37話 償いだから

「お前はその膝の治療だ」


ヨークが淡々と言いながら、私の膝を掴もうとする。

私は反射的に手でそれを止めた。


「何をする」


「今のお前じゃ、エデンどころかそこの先生や俺にも勝てやしない。その膝の治療が優先だ」


私は目を細めると、ゆっくりと首を横に振った。


「これは私の償い方だ。例えナツキが生きていようが、それでも断る。完全回復まではしなくていい」


ヨークは苛立ちを隠さず、机を軽く叩いた。


「何故だ?お前ならナツキを制圧することくらい余裕だろ?」

「私はもう隠居に近い身だ」


私は淡々と返し、顔で千理を指す。


「私の後釜なら、そこにいるじゃないか」


千理は驚いたように目を見開き、慌てて手を振った。


「私? 私、戦い方なんて知らないよ?」

「教えてないからな。これから仕込めばいいだけだ」

「マジで言ってんのか?」

「大マジもマジだ」


ヨークはあまりの呆れ顔に言葉を失った。その反応を見て、幽香が高らかに笑った。


「ははは! 面白いよ葵君。これは傑作だ。うん、気に入った! だったら私も協力しようじゃないか」


彼女は嬉々とした表情で続ける。


「せいぜい歩けるまでくらいには回復できるよう、手術してあげよう」


「できるのか?」


「私にできないことはないよ? 葵君」


幽香の自信に満ちた言葉に、私は少し考え込んだ。千理に背負わせる覚悟はできたが、私自身が完全に動けなくなれば、まだこいつを守ることさえできない。そこまで無責任なことはしたくない。


「……それならいい」


私は一つ息を吐き、千理を見つめる。


「千理、お前も明日から鍛えるから覚悟しな」


千理は、目を丸くして私を見上げた。


「う、うん!」

「治療と新たな道」


幽香が手術の概要を説明し始めた。


「方法はいくつかあるが、君の希望通り、完全回復を目的としないなら選択肢は一つさ。ギブスで固定するだけじゃなく、特殊な繊維を埋め込んで筋肉と腱の動きをサポートする。あとは定期的な電気刺激で、少しでも元の可動域に近づけるようにリハビリを続ける感じだ」

「それだけで大丈夫なのか?」

「リハビリと並行して調整は必要だけどね。でも、少なくとも今のままよりはずっと動きやすくなるよ。……ただし、痛みは残る」


幽香はニヤリと笑いながら言った。


「今以上に痛みに慣れる覚悟はしておいた方がいいね、葵君」

「痛みなんて、今更だ」


私は肩をすくめた。戦いの中で痛みなんてつきものだ。むしろ、痛覚が残っている方がまだ人間らしい。

幽香は楽しそうに頷きながら、すぐに手術の準備を始めた。


ヨークは私をじっと見て、ため息をつく。


「……バカなやつだ」

「お前ほどお人好しじゃないさ」


私は皮肉気に返しながら、千理の方を見た。千理はまだ不安げな表情を浮かべている。


「本当に……私がやるの?」

「やるんだよ」


私は断言した。


「私の代わりを、お前にやらせる。今から戦う準備をしろ」


千理は唇を噛みしめたあと、小さく頷いた。


「……わかった」


その表情にはまだ迷いが残っていたが、それでも覚悟を決めたようだった。


幽香が器具を準備しながら、私に向かって言った。


「それじゃあ、始めようか」

「早いな」

「早い方がいい。だって明日から千理君の地獄が始まるんだから」


幽香の言葉に、千理が小さく震えた。


「……あの、やっぱりちょっと待って」

「ダメだ」


私は即答した。


「私が教えるんだから、お前も覚悟しろ」


千理は観念したように頷いた。覚悟を決めるしかないと悟ったのだろう。


「……はい」


私は最後に深く息を吸い、手術台に身を横たえた。


「……頼む、幽香」


幽香は嬉しそうに笑い、手術用のライトを灯した。


「任せておけ、葵君」

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