絶対に失敗する青春ラブコメ

@konnitimanhidora

第1話 春の始まり

 春、それは出会いの季節であり、別れの季節でもある。その他にも桜、花粉症、花見、卒業……そして入学。こんな言葉が連想される。

 様々な言葉で彩られるこの季節。ただ、そのどんなものよりも忘れてはいけない言葉が、一つだけあることを知っているだろうか?

 そう『青春』だ。

 俺は中学生のころ、そんな青春のせの字すら感じさせないような高校生活を送ってきてしまった。だから、待ち望んだ高校という舞台に上がり、その先に待つ未来に……不確定なその未来に、俺はただ一つ、たった一つだけ、お願い事をする。

 頼むから青春させてくれ!


      〇


 ピリリリリ、ピリリリリ……ポチ。

 高々と鳴り響く目覚ましを止める。

「……うーん」

 俺は重い瞼を擦りながら目の前の目覚まし時計の時刻を確認するが、時計の針は明らかに予定外の数字を指していることに気づいた。

 現在時刻八時。

「……」

 俺は見間違いかと思い、一応スマホで確認することにした。

 現在時刻八時一分。

「……、……、……ッ!」

 落ち着け俺! まずは状況確認からだ。入学式の開始時刻は八時半。そして学校までは歩いて三十分。……やばいやばいやばいやばいやばい! 俺は心の中でそう叫び、急いで学校に向かう支度をする。

 制服を着た後急いで洗面所に向かい、顔を洗い歯を磨く。朝食なんてもちろん食べている余裕などなく、それは昼にまわすことにした。

 逐一何か行動する度にスマホで時間をチェックする。こういう時間がない時、時間がないからこそそんなことをしている暇なんてないはずなのに、なぜかいちいち気になって時間を確認するのは俺だけじゃないと思ってる。

 そんなこんなで支度を終え、急いで玄関へと向かい一つしかない靴を履き、そして玄関の鍵を閉める。

こんな時、親がいれば楽だったのだが、高校入学と同時に一人暮らしをするようになったため、鍵は俺がしっかりかけなければならなかった。

 玄関を出てエレベーターへと向かうが、表示されていたのは二つとも二階で、ここ十二階に到達するのには少し時間が掛かる。そのため俺は即座にエレベーターを離れ、階段へと向かった。

 ロビーを抜け、走って学校へと向かう。走りながらスマホで時刻を確認するが、すでに十分を過ぎておりかなり大ピンチだ。

 なんでこうなった? 昨日の夜、緊張でなかなか寝付けなかったのがいけなかったのだろうか。それとも入学後に起こるであろう「青春」を、ちょっとばかし俺有利に妄想しすぎて、天罰でもくらったのだろうか……。

 そんなことを考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

「――はぁ、はぁ、はぁ」

 俺が中学時代に培った自慢の体力により、多少息切れを起こしながらも学校まであと少しの所まで来ていた。

「よし! そこを曲がって直進すれば、もうがっこ――うわ⁉」

 最後まで言葉を言い切る前に、曲がり角で何かとぶつかって弾き飛ばされた。

『いってー……』

『いてててて』

 俺の反射的に出てしまった言葉と被さるように、――少し野太い声が聞こえる。

 かなりの衝撃だったため、目を瞑りながら片手で頭を押さえていたが、はっとしてゆっくりと目を開ける。

 まず視界に入ったのは、地べたに落ちている半分ほど食べられていた食パンだった。

 もしかして、これはあるあるでベタで、それでいてテンプレなあれか? ……とほぼ一緒の意味の言葉を並べ、期待する。そして一気に目を大きく開ける。

 しかし、自分の期待とは裏腹に、そこには堂々と仁王立ちをしている大柄でムキムキの巨漢がいた。

 俺はそれを視認した後、立とうとしたが、あまりの期待とのギャップに腰を抜かしたのか立つことができなかった。

「大丈夫?」

 それを見兼ねてか、その少し野太い声でそう言い、いまだ地べたに滑稽に這いつくばっている俺に手を差し伸べてくる。

「あ、ありがとう」

 俺はその手を取りようやく立ち上がることに成功し、制服に着いた砂や石粒を落とす。

「ごめんね、ふっとばしちゃって……」

そう巨漢は俺を見やりながら言い、それに俺はちょびっと萎縮するが、そんなことはお構いなしに時間は進んでいる。

「はっ、もう行かないと! 君も桜坂高校の生徒だよね? 一緒に行かない?」

「あ、ああ……」

 萎縮して萎んでいる俺をよそに、トントン拍子に話は進んでいく。そして、

「じゃあ時間無いし、お詫びとして負ぶっていくよ!」

 と言われ、それに俺がたじたじと返答に迷っていると、まだ名前すら知らないその巨漢にお姫様抱っこされてしまった。これって負ぶってなくない?

 まるで赤ちゃんを抱っこしているかのように俺を軽々しく持ち上げているが、俺も身長は一応人権ラインに乗っている。こう言ってしまうと、あたかも俺が差別発言をしているように聞こえてしまうかもしれないが、これは世間一般的風潮で、抗おうにも抗うことのできない重力……つまり、概念のようなものである。そして体重にもこの概念があるとしたら、俺は多分それを超えていないと思う。だから実質俺も人権ないかもしれんから、あんまり気にしないでね? そう世間に個人の見解を述べる。

 当たり前に俺を持ち上げながら走る巨漢。それは周りから見れば異様な光景かもしれない。というより、異様だ。

「そういえば名前聞いてなかったな、俺は小鳥遊刀也。お前は?」

 俺が名前を言うと、巨漢は前を向いたまま答える。

「僕は六原康太、一年生だよ。気軽に康太って呼んでね!」

 あっぶねー。今更感が強いかもしれないが、相手の年齢も知らないで「お前は?」とか平気で言ってたの普通に危険区域発言だったよな? もし先輩だったらその巨漢によってあれこれ……、この先の想像はしないようにする。

「……ああ、同じ学年だったんだな。俺も今日から入学する一年だ、同じクラスになるかは分からないが取り敢えずよろしく、康太」

「うん、よろしく! 刀也」

 そう元気に康太は言うと、より走る足を速くする。

 そんなこんなで時間ギリギリで学校に着くが、……何やら周りの空気がおかしい。どこか虚ろのような目が、蔑むような目が、あたり一面に広がっていた。まぁ、だいたい予想着くんですけどね、どう見たって一つしか存在しないインパクトがここにあるもんね。

 俺的なツンデレ要素を取り入れてみたが、俺は可愛くもなんともないので、ただ脳内できもいことを考えている異常者にしかならなかった。

「もう降ろしてくれていいよ」

 言うが、できれば学校に着く前に降ろしてくれたほうがよかったんだな〜と、やぶさかなことを思う。

して康太は俺お降ろし、校門前で辺りを見渡している。

「ここが高校かー!」

 さも今まで知らなかったような口ぶりで、その巨体をのびのびと、まるでラジオ体操のように手を広げてそう言う。

 ラジオ体操と言うと、これは一個上の先輩から聞いた話なのだが、この学校の体育の準備運動ではラジオ体操をするらしい。俺覚えてないけど大丈夫か? ……と、まだ先の授業に向けて心配を募らせる。と……、

「――こんにちは」

 おしとやかさで溢れているような声がした。

 俺はその声に、突然後ろから話し掛けられたのもあり一瞬ビクッとしたが、気を取り直しゆっくりと大人な俺を見せつけるかのように振り向く。

「やぁ、こんにちは」

 決まった。これはもう惚れました、対あり。学校のチャイムが決着のゴングかのように聞こえてくるまであるし。

 目を瞑り頷きながらそんなことを考えている内に、康太に話しかけられる。

「なにしてるの、もう時間やばいよ?」

 ん? 俺は急いで目を開けたが、そこにはおしとやかな女子は愚か、康太以外の生徒以外誰もいなかった。

「やば」

 俺の腑抜けたような声に、康太は呆れたように返す。

「ほら行くよ」

 そうして俺たちは急いで校舎に向かった。


      〇


「――ご入学おめでとうございます。在校生一同、心より歓迎申し上げます。皆さんと一緒に学生生活を送れることを、とても楽しみにしていました」

 在校生歓迎挨拶が終わり、その後もPTA並びに保護者挨拶、そして来賓祝辞が続く。

「――皆さんの高校生活が、色あせない青春の時間となることをお祈りいたします」

 そして入学式の取り敢えずの行程は終了する。

式が終わり、周りの生徒たちが親しそうに親と話しているのを眺めながら椅子に座っていると、あたりが何やらざわざわと騒めき始めたので、俺はその騒めきに乗じてちらっと顔を上げる、が……。

 美。

そこには美があった。本当に美しい。まじで美。どちゃんこ可愛い。というより美。というように、俺の語彙力が壊滅するほどまでの美を持つ、多分先生がやって来る。

 長い後ろ髪はポニーテールでまとめられており、ザ・スレンダーという言葉がぴったしに当てはまるほどにスタイルが良い体。ただ、俺のエロい目を打ち砕くかの如く、先生の左手薬指には綺麗な指輪がすっぽりとはまっているのを見つけてしまう。

 そりゃあそうだよなー、こんな美人、誰が逃すかって話だもんな。でも生まれて初めて見たわ、こんな美人。と言うより、ここまでの美人であるのにも関わらず、今までテレビとかで見なかった方が不思議に思えてくるわ。

 そんな先生の登場に、体育館全体が魅了され、静まり返っていたが、その美しい先生の軽い咳払いによって皆が動き出した。

「えー、それでは改めまして、ご入学おめでとうございます。このクラス……三組の担任を務めさせていただくことになりました、潮凪汐里です。今後ともよろしくお願いします」

 一切変わらないその凛々しい表情はどこか冷たい感じもするが、けれど、どことなく温かい何かを感じさせる。そんな相反する二つの属性が入り混じっているような目をしているのだが、そんなことはどうでもよくなるほどに美しい。

「しましたら、次は教室に移動するので順番に着いて来てください」

 潮凪先生は、手に持っている紙をペラペラとめくりながらそう言った。

 そうして番号順通りに一列に移動を開始する。

 そういえばだが、さっきから異様な雰囲気を醸し出している存在が一人――康太だ。この席のまとまりにいるとうことは、つまり康太も同じクラスだったということになる。

 知り合いが一人でもいることに安堵し、その安心からか、肩に乗っていた緊張と言う名の重荷が降りた気がする。

 先生に導かれながら、俺たちは廊下を歩く。ただひたすらに歩き、長い月日(三分)が過ぎたころ、ようやく教室へと到着する。南校舎四階一年三組、うん四階。ちょっとだるいな~とは思いつつも、決められたものはしかたないといやいや納得することにする。

「それでは生徒の皆さんは自分の席順に、保護者の方々は後ろにお並びください」

 先生の指示の元、俺は与えられし番号である、No.20! に該当する席に座る。

 右隣は男子、左隣は女子で、少し可愛い。可愛い。大事なので二回可愛いと言いました。そういえば、よく先生って大事なので一回でしっかりと聞くようにとか頭悪いこと言ってたような……? やめとこ。これ普通に口に出したら全国の大事な事を一回しか言わない人達にタコ殴りにされちまう。

 そして、一通り入学式後のタスクをすべて終わらせた後、入学後初めての下校を行う。

 俺は、まぁ親は来ていないのでもちろんボッチ帰宅。そんなこんなで悲しくも、いや悲しくはないんだからね! もしかして結構いけるかも? ……。軽く咳ばらいをし、教室を出る。

 教室を出たところで、

「一緒に帰ろう!」

 と康太に声を掛けられる。

「ん? ああ、帰るか」

 今朝の事件を踏まえると、康太も俺と同じように親と来ていなかったみたいだ。言うてもここ最近の親の入学式同伴率は、だいたい五七%くらいで約半数の親は参加していない。よって親が来ずとも、なにも悲観することはない。そう、何も……。いやまぁほんとに何もなんだけど。

 康太とぶつかった路地で別れると、そのまま家に帰宅する。

 玄関へ突入後、空っぽの玄関に靴を放り捨て、ソファーにダイブする。疲れたわけではないけれど、ムキムキキンニクンのおかげで精神的に疲労困憊の兆候が見られる。

 して今から何をするかと言うと、特に何もすることはない。なので、人生のむだランキング堂々の第三位のネットサーフィンで余生を過ごす。第二位と一位は知らんけど。

それと、ふざけて余生とか言ったは言ったで、ふざけではなく本当にそうして過ごしていたいと心のどこか(結構中心くらい)で思ってみたり……。

 こうして今日一日を振り返ってみると、案外変わらないかもしれない。変わらないというのは、中学生活と、ということなのだが、それもまだ入学式しか体験していないので何ともいえない段階にはある。

 しかし、高校生活始まりの一ページがひとまずは無事に開かれたことに、俺はこの誰もいないリビングで大胆に不敵な笑みを漏らす。俺の輝かしい青春を信じて。

 ぐへへ。

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