、見返り、逆にサディスティックに目覚めさせるなど、たぐいまれなる才能をフル活用して、仲間を集めたらしい。その数なんと今日いるメンバー全員。そのメンバーで仕事を分担したらしい。

北條さんのあふれる才能の片鱗に少なからずあてられた私は

「私じゃなくて北條さんが復讐すれば…」

と、口から零れ落としてしまった。

 ハッと思わず口を手でふさぐ。

「私には無理ですよ。行動力がないですから。所詮私ができるのはサポートだけ。それ以上のことはどうしても無理なんです」

 北條さんは笑いながらその返答としてこう答えた。

 たしかに私だってホーク君の存在がなければこれまでもこれからも復讐しようなんて考えなかっただろう。

だから――

「いつか、北條さんにも背中を押してくれる存在が現れるよ」

 私ができる精一杯の応援を、アドバイスを、そして希望を彼女に捧げた。


 会社を出て帰路に就くと同時に私は今日の成果を頭の中で反芻した。

しかしスマホで撮った動画だけだ。さすがに北條さんでもその日のうちに録音機を持ってくることはできなかったようだ。

 家に帰ると急に緊張した。動悸が速くなって、呼吸が浅くなる。視界がじっくりと歪んでゆくのが分かる。やはり慣れないことをすると緊張してしまうらしい。

 心の平静を保つには普段通りの生活を心がけないといけない。ひとまずは手を洗ってご飯を食べて、ホーク君の動画を見よう。

 ホーク君の動画投稿は完全に不定期だ。それに投稿ペースも遅い。まぁ準備に時間がかかるのもわかるし、標的を探すのに時間がかかるのもわかる。だから私は過去の動画をさかのぼっている。

 動画を見て思ったのは、やはり証拠集めをするのが目下の課題ということだ。あとは証拠を提出する先も決めておいた方がいいだろう。それならば部長に提出するのがいいかもしれない。


次の日、今日も今日とて仕事だ。とはいえ私は仕事をせずに、ひたすらに証拠集めをしているんだが。

 今日のメンバーを見ると初期メンバーが何人か欠席していて、部長と出雲 椎ちゃん、その他もろもろが出席している。

 ちなみにこのしぃちゃんこと出雲 椎は私のリアルでの推しのようなものだ。後輩ながらに愛くるしく仕事をする様子を見ると何とも応援したくなる。なんというか、すごくフェチに刺さる。

 一応北條さんにはこれ以上は収拾がつかなくなるから、とメンバー集めは止めてもらっている。

 また、北條さんが数多くのスパイグッズを持ってきてくれた。録音機をはじめ、小型カメラや催涙スプレー、発信機、なぜかめっちゃ先の鋭いペンや鉄製扇子、スタンガンなどの銃刀法違反にならない程度の暗器も持ってきている。

 それらが普段ついうとうとしてしまう会議室の机にズラーッと並んでいるのは壮観だ。所在なさげに置かれた水がかわいそうだ。

 なぜこんなすごいものを一日で用意できたのかと気になり、北條さんに聞いてみたが、「実家の力を…」だとか「贔屓にしている暗器屋から…」だとか言ってうまいこと煙に巻かれた。こわいね!(満面の笑み)

 鷹橋に呼び出される人はどうやらある程度周期になっているらしく、1週間で一人となっているようだった。もちろん私も呼ばれた。復讐班がいじめられる際はポケットに録音機を入れておいて、証拠を回収した。

 鷹橋自身の情報も手に入れた。北條さんが、「すこしでもサポートできれば……」とUSBを渡してきた際は何かと思ったが、鷹橋の個人情報だった。

 名前、生年月日、住所、性別などの基本4情報に加え、車のナンバーやペットの有無、現在の彼女、および彼氏の有無、挙句の果てには今までの彼女の数や、最高同時浮気人数などのなんかどうしたのと言いたくなるような情報がたくさん詰まっていた。あともう量多すぎて途中から読むのをやめた。

 北條さんに聞くと、「実家から機器を送ってもらって…」だとか「情報屋のPCを乗っ取って…」だとか言って誤魔化された。これ以上この話をすると怪しげな組織に口止めとかされちゃいそうだからやめておこう!(ひきつった笑み)

 そんな風に証拠を集めたり、普通に仕事したり、北條さんとしぃちゃんとご飯に行ったり、なんだかんだ言って充実な毎日を送っていた。

 ホーク君の動画も一週間に一回くらいのペースで投稿されていて、いつもよりも十分に推し活出来ていた。


 気が付くと2か月が過ぎていた。毎日毎日推し活と仕事、証拠の整頓を繰り返していたらこんなに経っていたのだ。その話を北條さんにすると、

「やっぱり年を取ると時間が経つのが早くなるってほんとなんですね~」

とほざいてきたので自然な流れでお星さまにしてやった。きれいに輝けよ。

 証拠もしっかりとれてきた。途中で北條さんが「これ……」と復讐班以外の録音データも渡してきた。今回は「すれ違いざまに襟にマイクを付けて録音しつつ仕事中に聞いてたんです」と言ってきた。

 今回はしっかりはっきりと言ったが、前半後半ともに常人ができないことを彼女は理解しているだろうか。

 しかしこれでいいのだろうか。あくまでこの会社から追い出すのが目的ではあるが、ここまで事が大きくなったなら世に流すのも悪くはないかもしれない。しかしそれには足りない。無名の人がパワハラセクハラしたところで話題になる世の中じゃないのだ。

 世間の話題にとって大事な栄養は『どれだけ』ではなく『だれが』なのだ。

「北條さん、なんかいい案ない?」

「USBで渡した資料は全部読みましたか?」

「ああ、あのPDFのやつ?……もちろんみたよ」

「……本当ですか?」

「ア、アアア、あたりまえだヨ」

「嘘ですね。全部読んでください」

 なぜバレた⁉やはり彼女の言う『実家』で特殊な訓練でも受けていたのか?


 しょうがないのでまたじっくりとPDFを読むことにした。とはいえ前回読んだ時から思ってたけど、結構長いんだよな…。

 マウスでスクロールして前回読んだところまで飛ばす。ここら辺になると本当にプライベートなことしか書いてないんだよなぁ。

 ひたすらにスクロールをしていると鷹橋が寄ってきた。もちろん急いで録音機をオンにする。

「おい、最近自席にいることが少ないんじゃねえの?」

「あら、いないも同然のくせにしっかりとみてるなんて私のこと好きなんですか?」

 鷹橋はチッと舌打ちをするとすぐに離れていった。

 なんで急に寄ってきたのだろう?そう思ったが今はそんなことしている場合ではない。はやくPDFを読まなければ。

 そうおもってPDFを開く。しかし緊急事態が発生する。

「どこまで読んだっけ」

 読書を邪魔された挙句どこまで読んだか忘れた私の声は宙に浮かんだあと、誰にも気づかれずに消滅した。

 ひとまずなんとなく目星をつけてそこから読み進めてみよう。


 すこし暗くなったころ

「ようやく、これで、あの野郎を」

 息も切れ切れに私は切り札を見つけた。

「チェックだ。鷹橋ィ」

 このあとやってきた北條さんが私の顔を見て小さく悲鳴を上げたのは言うまでもない。


「部長、報告したいことが」

 私は部長に言った。

「ん?どうしたのかい?」

 これがうちの部署の部長だ。親しまれているし、仕事もできる、しかも顔はイケメン。あの鷹橋にはこうはなれない。

 私が会議室を指さすと意図をくみ取ったのか私を会議室に促してくれた。

「それで?どうしたのかな?」

 そういわれたので私はこの2か月間ため続けた証拠を部長に見せた。

「!…これは…」

 そうつぶやくと同時に部長は証拠を見渡し始めた。

「これが鷹橋さんがいじめを行っている証拠です」

 私は顔を俯けたまま目だけを上に持っていき、ゆっくりと睨んだ。

 北條さんから学んだ交渉テクに圧をかける方法が含まれていたのだ。

「これは俺の方で預からせてもらう。その後、上の人たちに報告する」

私はそれを了承し、解散した。


 今日も会社に行く。

 あれから1か月が経っていた。さすがに対応が遅すぎる。部長に直接聞いてみるしかない。

 会社に入ってすぐに部長のデスクに向かった。

「部長、アレってどうなってますか」

 すると部長はこうつぶやいた。

「アレってなんだ」

 その瞬間、私の頭の中が真っ白になった。何を言っているんだ。

 半ば連れ出すように部長を会議室に入れる。

「どういうことですか⁉」

 あくまで小声で叫ぶと部長がこう言った。

「鷹橋くんのことは許してはならない」

 その当然の言葉にうんうんと頷く。

「しかし彼は上の人のお気に入りなのだ」

 その瞬間、彼のことを思い出した。

 『先輩や上層部にはいい顔をしている』

 彼がそのような態度をとっていたのはこのためだったのか。

「しかしそれだけならまだ部長の力で…」

「俺は所詮部長だ。上には逆らえないよ」

 そんなことを言われたら何も言えない。しかし、言わないとならない。

「本当に…それだけですか……?」

 部長の顔が火にあぶられた蝋のように歪んだ。

「なんだ。気づいていたか。そうさ。僕は出雲椎の異父兄弟さ」

 やっぱりか。

「俺のことはどうなってもいい。でも、あの子だけは守って…あげたいんだ…」

 部長の気持ちはとてもわかる。だから。

「ならなおさら一緒に戦いましょ。私は鷹橋と、部長は上と」

 ゆっくりと頷いた部長の顔は涙を浮かべた、優しい顔をしていた。


 部長の協力も得て、鷹橋と上層部の悪事の証拠がどんどんそろえられていった。

 最近は部長経由でしぃちゃんの協力も得ることができている。癒しが過ぎる。

「しかし、もう鷹橋の分の証拠を提出しても上層部はなんもしてくれないだろ?どうするんだ?警察か?」

「いえ、警察にはいきません。というよりいけません」

「いけない?」

 北條さんからもらったあPDFを読み返してみると、鷹橋には特別なコネがあることが判明した。それは政治家の娘との婚約だった。

 そのコネの力があれば警察を黙らせることだって容易にできるだろう。

「じゃあどうするんだ?弁護士とか?」

 そんなことする必要はない。やはりここは原作リスペクトの精神で行くとしよう。


 次の日、私は有休をとって、家の中でスマホを見ていた。ネット上にこんな情報が出回ったからだ。

『○○会社の上層部がパワハラもみ消し⁉』

という内容のものだ。そして同時に

『△△議員の義息子、同期や社員にパワハラか⁉』

というものも投下した。

「これで終わりだ。鷹橋。チェックメイト」

 こういうものは一個一個落とすに限る。

 会社と鷹橋が炎上してゆくのを見て、私はソファに寝転がり、天井を見た。

 ホーク君、私は、あなたみたいに、なれたかな?

 その心を胸に今日も頑張って正義を貫いて生きていこう。そう思えた。


 一方、北條咲が抜いた情報、ちょうど望月が読み飛ばしたところにはこのような情報が書かれていた。

『その人はOurTubeで『ホーク』として活動をしている。しかし、その内容は矛盾が多く、音声もアフレコであることから、完全なるでっちあげではないかと言われている。その一方でガチ恋勢も多い』

と。

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