『長恨歌』現代語訳・梨花のしらべ

余香

第1話

これは、いつの時代のお話だったでしょうか。


遠い漢の御代、お上は色を好み、国を傾けるほどの美姫を望まれていました。

天に恵まれ、治世は長く、されどお目に叶う娘はなかなか見つけられません。


楊家にある娘がいました。ようやく髪を結い上げ、一人前になろうとしている娘が。

深窓に囲われて育ったもので、世間には誰ひとりとして彼女を知る者はおりません。

しかし身のうちから溢れる美貌は隠せず、君王へと見初められ、お傍近くへ上がることになるのです。


廻らされた瞳が合えば、ふ、とやさしげな笑みが返され、その艶やかさの前では後宮のさまざまな調度も色あせて見えるほど。これには敵わぬと、後宮に住まう女人たちは、さっと顔色をなくします。


まだ花も咲かぬ早春のころ、華清の宮で温浴を賜ることがございました。

さらさら流れ出る湯も、娘の肌を惜しむかのようにしっとりと雫をつくります。

侍女が入浴のお手伝いをすると、熱さに酔われてしまったのか、くたりと体を預け、なされるがまま。

これが、はじめてお上のご寵愛を受けた夜のことでした。


うなじに零れた髪はやわい雲のよう。花のかんばせを、きらきらと揺れる簪が彩ります。

芙蓉の綴られた布団はあたたかく、お上と娘、二人が寄り添う姿を春の宵がそっと隠していきました。

しかし意地の悪い宵は早くに去り、もう朝鳥が鳴き出します。お上は娘を惜しんで午近くにようやく起き出すご様子。

このことがあってから、お上は朝の政を厭うようになってしまったのです。


娘はお上のお心をよく解し、それに喜んだお上はますます娘をお傍から離しません。

春は花を愛でたり、楽を奏でたり、春の遊びを。夜は夜通し心を交わし。

後宮には、娘のほかに美女が三千人選ばれ、住まわされていたといいます。

その三千人、ひとりひとりに向けられるはずの愛を、娘は一身に受けてしまったのでした。

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