転生ハラスメント〜死神幼女の甘い誘い〜
真夜ルル
死神幼女アリス
「転生した方が幸せなんじゃないですか?」
特に物語るに相応しい内容もない平坦で平凡な人生。
身長、顔の要素で他人よりも優れているなんて言い張れるほど自信はないけれど、実はそこまで悪くないんじゃないか。
なんて思い込みを抱く、一般的な高校生。
それなりの家に生まれ、それなりの運動神経で小学生を生き抜き、中学ではテストに挫折しかけ、それなりの成績で推薦を得て少し賢い高校に入学。それまではまぁよかった。
しかし、自分を高く見過ぎたからだろう。
だんだんと落ちこぼれていき、最近は学校よりも家にいる時間の方が長くなった。
生活習慣も朝よりも夜の方が起きている。
別に後悔があるわけじゃない。
可愛い恋人もいないが。
「恋人のいない人生なんてつまらない。恋人の一人や二人は作った方が人生数倍は楽しい、なんてよく言われたが別にいなくても楽しみ方はある、と僕は思っているけどね」
そんな自分で言っていて悲しい言い訳みたいなことを、僕は真夜中に信号の前で可愛い幼女に自慢気に言った。
それはもう、全然今が楽しくてしょうがないイケイケの洒落た大学生をイメージして。
しかし、幼女の顔はまるで自白しにきた悲しき罪人を見守る聖女のような包容力に満ち満ちた笑みを浮かべている。
——要するに小ばかにされている。
仮にもしも僕がもう少し大人で、それはもうツダケンみたいに色気のあるイケオジだったとしてもその顔をするのか気になるところだ。
しかし、そんな下らないことを探るよりもこの現状を説明するほうが先決だろう。
その日、僕はゲームに課金をするため真夜中に外出をした。
貯めておいたお小遣いを今夜ソシャゲーにつぎ込むためにコンビニに行ってカードを買い込むために。
フードを纏い一目を避けながら予定通りカードを買い込み、ホッとした気持ちで帰路につく。
その途中で赤信号にひっかかり立ち止まる。
車も来ていなかったから無視することはできたが、その時は気分が良かったから立ち止まった。
その時だった。
隣に人の気配を感じた。
目をやって僕はどきりとした。
もふもふとした柔らかそうな金色の長い髪を手で靡かす黒のドレス姿の幼女が得意げな顔で赤い瞳をこちらを向けていたのだ。
その子に見惚れていたわけではないがボケーっと見ていた。
「おにいさん。恋人いますか?」
その女の子は唐突にそう聞いてきた。
衝撃的だった。
内容がどうでもよくなるほど声が綺麗だったのだ。
透き通っているというか、この世で最も美しいクリスタルが溶け込んだ声帯を持っているのかと確信するほど。
「あの聞いてます?」
「あ」
おっと危ない危ない。
僕は高校生なのだ。幼女よりも数年は長く生きている。人の話ぐらい聞いているさ。
えーと確か……恋人います? だったけか。——いきなりなんてことを訊いてくるんだこの子。
変な子だな。
そう思いながらも僕は答える。
いるよ。
簡単な一言。
「い——」
だが、いるよの『る』が先が出てこない。
どうも変なところで僕は正直者のようだ。
『な』なら出てくる気がする。
仕方ない、幼女相手に見え張ってもださいしな。
「いないよ、今は」
わざとではない。
ついうっかり『今は』って付けてしまった。
本当は今も昔もいないのだが……見栄を張る癖は抜けない。
言い訳に聞こえたのかは分からないが幼女は鼻で笑った。
それでついムキになってあんな言い訳を極限まで昇華させたような戯言を呟いてしまったのだ。
すると幼女は小ばかにしたように、
「転生した方が幸せなんじゃないですか?」
とぼやいたのだ。
「…………」
ああ、これは幼女なりの気の使いかたなのだろう。
今どきは転生する作品がいくつもあるもんな。そりゃ転生した方が幸せだって思うのも無理はない。
まぁ、正直な話、転生してみたい気持ちはあるのは本音だけども。
ていうかこのくらい小さな子でも読むくらい転生系って有名なんだな、僕も若いほうだけど、この子くらい若い子でも転生したいって思う物なのかな。
ふふ、そのうち転生が主題の絵本が流行になったり?
僕は冗談を言っているのだと解釈して適当にあしらうことにした。
「面白いこと言うね君、名前は?」
「アリス。死神」
どや顔で胸を張る。
なんだか将来が有望そうな子だ。
「ふふ、死神ね。じゃあ連れて行ってくれるのかな?」
「ではあなたに贈る転生プランを説明してあげます」
「へえ、聞かせて」
「とりあえず、ハイスぺなスキルをいくつか手に入れてからケモミミの美少女五人くらいに囲まれて幸せな充実ライフを送るというのはいかがでしょう」
「へーいいんじゃない?」
「本当ですか! じゃ、さっそく送りますね!」
幼女はにんまりと笑い、歩き出す。
しかしあれ。
信号はまだ青にはなっていないような。
ちらりと信号を見るとやはり赤。
「ちょっと?」
風が少し吹いた。
大きなトラックが走ってきている。
大きな音を立てて勢いよく進んているにも関わらず運転手は疲労感に満ちた朧げな顔つきをしている。
幼女のことが見えていないかもしれない!
僕はとっさに幼女を見やる。
幼女はニコニコした表情をしながら道路の真ん中で立ち止まっている。さらになネくように手を動かす。
おいおい、なんの冗談だ、おい。
冗談だよな、という感覚がまだあり、どうも緊張感がない。
このままだとトラックに弾かれるだろ。なんで立ち止まってんの?
白い無機質な光が幼女にかかる。
それでも幼女は全く動く気がないようだ。
おい、運転手、気づけ!
前に幼女が!
このままだとぶつかる!
いくらそう思おうと心の声は外には響かない。
いや、声にしたところで聞こえないだろう。
もう僕にはわかった。
ここで幼女を救えるのは僕だけだと言うことに。
多分、動こうと思えば動ける。しかし、もしもミスれば死ぬぞ?
だが、僕は動いた。
人生で一番ぶっ飛んだスタートダッシュを決める。幼女を助ける、その気持ちに全身が答えてくれているような充実感。
足がいつもよりも速く大きく動いてくれている気がする。
ぶつかる勢いのまま幼女に手を伸ばす。
抱き着いて、そのまま幼女をかばって背中から転がりこむ。シミュレーションはほぼ完ぺきだった。
しかしいきなりパッと頭の中が真っ白になる。
だって幼女がこんな事言ったのだから仕方がない。
「転生生活頑張ってくださいねー」
思わず右手で殴りそうになった。
幼女はまるで遊んでいるみたいに気楽そうな顔をしていたのだ。
トラックが目の前に迫っているというのに。
お腹の中で疼いた何かを抑えられなかった。
聞こえたかは分からない。
しかし僕はぶつけるように叫んでいた。
「可愛い顔がもったいないだろ! ばかやろう!」
全力で幼女にタックルする。
ぶっとんだ先で幼女を守ろうしたが都合よく体は動かず、そのまま幼女を地面にたたきつけてしまった。
それでもなんとかトラックを避けることには成功した。
「はぁ…はぁ…」
今になって心臓が破裂しそうなほど鳴り響いているのを感じる。
遠くに離れていくトラックを眺めながらただただ息を吐く。
よかった。
とりあえずはよかった。
胸の下に寝転ぶ幼女を見やる。
動きがない……?
「あ、おい大丈夫か?」
そうだ、そういえば幼女に思い切り抱き着いて吹っ飛ばしたんだ。
怪我してないか? 血は出てないか?
きゅ、救急車いるか?
えーと番号は確か。
「な、何してんの! 邪魔! くさい!」
幼女は小さな両手で押してきた。
生きているようだ。
——よかったぁー。
「私、可愛くないって! てかなんで助けたのよ! てか死ねよ!」
……暴言が飛んできた。
一応助けたのだが。
幼女は赤面している。
「せっかく死神である私が幼女をかばって死んだっている完璧なシナリオを演じてあげていたのに。台無しじゃない! さっさと死んで転生しろよ!」
「……?」
この子、もしかしてそうとう拗れた中二病なのか?
「あなたみたいなつまらない人生が可哀そうって思ったから転生させているのに。なんで死なないのよ。はやく死んでよ! 死神クビになっちゃうじゃん……もう……!」
なんだか、よくわからない世界観があるみたいだな。
まぁとりあえず助かってよかった。
様子のおかしい子だけど、そもそも真夜中一人でいる幼女って点で普通ではないか。
「まぁまぁ、とりあえず気を付けろよ? トラックは危ないんだからな」
めちゃくちゃ汗でびしょ濡れだというのに何ともない風を装うという無駄な格好を付けて言う。
幼女は何とも言えなさそうに歯ぎしりをする。
どうせなら然るべき場所に連れていく方べきなのだろうが、こんな夜中にこれ以上の活動は危険だ。
「転生した方がいいだろ……なんで」
消え入りそうな声を震わせながら、若干涙を浮かべる幼女。
確かに転生できれば幸せなのかもしれない。だけど、本当にそうだろうか。
転生しても自分は自分なんだから。
僕はそう思い、口を開く。
「あとそんなに転生転生しろとか言わない方がいいぞ。それなりの幸せがあればそれだけでいいんだからな。あとそんなに転生ばっか言ってると転生ハラスメントで訴えられるぞ、なんて……」
幼女は顔を上げ、睨みつけてくる。
「くそう! もっといいプランを考えてきてやる! また来るからなくそガキが! ——あと私は可愛くないからな!」
「おう、気を付けて」
そう言って幼女は溶け込むように闇に消えていった。
そう、闇に。
体が透過していった。
は?
え、ちょっと待てって!
おい、いなくなった。
幼女は消えた。
——夢でも見ているようだ。
汗のせいか急に全身が冷えた。
「……帰ろ」
これが死神幼女アリスとの出会いだった。
転生ハラスメント〜死神幼女の甘い誘い〜 真夜ルル @Kenyon_ch
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