38話 目覚め
手術は無事に終わったのかそんな確認もする間もなく、私はぼんやりとした視界の中で、規則正しく鳴るパルスオキシメーターの電子音を聞いていた。
しばらくして、視界が少しずつ明瞭になってくる。まず目に入ったのは、ぼさついた長い黒い髪。
部屋の隅、椅子に座って身じろぎもせず、じっとこちらを見ている幽香の姿だった。
幽香は、私が目覚めるまでの間、ずっと“異常がないか”を確かめ続けていたのだ。
まるで精密機械のような、けれどどこか人間臭いその目で。
目の下にはどす黒いクマがあり、白衣も変えていないのか皺だらけだった。
「お前何日寝てないんだ?」
声は掠れてはいるが幽香には届いており反応した。
「寝起きとはいえよくわかったね葵君」
「ずっと見ていろなんて頼んでない」
「誰に頼まれたかは関係ないさ。私はただ、君の様子をずっと、見てたかっただけだから」
静かな声だがその声とは裏腹にふざけた調子というわけでもない空気が流れた。
私は布団の中で少し身を起こし、シーツを片手で叩き隣のスペースを示した。
「少しでも横になれ、今のお前に倒れられても困る。」
幽香は黙ってベッドの縁に腰を掛けた
「言葉に甘えよう。」
彼女はゆっくりと横になり私の髪に触れてきた
「撫でていいとは言ってない」
「これは診察さ、目覚めたばかりの患者の様子を確認してるだけさ」
「そんな診察聞いたことないぞ」
「私が作った診察法だからね。まぁ、軽口叩けるくらいには元気そうだ」
私は思わず息をついて、ベッドから身を起こす。立ち上がりはしない。ただ、ちょっとだけ背筋を伸ばして、幽香の手の届かない位置に逃れた。
「……一応、私だって女なんだ。目覚めていきなり身体の様子を聞かれるのは、デリカシーのなさを疑う」
「おや、そこに“女”を持ち出すとは。じゃあ次からは、“今日の調子”を問診票で提出してもらおうか」
「二度と目を覚まさなきゃ良かった」
幽香はくすりと笑った。
でも、その目の奥にあったのは、ほんの少しだけ涙のような光だった気がする。
私が何も言わなくても、こいつはずっとこうやって、背中を預けてくる。
そんな奴に、自分を見捨てられるわけがない。たとえ、どれだけサイコパスじみていても、だ。
左膝に手をやる。
包帯が巻かれたその下には、新しい構造と技術が詰め込まれているはずだ。
違和感はあるが、痛みはほとんどない。
「どうだい? 動かせそうかい?」
「まだ分からん。でも……壊れてはいなさそうだ」
「上等さ。なら、あとは時間の問題だね。葵君の回復力なら、きっとすぐだ」
私は膝を撫でながら、幽香をちらりと見る。
「……ありがとう」
「え? 今なんて?」
「うるさい!聞き逃したならそれでいい」
私は幽香に背を向け布団に潜った。
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