ドアの外のレジの袋の中

まつり

ドアの外のレジの袋の中

両親が離婚し、高校進学と同時に両親ともが再婚した為に完全に家庭に居場所がなくなり、高2の夏頃から学校に内緒で一人暮らしをする事になった。


元々両親ともに働いており、家事は一通り自分でやっていたので全く問題がなかったが、決して真面目な学生ではなかったので、貰った生活費はバンド活動や遊ぶ金に消えており、ちょっど笑っちゃうほど痩せていた。


172センチ程だった身長で、45キロくらいまで急激に落ち、一度栄養失調で倒れたことがあるほどだった。


それでも大人とバンドをやっていたので、なんだかんだ一緒にいる時は奢ってくれたし、毎晩夜ご飯を母親が玄関のドアノブに掛けておいてくれていたので、一日それだけを食べて生活している日も多かった。


掛けられていたご飯は出来合いの物、例えばチェーン店の牛丼だったり、マックのセットだったり、近所のコンビニの弁当だったりしたが、稀に手作りのお弁当の日もあった。


学校では昼を取らずに昼休みは大体、図書室にいた。

男友達は昼休みに体育館でバスケをしたりして過ごしていたが、小学校の野球と、中学校のサッカーで慢性的な怪我状態だったので、それに混ざるのがしんどい日が多かったのだ。


割とフランクな図書室で、楽譜なんかも頼めば入れてくれたり、あまり売っていない映画の評論の本なんかも置いてあったので、時間を潰すには問題なかった。


そんなに真面目ではなく、外でバンドをやっている様な奴だったし、仲のいい奴らは一緒に居なかったが、なんとなく普段どんな人達と一緒にいるのか分かってしまうもので、僕の存在は図書室の中では浮いていたものだと思う。


しかし、僕は全く人見知りしないタイプなので、入れて欲しい本などの話をしたり、その頃もう廃刊になっていた気がするが、集めていた「スタジオボイス」というカルチャー雑誌のバックナンバーを貸したり、逆に古本屋で見つけて来てくれてプレゼントしてくれたりして、図書委員の人達とも仲良くなり、2ヶ月も通った頃には友達と言っていい関係になっていた。


1人だけ男で他の図書委員の5人は女の子だったと思う。


友達と言っても、学外で遊ぶほどではないけど、学内で暇な時は気軽に話す、そんな様な関係の人達だった。

元々、1人では出来ない事をやる時以外は1人で行動したいタイプで、学校の友達と外で頻繁に遊ぶ様な事はなかったのだけど。


ある日の昼休みに、3年生の先輩の女の子から呼び出された事があった。

その人は図書委員で、よく話す間柄になっていたので、特に深く考えずに図書準備室へ行くと、別の女の子が待っており、告白をされた。


好意と言うものは、おそらく不快じゃない違和感に対する好奇心で、図書室の異物の僕をそういう目で見る人が出てくる事は、今思えば理解できる。

でも、当時もアホな子だった僕は、そんなに深く知らないのに急にそんな事言われましてもねって、お断りして、行き辛くなった図書室にも寄り付かなくなっていった。

両親の離婚などのゴタゴタを見ているので、恋愛をする気もなかった。


その後はヤンキーな先輩から、代々受け継がれている普段誰も使っていない、式典用のパイプ椅子なんかを保管してある体育倉庫の合鍵を貰ってそこで寝ていたり、教室で隣の席になった女の子に油絵を教わる為に美術室にいたり、身体の調子が良い日はバスケに混ざったり、漫研の奴らの漫画を見せてもらって描き方を教えて貰ったり、軽音部の部室でスコアを見せて貰ったりと、何処にいると言う訳でもないが、何処かには居場所がある様になっていった。


学校でフラフラして、放課後はライブハウスでバイトをしてからバンドの練習をして、帰ってドアノブのご飯を食べて寝る。


そんな毎日だった。


ある日、油絵を教えてくれていた女の子に


「彼女さんがいるなら、2人きりでこうやってるの誤解されちゃうから良くないと思うよ。」


と言われた。


心当たりもないし、その時は鶴岡政男の「重い手」を模写している途中で、独学で描き切るのは不可能だと思ったので、きちんとそんな相手は居ないから大丈夫と伝えた。

もしかしたらまた恋愛系の面倒なやつか、と思ったがそうでは無く、その子は別の人に言われて、そう言われればそうかもと思って伝えてくれたらしかった。

その後は特にそんな話も出ずにいて、しばらくして絵も完成し、美術室とはやや疎遠になっていった。


他にも軽音部の部室でギターの練習をさせて貰っていたり、漫研で漫画の描き方を教わってる時にも、僕の彼女の話題が出て来て、流石に誰かが噂を流しているんだろうなと思っていた。

いないものは居ないし、迷惑をかけられている程でもなかったので、否定はしていたがそんなに気にしていなかった。

薄っすらなんでそんな事言われているのか不思議ではあったが。


平和に毎日ふらふら過ごしていたある日、そういえば近々オカンの誕生日だな、と思い出した。


家庭に居場所が無くなったとは言ったが、仲が悪くなった訳ではないし、毎日毎日ドアノブにご飯を掛けてくれているので、偶にお礼の電話くらいしようかな、と気まぐれに電話をして、


「誕生日おめでとう、毎日ご飯ドアノブに掛けてくれてありがとね。」


と、それだけの電話をしたのだが、帰ってきたら答えは


「ご飯なんて掛けてないよ。」


だった。


僕はなんの根拠もなく勝手に母親が、子供の一人暮らしなんだからと毎日ご飯を掛けてくれているものだと思い込んでいたので、大変混乱した。


もしかして、別の部屋と間違えてるのか、とも思ったが、初めの頃のご飯には袋の中に○○へと書いたメモが入っていたので、確実に僕宛だった。


まだ高校生の時分どうしていいかわからず、しかしいい気持ちはしなかったので、その時一番身近な大人だった、バンドメンバーのドラムの人に相談した。


彼は大笑いしていたが、気になるなら張ってんのが一番すぐにはっきりするんじゃない?

と言った。


確かに、それが一番手っ取り早い。

正直楽観視していたのでそうしてみようかな、その時は手伝ってね、と話していた。


実はもう2人心当たりがあった。

性格上しなさそうだから除外していたが、親父とその奥さんだ。

疎遠にはなっているが、こちらも別に不仲と言い切れるほどの関係ではない。

住んでいる距離も近かったので、帰りに実家に寄って聞いてみる事にした。


しかし誰もおらず親父に電話をしてみた所、最近転勤になった、との事だった。

車で高速道路を使って2時間くらいの距離だが、毎日家まで来るのは非現実的な距離だ。

最近来た?

と聞くと、転勤前に寄ったけど留守だったと言っていた。


これで候補も完全に居なくなり思考が迷子になったので、やはりドラムに頼んで見張る事にした。


「マジでストーカーだったらどうする?」


正直分からなかった。

全く知らない人なら通報しようかとも思ったが、されていた事と言えば毎日ご飯を買ってきてくれただけでそれ以外は特に何にもされていない。

今張り込んでいるのだって好奇心が大半だったんだから。


当時住んでいたマンションは図書館に併設されている公園の向かいだった。

大通りを挟んであるし、公園からマンションを見やすい位置にベンチもあるので例え男2人でもそこに居続けることは変ではなく、そこに座って見続けることにした。


部屋の中に身を潜めていることも出来たが、一度も鉢合わせた事がないので、もしかしたら居たら来ないのかもしれないと思い外にした。


ドラムは、大人が高校生の家に入ったら捕まっちゃうと冗談を言っていた。


一番可能性がある時間は、放課後から少し空けての16時から18時の間だった。

平日という事もあって人の出入りは少なく、1時間程経って1人入って行っただけだった。

その人は恐らく別の部屋の住人だった様で、ドラムが確認しに行ってくれたが、ドアノブにふくろはかかって無かったそうだった。


17時半になった頃2人とも飽きていて、来月下す新曲の解釈なんかを話していた気がする。

あんまりはっきり覚えている訳ではないけどね。


そんな時、声を掛けられた。

図書室の先輩の女の子だった。

告白してくれた方ではなく、準備室に案内してくれた方だ。


「何してんの?」


説明が面倒だからどうしようかな、と思っていると、先輩は紙袋を渡して、ちゃんと食べなきゃダメだよ、と言ってきた。


マックのセットだった。

チーズバーガーセット。

よくドアノブに掛かっていたものだ。


僕はてっきり、後ろめたいからドアノブに掛けて行ってると思っていた。

でもそんな様子じゃなかった。

すごくはっきりと覚えている。


話を聞くと要するに、ガリガリに痩せているのが気になったとの事だった。

100%善意で、ドラムにコイツのこと好きなん?って聞かれても、そういう訳じゃなくて、仲良くなったし、痩せすぎているのが心配だったとの事だった。


「ちゃんと食べなきゃダメだよ、見てるだけで心配になるんだから。」


と、普通のテンションで言われた。


正直楽観視していたし、バンドをやっていて、売れている訳でなくとも意味のわからない好意には多少慣れがあった。


毎日毎日多分月に3万円以上のお金をかけて、もう3ヶ月程欠かさず続けている行動の源泉が、心配だったから、と言うのが理解できなかった。


その場で、心配してくれてありがたいけど、お金の問題もあるからあんまり甘えないで、自分でなんとかしてみるから買ってこなくていいよ、と伝えて僕らは別れた。


かなり柔らかく伝えた。

怖かったのだ。


ドラムは

「超怖いな。

執着してくるとかじゃない方がやりようないもんなんだな。」

と言っていた。


その先輩は特徴的な服装で、所謂バンギャ。

ロックテイストとロリータとゴシックの間くらいだった。

今まで制服しか見ていなかったので、ピアスがやたらあいてるな、としか思った事が無かった。


そんな話をボーカルとベースにすると笑い話として受け取られ、僕もそんなに気にしないことにした。


ベースの女の人にその子の写真とかないの?と聞かれたが持っていなかったので、図書委員の男に連絡をするとすぐ返信があって送られてきた。

図書委員全員で撮った集合写真のようだった。


その写真にくっついていた文言は

「彼女の写真くらい、持ってないん?」

だった。


少し前に学校生活に纏わりついていた僕の彼女についての噂も、同じ人が源流だとわかったが、今日の事で落ち着くんじゃないかと思っていた。


ベースの女の人からは、もし続いても自分で話そうとしたらダメ、学校でも2人きりにならない様にした方がいいとアドバイスを貰った。

校内を1人でふらふらしている僕には中々のミッションだったが、気味が悪いのでなるべくそうしていた。


今まで一度も校内で向こうから話しかけてくる事は無かったし、お互い会っても挨拶する程度だったのだが、そんな事が会っても先輩は少しも変化が無くこれまで通りだったので、それも少し気持ち悪いと感じでいた。


これまでとあまり変化はなく、ドアノブにご飯が掛からなくなっただけだったのだが、高校からの友人ではない幼馴染の親友と図書館前の公園で遊んでいると、よく先輩を見かける様になった。


初めからこの辺りに住んでいるのかも知れないが、異常な頻度だった。

幼馴染に事情を話しても心配させるだけで出来ることもないので何も言わなかった。


秋が過ぎて学園祭時期が終わると、バンドの方が忙しくなった。

週に一度はライブハウスを周って、地域のハウスから飛び出て遠征もする様になっていた。


多い月は金曜日も入れて10本程やる事もあったたが、そのほぼ全てに先輩は来る様になっていた。

しかしこちらに直結する事もなく、ただの客としてきて客として帰って行く、なんなら行儀のいいファンと言って良かった。

一度だけ東京のイベントに出た際も先輩は来ていて、渡航費だけでも往復で5万円くらいは掛かりそうなのに、わざわざ参加していた。


小さなライブハウスだと常連は打ち上げに呼んだりする事も多いのだが、その子は呼ぶ気になれなかった。

しかし僕らだけでライブをしている日だけでは無いので、いつの間にか打ち上げにいたりする事も増えていて、そんな時は同級生だと言う事で隣に座る事が多く、変な事も言わずに普通に過ごしているようだった。

それが逆に凄く嫌で、僕が打ち上げに出ない事が増えて行ったのだった。


もちろん同じ高校なので折に話す機会はあり、その際も変な言動はなく、むしろ僕の趣味とよく合うので楽しく感じる事さえあった。


直接対峙してドアノブの件に触れてからは、これと言ってはっきりとは一度も迷惑を掛けられないまま、他人と呼ぶにはあまりにも接触回数が多すぎるだけという状況が半年ほど続き、僕は、高校3年生になった。


つまり、先輩は学校にもういない。


特に思う事も無かったが、少しだけ安堵したのを覚えている。


しかし卒業してしばらく経った頃だったろうか、冬のある日ポストに手紙が入っており、そこには、本当は大好きだったけど、恥ずかしくて伝えられなかった。

進学で離れてしまうけれど、いつまでも想っていると思う。

と言う様な事が書いてあった。

文面までははっきり覚えていないが、そんな感じの文章だった。



それからはその変な先輩を思い出す事もなく、過ごしていたのだが、何年も経っていきなり先輩から手紙が届いた。


7年ぶりであろうその手紙は、もう何度も引っ越した僕の元にきちんと届いた。


理由は手紙を読めば明白だった。

先輩のその後は知らないが結婚する事になったらしく、その相手は僕の幼馴染の親友だった。


当然届く。

幼馴染はこの家にも何度も来ているのだから。


手紙だと思ったものは、招待状だった。


親友が結婚すると言う事は素直に嬉しいし、もしかしたら泣いてしまうかも、なんて思っていた。

幼稚園から家族ぐるみで仲がいいのだから当然かもしれない。


しかし、僕は今、招待状を目の前に返事をするか迷ってしまっている。

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