友達

@lisa_22

第1話

 石段に座ったヒナは昔から何一つ変わらない笑顔で微笑んだ。私は自分の目を疑った。ヒナはここにいるはずもない。


「お母さんのバカ。今の季節、真昼間に買い物を頼むなんて絶対に正気じゃない。大体、今は地球温暖化が進んでて昔の夏よりさらに気温が……」

 心の中であれこれと文句を言いながらバスに揺られていた。窓の外では太陽がこれ以上ないほど眩しく光り輝いていて、空には雲ひとつない。私の住んでいる町はド田舎なので、バスの乗客はほとんどいない。

 今日は一日部屋にこもってゲームでもしてのんびり過ごしたいと思っていた。この暑さの中外出したいわけがない。しかし、母は私とは打って変わってかなり忙しかった。


 毎年私の家ではお盆の頃に親戚が集まる恒例行事がある。家には両親と父方の祖父母が一緒に住んでいて、毎年父の兄弟やその子供達が帰省してくる。母は親戚の集まりのために料理や片付けをしている。そのために、母は普段と比にならないくらい忙しいのだ。その母をよそに家でゴロゴロと過ごしていた私は、ちょうどいい人材だったのだろう。

「あんた、学校に行く以外で外出しないんだから。たまには外に出てきなさいよ」と、お使いをたのまれてしまった。


 親戚の仲は良いことに越したことはないが、私は正直言って親戚の集まりは嫌いだった。毎年たくさん酒を飲み、大きな声で談笑し、食い散らかしてはすぐに寝てしまう親戚たちはあまり好きではない。それに、私は年下の従姉妹たちの面倒を見る役を与えられる。これが小さい子供と関わるのが苦手である私にはかなり苦痛だった。その上、母は無数にある重労働をこなし、親戚たちに気を配り、談笑に付き合わされて鬱憤がたまっているのか、とてもじゃないが近づきたくないぐらいの殺気を放っている。私にとって親戚の集まりは楽しいものではなかった。


 夏の中で最も憂鬱なイベントのことを少しでも忘れようと、気を紛らわせるためにスマホの電源を入れて、お気に入りのゲームアプリを開く。私にとってゲームのログインボーナスをもらうのは毎日の習慣だった。

 ちょうどその時、新着のメッセージが届いた。送り主はみさきだった。みさきは中学校からの友達で、私のクラスメイトだ。

『響ってお盆にある親戚の集まり嫌って言ってたよね?』

『そうだよ。それがどうしたの?』

『響さえ良ければさ、うちにこない?泊まりにおいでよ』

 みさきの提案は正直魅力的だ。お盆の間家にいなくてもいいなんて、なんて素晴らしいんだろう。多くの家庭はお盆の時期は両親の実家に帰省したり、私の家のように親戚が集まったりするが、みさきの家にはそういった風習はないと以前本人が言っていた。そういった事情がないから本来忙しいはずのこの時期に誘ってくれたのだろう。ありがたい限りだ。

『行きたい!お母さんに相談してみるね。今外出中だから帰ったら連絡するよ』

『分かった、返事待ってるね』


 みさきは気配り上手で面倒見も良く、私はいつも世話になっている。人付き合いが得意でない私にとって、自信を持って友達だと言えるのは彼女くらいだろう。頭脳明晰で容姿端麗、その上人付き合いが上手い。正直私と友達でいても彼女にメリットはないような気がする。それでもみさきはいつも私のことを助けてくれた。中学生の時にクラスの女子達から軽いいじめのようなものを受けていた時には、私のことを何度も庇ってくれた。そんなみさきが今回は、親戚の集まりが嫌だという私に自分の家に泊まることを提案してくれている。彼女の親切さに感動しているうちにバスは目当てのバス停に着いた。


 スーパーはバス停からあまり離れていないところにある。この地域ではおそらく一番大きい店舗で、品揃いも良いので、私の地域に住んでいる人ならばほとんどの人が食料品や生活用品をここで買っている。母から受け取った必要なもののメモを見ながら、淡々と必要なものをカゴに入れていく。お使いは数年ぶりだったので、なんだか懐かしさを感じていた。

 その時ふと、お菓子コーナーが目に飛び込んできた。スーパーのお菓子コーナーにはたくさんのお菓子がある。小さな子供にとって、お菓子コーナーは小さな遊園地だ。私も昔は母にお菓子を買ってくれるようよくねだっていた。幼い日の思い出に浸っていると、ある一つのお菓子が目についた。そのお菓子はチョコレート菓子で、カラフルな包装がされていて、味はかなり甘ったるい。それはヒナの大好きなお菓子だった。ヒナはずっとこれを好んでいて、お菓子を買う時にはよくこれを買っていた。よく飽きないなと感心できるくらいには、いつも同じものを買い続けていた。ヒナとお菓子を買う時は、いつも安いからとコンビニではなくスーパーで買った。そしてその後、二人で近くの寂れた神社の石段に座って日が暮れるまでくだらないことを話すという一連の流れが私たちのルーティーンだった。


 ヒナは本当に優しく明るい子で、ひまわりのような笑顔の子だった。家は徒歩で数分ほどの距離にあって、趣味も同じで、とても気の合う子だった。私には中学に入る前まではヒナ以外の友達はほとんどできなかったが、ヒナといれば楽しかったし、寂しい幼少期ではなかった。私はヒナのことをただの友達ではなく、自分の双子の妹ぐらいに思っていた。ヒナも同じように思っていてくれていたと思う。中学校ではみさきとも友達になって、3人で仲良くしてた。みんなで勉強したり、遊びに出かけたり、たくさんの思い出を作った。高校だって同じところに通う予定だった。


 ヒナは去年の夏休みに突然いなくなってしまった。死因は交通事故だった。みさきから聞いた話だと、ヒナは赤信号なのに道路にいきなり飛び出したらしい。ヒナはどこか抜けてるところがあるから、きっとちゃんと信号の色を確認していなかったのだろう。勢いよく車と衝突したことで、ヒナは事故の後すぐに息を引き取った。私が交通事故の話を聞いた時には、ヒナはもうこの世にはいなくなっていた。大切なものを失ったことがなかった当時の私にとって、ヒナが死んでしまったことは、世界が変わってしまうくらいの衝撃だった。


 気づくと私は、ヒナの大好きだったお菓子を持って、近くにある神社に向かっていた。ヒナのことを思い出すと、いても立ってもいられなくなった。まるで何かに引き寄せられるように、思い出深い神社へと小走りで向かった。


 神社は相変わらず寂れていて、あの頃とは何も変わっていない。それが私にとっては救いだった。神社の鳥居を抜けて参道を通り、社殿に続く石段を登ろうとして石段を見上げる。そこに座ったヒナは昔から何一つ変わらない笑顔で微笑んだ。私は自分の目を疑った。ヒナはここにいるはずもない。

「ヒ、ヒナ?」

 しばらく声も出せずに呆然としていた私がようやく発することができたのは、うわずった間抜けな声だった。

「久しぶりだね、響。会いにきたよ!」

 ヒナは私が驚いているのを特に気にも止めずに私に声をかける。

「響なんか痩せた?肌だってすっかり白くなっちゃってさ、どうせ引きこもってゲームばっかりしてるんでしょ?」

 ヒナは石段から立ち上がって、近づいてくる。

「ねぇ、ちょっと待ってよ。今ってどういう状況?理解が全く追いついてないんだけど……」

 確かにヒナは死んだはずだが、私の目の前にいるのはどこからどう見てもヒナだ。一体どうなっているのだろう。

「もちろん、会いに来たんだよ。もう今お盆時期なんだよ、知らないの?」

 ヒナは当然かのように答える。

「お盆ってご先祖様が帰ってくるんじゃないの?ヒナは私のご先祖様じゃないでしょう?」

「そんなに細かいことは一旦置いておこう、時間がもったいないよ。そんなことよりも久々に会えて嬉しでしょう?」

 なんて大雑把なのだろう。私は特殊な状況にすっかり驚かされてしまった。


「嬉しくないわけじゃないんだけどさ、ただ、まだ頭が追いついてなくって。それよりヒナはさ、今は、幽霊みたいな感じの存在なの?」

 私は状況を把握するために、ヒナに質問をする。

「うん。だいたいそんな感じだよ。足はあるんだけどね。こんなふうに響に触れることだってできるよ」

 ヒナは私の右手をとって握手をするように握った。ヒナの手は私の予想に反して暖かい。今の自分の状況を完全に信じることはできないが、目の前にいるヒナは自分の幻覚ではないように感じた。それに、昔ここの神社の神主さんが言っていた言い伝えに、この神社では亡くなった人と再会できるみたいなものがあったような気がしなくもない。

「でもさ、やっぱ生きてる人間じゃないからさ、私超能力的なやつ?が使えるんだよね。結構すごいでしょ?」

 急な話題転換に驚いたが、幽霊がいるなら超能力くらいあるだろう。

「何それ?」

 普通の会話のようにヒナに聞き返した。

「いわゆる念力だよ。それ使って、響をこの神社に引き寄せたんだよね」  

 確かに、急にお菓子コーナーが目につき、ヒナの好きなお菓子を見つけて、引き寄せられるかのようにここまで来たのは本当だった。偶然と言われればそうかもしれないが、必然ならば面白い話だ。

「なるほど、いきなり幽霊だの、超能力など言われて完全には自分の目が信じられないけどさ、ちょっと冷静になってきた」

「それはよかった、さすが響だね!」

 本当に幽霊なのか信じがたいぐらいにヒナのテンションは高い。ヒナは私の持っている幽霊のイメージとはだいぶ違う感じの幽霊になって帰ってきた。


 ヒナは私の持っているスーパーのビニール袋に気がついた。

「あ、それ私の好きなお菓子だ!買って来てくれたの?」

「うん、そうだけど。幽霊ってチョコ食べられるの?」

「フツーに食べられるよ。ちなみに飲み物も飲める」

「え、なんか意外。自販機で飲み物でも買いにいこーよ」

「神社からは出られないんだよね〜残念だけどさ」

 ヒナと私は一緒に石段に座り喋りながらチョコレート菓子を食べ始めた。ヒナは昔の思い出や死後の世界での暮らしぶりなどを次々と楽しそうに語った。私もヒナとの思い出に浸ったり、初めて知る死後の世界の話に耳を傾けていた。なんだか昔に戻ったみたいだった。


 一体どれくらいの時間がたっただろうか。そう思いスマホを確認すると、時刻は18:00。夏だからまだあたりは暗くなってはいないが、太陽はだいぶ傾いている。時刻を確認し、再び顔をあげるとヒナはじっと私の顔を見つめていた。

「私、響に言わなきゃいけないことがあるんだ」

 ヒナの表情は真剣で、さっきまでとはだいぶ違う。

「急にどうしたの?そんな真剣な顔して」

「実はね、私が死んだのはみさきちゃんが私を突き飛ばしたからなんだ。

「えっと、どういうこと?」

 予想外すぎることを言われ、思わず聞き返した。

「あの日、みさきちゃんに急に呼び出されて、いつもはみさきちゃんとは響なしでは話したりしないし、そもそもみさきちゃんは私のこと嫌いだと思ってたから不思議に思ったんだけど、会いに行ったんだ」

「ちょっと待って、みさきはヒナのことが嫌いって何?知らないんだけど」

 確かにみさきとヒナだけで話していたことはあまりなかったような気がするが、みさきがヒナのことを嫌っているというのは初耳だった。みさきが誰かのことを嫌いや苦手だと言っているのは聞いたことなかったし、ヒナのことを嫌がるそぶりもなかったはずだ。

「響は気づいてなかったのかもしれないけど、みさきちゃんは私に対してはいっつも素っ気なかったよ。響といる時は楽しそうだったけど、私と2人だけの時はいつも不機嫌だったし」

 全然知らなかった。驚きと戸惑いで何も言えないままでいる私をよそにヒナは話を続ける。

「みさきちゃんはいつもと変わらない感じで、つまらなそうにスマホばっかりみてたけど、一緒にランチを食べに行ったんだ。でも私たち共通の話題なんて全然なくてさ、みさきちゃんはあんまり喋りたい気分でもなさそうだし、なんだか気まずかった。でもしばらくしたらみさきちゃんが響のこと話し始めてさ、みさきちゃんと響きだけで出かけた話をしたり、どうして響は私とずっと仲良くしてるのとか聞いてきたの。すごく感じ悪くって、『この後予定あるからもうそろそろ帰らなきゃ』って言ってお金だけ置いて逃げるようにして店を出たんだ」

 ヒナは思い出したくない嫌な出来事を話していて、私にちゃんと信じてもらえているかどうかで不安なのだろう。声が震えていることが私にもわかった。

「その後家に帰るためにバス停に向かってたんだけど、ちょうど信号待ちをしているときに『お前邪魔なんだよ、とっとと消えろ』って聞こえたの。みさきちゃんの声で間違い無いと思う。振り向こうとするよりも早く勢いよく突き飛ばされて、道路に飛び出しちゃって、ちょうど走ってきた車にぶつかったんだ。車の運転手からは私がいきなり勢いよく飛び出したように見えたんだろうね」

 ヒナの話は信じたく無い話であったが、本当なのだろう。私はヒナの事故の話をみさきからの連絡で知った。みさきの話では事故が起きた時、事故現場が家の近所でたまたま目撃したと言っていた。しかし、夏休みで学校がない日にインドア派のヒナが家からそこそこ距離のあるその地域に1人でいくのも不思議だった。みさきが呼び出したというなら納得がいってしまう。

「だからね、響はみさきちゃんのことは信頼しない方がいいと思う。いきなりこんな話されてびっくりだよね、響は信じてくれる?」

 ヒナは私の反応を不安げに伺っている。

「もちろん、私がヒナの話を信じないわけないでしょ。それにヒナは幽霊になってまでも私に警告しにきてくれたわけだし、ほんとに感謝してるよ」

 私がそういうと、ヒナはほっとしたようににっこりと笑った。ヒナの笑顔は前と少し変わった気がするが、気のせいだろうか。


 あたりは暗くなってきて、ふとスマホの時刻を確認すると19:0ちょうどだった。お母さんから『どこに行ってるの?早く帰ってきなさい』とメッセージが来ている。

「ヒナ、私そろそろ帰らなきゃ」

「そうだね、もう帰った方がいいよ。私はお盆の期間ならいつでもここにいるから、時間があるときにはいつでも来てよ」

 ヒナはなんだか少し寂しそうに見えた。

「私は基本的にいつも暇だし、明日も会いにくるよ。お盆中は親戚の集まりがあるけど、用事があるって言えば抜け出せると思うし、なんなら毎日通うよ」

 私がそういうとヒナは嬉しそうに笑った。


 ヒナに見送られて神社の鳥居を通り神社からでた。後ろを振り返ってみてもそこには誰1人いなかった。狐に化かされたような気持ちになったが、スーパーのレジ袋にはヒナと食べたお菓子やジュースのペットボトルが入っている。私は確かにヒナと会って話をしたのだ。そう実感すると、この上なく幸せな気持ちになった。


 家に帰った私は帰りがずいぶん遅かったことで怒られてしまったが、そんなことはあまり気にならなかった。自室でのんびりしているとスマホの着信音がなった。

 みさきからの電話だった。今日ヒナからみさきの話を聞いているので、電話に出たくはない。しかし、みさきはヒナのことを気に入らないからと道路に突き飛ばしてしまうような人物だ。急に突き放せば何をされるか分からない。とりあえず電話には出ておこう。

「響、もう家に帰ってきた?連絡し忘れてるのかと思って電話しちゃった。お母さんからは泊まっていいよって許可もらえた?」

 みさきはいつもと何も変わらない様子で話している。ヒナの話を聞いてからは、その態度も怖くてたまらなかった。

「きょ、許可?なんだっけそれ?」

「ほら、今日メッセージ送ったじゃん。親戚の集まりが嫌ならうちに泊まりにおいでよって」

 そうだった。すっかり忘れていた。

「あ、それかぁ。お母さんに聞いたんだけどね、ダメっぽいかな」

今はみさきの家に泊まるよりも親戚の集まりに出て幼い親戚の子供たちの相手をしながら母親の機嫌を伺った方が断然いい。とりあえずみさきの提案は嘘をついて断っておこう。

「なんか変だよ。何かあったの?」

「えっ……」

 自分の動揺が容易にみさきに勘づかれてしまっている。

すっかりパニックになった私は電話を切ってしまった。

みさきから心配のメッセージが次々と届き携帯が何度も振動をする。

私は布団の中でただただ震え続けていた。


 いつの間にか私は眠っていたらしい。気がつくと窓の外には朝日が昇っていて、鳥の鳴き声が聞こえる。

「響、起きてるー?」

 お母さんが私を呼ぶ声が聞こえる。きっと朝ごはんができたのだろう。返事をしてリビングへと向かおうとしていると、お母さんが階段を昇ってくる音が聞こえる。珍しいな、いつも休日の日に私をわざわざ起こしてこないのに。


 お母さんが私の部屋の扉をノックもせずに開けたとき、私は凍りついてしまった。お母さんの後ろにはみさきがいたのだ。

「みさき?!」

 私はここ最近で発した中で間違いなく1番大きい声で叫んだ。

お母さんとみさきは何か話している。気が動転してしまって、その音を言葉として認識できなかった。少しした後、お母さんは部屋から去っていってしまった。


「ねぇ響、落ち着いて。何があったの?」

 みさきは心配した顔でこちらを見つめる。これだけ動揺しているのだから、もしかしたらヒナの事故について気づいてしまったことも勘づかれてしまっているかもしれない。これ以上隠すことはできないと判断した私は、みさきにヒナの事故について問い詰めることにした。

「みさきがヒナを道路に突き飛ばして殺したんでしょう?どうしてそんなことをしたの!?いくらヒナのことが嫌いだからってそんな酷いことをするなんて、おかしいよ」

 私がヒナの話をするとは思わなかったのだろう。いつも何が起きても基本的に平然としているみさきの表情が揺らいだ。

「それは誤解だよ。私はそんなことしない。ヒナが自分で道路に突っ込んだんだよ、私を突き飛ばそうとして。私は咄嗟に避けたからヒナがそのまま道路に飛び出す形になったわけだけど」

 みさきの表情はいつになく真剣だ。

「ヒナはそんなことする子じゃないよ。それに、ヒナにはそんなことする理由なんてない」

 わけがわからなくなってしまった。だってヒナは、みさきが押したっていっている。しかし、みさきはヒナが自分を押そうとしていたといっている。すっかり混乱している私とは違って、みさきは全て見透かしたかのような落ち着いた態度に戻っていた。

「昨日スーパーの近くの神社にいって、ヒナに会ったのね」

 どうやらみさきは本当に状況を理解しているようだ。

「あの神社には言い伝えがあってね、すでに亡くなってしまった、自分にとって何よりも大切な人とお盆の時期だけ再開することができるってものなんだ」

「その言い伝えは聞いたことあるよ」

あの神社は寂れていて、参拝に来る人も少ない。そのためか神主さんはいつも暇そうにしていた。幼い頃は神社の常連であったヒナと私は、時間を持て余している神主さんから色々な話を聞かせてもらった。そのうちの一つがその言い伝えだった。私はヒナと違ってあまり真剣に話を聞いてはいなかったので、なんとなくしか覚えてはいなかった。しかし、ヒナに会えたことをすぐに現実であると受け止めることができたのは、そういう言い伝えがあるということを知っていたからだ。

「その言い伝えには続きがあるの。こっちはあんまり有名じゃないんだけどね。大切な故人に会えた人は嬉しくてお盆時期に何度も通うようになるんだけどね、ゆくゆくは故人に連れてかれてしまうことがあるんだよ。生きている人間の方がその人を大切にしているかが条件だから、必ずしも死んでしまった人間が今生きている人間の幸せな人生を願っているわけじゃないからね」

「ヒナが私のことを連れて行こうとしてるってこと?そんなこと、ありえないでしょ」

 ヒナは優しい子だ。そんなことするはずないだろう。

「ヒナは私に嫌われてたって言ったのかもしれないけど、それは逆だよ。ヒナは私のことをずっと嫌ってた。多分、ヒナにとっては私は響を取ろうとしてくる気に入らないやつだったんだと思う。響は私のことよりも、ヒナのことを信じるだろうと思って今まで事故の原因は言わなかったんだけれど。響は知らなかったかもしれないけど、響に友達がほとんどいないのはヒナのせいだよ。響の悪い噂ばっかり流して孤立させてたんだから。実際、ヒナがいなくなってからは友達がたくさんできたでしょう?」

「……」

私は絶句した。私には中学に入ってみさきと仲良くなるまではヒナしか友達と言える人はいなかった。クラスの女子達から嫌がらせを受けたこともあった。私の性格のせいで人から距離を置かれたり、そういった目にあっていると考えていた。それでもヒナは私とずっと仲良くしてくれているんだと思ってたのに。

「本当はこんなこというつもりはなかったんだ。響が神社に行くことなんて、お盆に親戚と一緒に参拝する時ぐらいだと思うし。知らないでおいた方が幸せなことだっていっぱいあるもんね」

 すっかり傷心している私に、みさきは慰めるように付け足す。ヒナのことを信じていたい気持ちもあるが、みさきが嘘をついているようには見えない。みさきが親戚の集まりがある時には泊まりにおいでよと提案したのも、私が神社に行ってヒナに会うことを避けるためだったのだろう。私はみさきを疑ってしまったことを謝罪した。


「響、このゲーム結構面白いね」

「前からずっと言ってんじゃん」

 お盆の帰省シーズン真っ只中、私たちはみさきの家で私の持ってきたゲームをしている。酔っ払った親戚たちのもう何回も聞いた自慢話を聞かなくて住むことがこんなに幸せだなんて知らなかった。それに何より、神社に行く必要がないのも良い。ヒナには毎日行くと嘘をついてしまうことにはなるが、私があの鳥居をくぐることは二度とないだろう。

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