地獄からの書簡集
東 西之介
1. 閻魔大王との対話
拝啓
地獄より一通お手紙差し上げます。
齢二十にして命を落し、生前の数多の愚行から地獄で責め苦を受けている最中でございます。焦熱地獄で焼かれる毎日ではありますが、地獄のどんな責め苦よりも苦痛を味わったのは、なんといってもやはり閻魔大王様のよる審判の時のことでした。
閻魔大王様は実に良い男で、男の私でも惚れてしまいそうな巨人です。彼は私に確かに尋問したのですが、大王様が怒りをあらわにしなかったこともあって、経験稀薄である私はそれが尋問であるということを理解できずにいました。私はそれをただのお話、世間話、あるいは知の対話ぐらいのものに感じていたのです。しかし人類の父祖として彼は正当な怒りを以って正義の鉄槌を悪人に下さねばなりませんでした。
学者気質であった私は閻魔大王と名乗る彼が眼前に現れて、興奮冷めやまずいろいろなことを聞いてみました。その対話の中で彼はやはり神話に伝わる最初に死んだ人間ヤマであるということが分かったのです。
私の質問に対してヤマ様は感情を表に出さず無表情でお答えになりました。
「私はあくまで死者の主である。死者を審判するが故に私を恐れるものも多いが、私は死者に対して道を示し、彼の人生に意義を与える。生それだけでは生に意味はない。死を以って生は完結し初めて意味を持つのだ。しかし私もまた現世を生きていたもの。死の悲しみもまた知るところである。それゆえ、私はここに来給う死者に慰みを与えると同時に彼に必要な環境へと導く。」
このことは大王様のモットーであるとおっしゃていました。国の標語風に言うなら、「生のためにより良い死を」。
大王様は続けて、
「死者の主といえど死の主ではない。死は私が創造したものではなくはじめからそこにあったものである。私はといえばたまたま人類で初めてそれを経験したというだけなのである。であるから私自身、死が何なのかを理解していない。本来ならば死者は死んだ者らしく死の中に存在するべきなのであろうが、私はそれをどのようにして実現すればよいかわからぬ。であるからして私は死者に対して生きていた時の様に快楽や苦痛を与えて、彼らの生に意味を持たせようとしているのである。これらは君たちの父として、義務感に駆られて行っていることなのであって、父としての慈愛からくるものなのである。わかってくれたまえ。」
そうして私は妄言の罪で地獄に送られました。私に審判が下されたとき、大王様の私に対するすべての発言に怒りがこもっていたことが分かり、ひどく自責の念に駆られました。なぜ大王様が私に対して怒りを抱いていることを見抜けなかったのか。そもそもどうしてあのような愚問を大王様に対して繰り返したのか。焦熱地獄にいるとき私はいつも身体的苦痛を伴いながら閻魔大王様に怒られたことを思い出し、私は余計に苦痛を感じます。
父祖はきっと以下のようにお考えになったのです。
父を早くに亡くしたからと言って父権が与える苦痛を自ら得ることを拒み生きながらえていたこと、そしてそれゆえの妄言は父祖として決して許すことができるものではない。
地獄からの書簡集 東 西之介 @Jugikoscha
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