第2話 転生先は死ぬはずだった兄かもしれん

 レオンはベッドから起き上がったものの、体の中に残る鈍い痛みに顔をしかめた。どうやら前世の事故の記憶が引きずられているわけではないらしい。この痛みは、まるで別の何かによるものだと気づく。


「お兄様、本当に大丈夫ですか?あの夜のことを覚えていらっしゃらないのですか?」


 エレノアの言葉に、一瞬レオンの意識がふらつく。彼女の言う「夜のこと」が何を指しているのかを思い出そうとするが、記憶がまだ曖昧で、完全には蘇らない。ただ、身体中に残る痛みがその「夜」に何か大きな出来事があったことを示唆していた。


「すまない、少しぼんやりしているみたいだ……何があったのか教えてくれないか?」


 レオンの問いかけに、エレノアは少し躊躇したように見えたが、やがて決意したように口を開く。


「あの日、お兄様は森の中で何者かに襲われたのです。私と父上が駆けつけたときには、もうお兄様は意識を失っていて……医者は、毒が使われていたかもしれないと……」


 その言葉を聞いた瞬間、レオンの頭に断片的な記憶がよみがえる。暗い森の中、冷たい風が吹き荒れる夜、何者かの影が迫ってくるのを感じた。突如として襲われ、反撃する間もなく鋭い痛みが体に走ったこと……そして、その直後に視界が暗転したことを。


「そうか……俺は襲撃を受けたのか」


 レオンは状況を整理しながら、何者かが自分を殺そうとした理由を考えた。俺はここが重要な分岐点である可能性があると気づく。エレノアの兄はストーリー上明記されておらず、そもそもエレノアの過去の深堀が大して存在しなかったため、この事件によって兄を失っているところを奇跡的に助かった世界線なのか?はたまた何かの陰謀によるものかは分からない。


「犯人は……見つかったのか?」


 レオンの問いに、エレノアは首を横に振った。「いいえ、まだ調査中です。でも、お兄様、あの……」


 彼女の言葉は途切れがちで、どこか不安そうだ。レオンはその瞳の中に何か隠しきれない感情が揺れているのを感じ取った。


「何か言いたいことがあるのか、エレノア?」


 促すように言うと、エレノアは深呼吸をしてから再び口を開いた。「実は……私は、お兄様が襲われたのは、私のせいではないかと思っているのです」


 レオンは一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐに理解した。乙女ゲームの悪役令嬢としての役割を担っているエレノアは、その立場上、多くの敵を作るキャラクターだ。もしかすると、彼女に対する何かしらの恨みや復讐が、兄である自分に向けられた可能性もある。


「そんなことはない、エレノア。俺はお前を守るためにいるんだ。たとえお前の立場がどうであれ、兄としてお前を守るのが俺の役目だ」


 その言葉にエレノアの目が見開かれ、再び涙が浮かんでくる。彼女は小さく頷き、感謝の意を示す。


 しかし、レオンは心の中で新たな決意を固めた。このままでは、エレノアだけでなく、自分の命も危うい。妹を「悪役令嬢」の運命から救い出すためには、まず彼女の行動を変え、ストーリーの展開を根本から変える必要がある。


(まずはエレノアの孤立を解消しなければ……彼女が周囲と敵対する限り、さらなる危険が襲いかかる可能性が高い)


 レオンは、妹を守るためにどのように行動すべきかを思案し始める。幸いにも、前世の記憶とゲームの知識が彼にはある。それを駆使して、エレノアが他のキャラクターたちと敵対しないように彼女を導いていこうと決意する。


「まずはゆっくり休もう、エレノア。俺たち兄妹で、共に未来を変えていこう」


 レオンの言葉に、エレノアは微笑みを浮かべた。ゲームのエレノアはここまで兄のことを気にかけていたかは謎であるが、その笑顔には何か危うい狂気が潜んでいるように見えたが、今の彼にはそれを見抜く術はなかった。ただ、自分の決意と妹への愛情だけを信じて、これからの道を進んでいくつもりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る