第59話「剣を通じて繋がる二人、その先に……」

「はっ……はぁっ……」


「ふ……ふぅ……」


 最後の一撃が交錯し、勝敗が決したことだけは理解できた。


「あ……」


「う……」


 しかしお互いの認識が正しいか、客観的な結果を確かめる前に、二人とも訓練場の床に倒れ込んだ。


「三峰君⁉︎ 羽月さん⁉︎」


 白久さんの声が近づいてくる。


 勝敗が決して、観戦室から飛び出してきたのだろう。


「二人とも大丈夫⁉︎」


「あぁ……」


「えぇ……なんとか」


「よかった……」


 深く息を吐いて、胸を撫で下ろす。


「晴未さん、勝敗は……?」


 羽月の方が、先に白久さんに尋ねた。


「えっ……二人とも気づいてないの?」


 そんなことはない。


 けれども分かっているからこそ、第三者からちゃんと結果を伝えてもらいたいんだ。


 そんな俺たちの視線を察したのか、白久の顔が真剣なものに変わる。


「……羽月さんのシールドウェアが消失、僅かな差で三峰君の勝利です」


「そう……」


 告げられた結果を、静かに受け入れた。


「……けど、これで二連勝。もう俺の方が卯月より強いって言ってもいいよな?」


「は? たったの二勝で威張らないでほしいんだけど? ワタシあなたに千勝以上してるってこと忘れたの?」


「子どもの頃の話だろそれは!」


「知りませーん。子どもでもなんでも、ワタシの方が匠に勝ってまーす」


「なんだとコラ! だったらもう一度やるか⁉︎ 完膚なきまでに叩き潰して俺が上だって証明してやるぞ!」


「望むところよ! 次はワタシが勝ってその鼻っ柱をへし折ってやるわ!」


「ちょ、ちょっと二人とも⁉︎」


 突然言い争いを始めた俺たちに驚く白久さん。


 そんな彼女をよそにして、起き上がってろうとする。が、


「あ……」


「あれ……」


 二人とも腕に力が入らず、再び床に倒れた。


「……決着をつけてあげるって言いたいところだけど、今日のところは見逃してあげるわ」


「……それはこっちのセリフだ」


 床に突っ伏しながらなせいで、全く格好がつかない。


「本当は今日帰るつもりだったけど……無理ね。しばらく動けそうにないわ」


「俺もダメだ……全然身体が言うことを聞かない……」


「「…………」」


 情けないことに、二人とも動けないまま、沈黙が場を支配する。


「えーっと、どうしよう?」


「仕方がありませんね」


 救世主中川さんの手によって、他の使用人が呼ばれて、俺たちは担架で離れまで運ばれるのだった。



     *



「あいつ、俺になにも言わずに出て行きやがった……」


 いつも通り朝稽古を終えて、シャワーを浴びて制服に着替えている間に、羽月はここを出発してしまったそうだ。


「三峰君の顔を見たくなかったんだって」


「なんでだよ!」


「私は羽月さんの気持ち、なんとなくわかる気がするな」


「そうなのか? なんでか教えてほしい」


「それはできないかな。三峰君が考えて辿り着かなくちゃ意味ないから」


「……親父みたいなことを」


「そうだ、羽月さんから伝言を預かってるよ」


「伝言?」


「『またすぐに会えるんだから、今度こそワタシの方が強いって証明するわ』って」


「ったく、あいつは」


 最後に言い残していくのがそれかよ。


 本当に負けず嫌いなやつだ。


「……ま、でも。そうだな」


 帰った後も、ダンジョン攻略は続けるだろうし、ダンジョンに挑み続けていればきっとどこかで会えるだろうさ。


 羽月の住んでる場所とここからはかなり距離が離れてるから、気軽には会えないだろうけど。


「またそのうち剣の腕比べでもしてやるか」


「なんだか上から目線だね」


「昨日は俺が勝ったんだから当然!」


「結局、三峰君も負けず嫌いってことだ」


「……反論する余地がないな」


「でも……本当に良かったね」


「ん……」


 良かった、か。


 確かに、五年間の間にできた羽月との溝を埋められたことは、素直に良かったと言える。


「お二人とも、そろそろ準備しませんと遅刻してしまいますよ?」


「本当だ! 早く行こう、三峰君」


「すぐ荷物とってくる」



     *



「本日森口さんはご家庭の事情でお休みだそうです」


 羽月の休みは、いったんそういう形で取り繕うことにした。


 そういえば、学校はどうするんだろう。


 元いたところに戻ることになるのか?


「で、本当に家庭の事情なの?」


 休み時間に、朔也が尋ねてきた。


「本当だ。早くに出たし、もうそろそろ到着してるんじゃないかな?」


「ふーん。僕はてっきり昨日タクミに負けたせいだと思ってた」


「その程度で羽月は不貞腐れたりしないよ」


 むしろムキになって挑みかかってくるのが羽月だ。


「そうなんだ。でも昨日の戦いはすごかったな! 特に最後の瞬間なんて、息するのを忘れるくらい見入ってたよ!」


「そうか。ま、楽しそうで何よりだよ」


「でもさ、二人揃って随分と恥ずかしいこと口走ってたね」


「う……」


 熱くなり過ぎて、正直色々と口走った気がする。


「僕はすっごく良かったって思うよ。ほら、『剣士夫婦の痴話喧嘩』ってタイトルで切り抜きされてるよ」


「ばっ! やめろ爆音で流そうとするな!」


 新たなおもちゃを手に入れて興奮気味な朔也だった。



     *



「さてと……」


 夜に発生したダンジョンの前にやってきて、準備を整える。


「なんだ、今日は女剣士の方はいないのか?」


 羽月と喧嘩寸前まで行ったレイドメンバーが近づいてきた。


「羽月は家の事情で休みだ」


「……そうか」


「なんだ、気にかけてくれたのか?」


「そんなわけないだろ! 背後から刺される心配がなくて清々するってことだ!」


「…………」


 やれやれ、つまんない嘘をつくな。


「みなさん、準備はいいですか!」


 白久さんの合図に会話を終えて、ゲートへと向かった。


「…………チッ!」


 ダンジョンに潜るなり現れた、大量の巨大カマキリ。


 地面を歩くだけでなく羽根で飛んで襲いかかってくる敵に四方を囲まれ、完全な乱戦状態に突入していた。


「やばいぞこれは……」


 ダンジョンで戦う上での基本戦略は、敵を近づけないように間断なく魔法を放つことだ。


 しかし、敵モンスターにこちらの陣地深くまで入られてしまった状況では、同士討ちの危険性がある。


 そのせいで、魔法の使用を迷い敵からの攻撃を受けるレイドメンバーが続出している。


「タクミ君、このままだと……」


「分かってる」


 俺が突破口を作るか……?


 いや、敵の数が多過ぎて、俺一人だけじゃどうしようもできない。


「羽月の剣を借りれば……」


 羽月と再開して以来、どうにも羽月たちの秘剣を使うことを躊躇うようになってしまった。


「でも、そんなこと言ってる場合じゃないか」


 このままじゃ、レイドメンバーが全滅しかねない。


「よし、俺が──」


「全員伏せなさい!」


 意を決して、剣を構えようとした瞬間、インカムに声が響く。


「みんな伏せろ!」


 反射で同じ事を叫び、全員に行動を促す。


「──孤風!」


 一秒も満たずに、頭の上を剣戟が掠めていく。


 俺たちの周囲を囲んでいた敵が、まとめて真っ二つになった。


「こんなことができる人なんて……」


 俺の知る限り、数人しか思い当たらない。


 そしてあの声は、間違いなく。


「──どうしてこの程度の敵に苦戦してるのよ」


 背後から聞こえてきた声に顔をあげる。


「羽月!」


 これ以上ないほど心強い助っ人だ。


 でも、どうして羽月がここにいる?


 帰ったはずじゃ……。


「話は後よ、今は目の前の敵を斬ることが先でしょ?」


「……そうだな、わかった」


 羽月のおかげで、形勢が一気にこちらへと傾いた。この機を逃す手はない。


「俺と羽月で討って出るから、他のみんなは残った敵を頼む!」


「お、おう!」


「わ、わかった!」


「いくぞ羽月!」


「えぇ!」


 ダンジョンに、二振りの剣が舞う。



     *



「……で、どうして羽月がここにいる?」


 敵を全て片付けて現実世界に戻ってきた俺は、すぐさま羽月を問い詰める。


「戻ってきたからに決まってるでしょ?」


「戻ってきたって……はぁ⁉︎」


 一日も経ってないのに、なんで戻ってこれるんだよ。


「だって、もうこっちの学校に転校しちゃったし。ホイホイ戻ったりはできないのよ」


「え? いや……それはそうかもしれないけどさ」


 師範から色々と言われたりしなかったのか……?


「それは大丈夫。匠の討伐命令は撤回になったから」


「は……?」


 なんで……?


「開祖様に怒られたらしいわ」


「開祖様に……?」


 昔羽月と話していた中で、一度だけ出てきた人の名前だ。


「あの……開祖様っていうのは?」


 そんなことを知るはずもない白久さんが、恐る恐る手を挙げる。


「文字通り、ワタシたちの秘剣を編み出したお方よ」


「編み出したお方って──」


「それ以上は聞かない方がいいわよ、知らない方が幸せなこともあるから」


「え…………」


「ダンジョンなんて関係なしに、この世の中は魑魅魍魎が溢れてるってことよ」


「ち、魑魅魍魎……」


 顔を真っ青にする白久さん。


「…………」


 ま、ダンジョンなんてものが発生する世の中だしな。そんなものが跋扈していても何もおかしくはない。


 俺が羽月の話を信じているのは、一度だけ見たことがあるから。


「とりあえず、俺への命令がなくなったってことは理解したけどさ。なんで戻ってきたのさ」


「理由は四つ、一つはさっき言った学校関係。二つ目は、この間の真犯人の討伐を命令されたから」


「……エンキのことか」


「えぇ、そう。自分でケリをつけてこいってね」


「そっか、ならこれからも共闘できるってことだな」


 羽月が一緒に戦ってくれるなんて、百人力にも勝る。


「じゃあ、三つ目の理由は?」


「それはね、匠。あなたの元で剣の腕を磨きなさいって」


「へ?」


「ワタシと同じレベルの剣士である匠のそばで剣を学べば、また一歩進めるだろうからって。それに、匠のスタイルについても勉強するようにって」


「俺の……?」


「もちろんやるからには一緒によ。匠の稽古に、ワタシも付き合うから」


「俺の稽古に?」


「だって匠、ちゃんとした稽古できてないでしょ? そのことに悩んでるだろうって、師範と師範代は読んでたけど」


「う……」


 あの人たちにはお見通しか。


「ずっと足踏みしてたワタシが言えたことじゃないけど。だからこれからも、ワタシと一緒に剣を学びましょ?」


 スッと差し出される羽月の手。


 それは初めて羽月と出会った時と、全く同じ。


「……次も絶対に勝つからな」


「望むところよ」


 そんな羽月の手を取って、お互い笑い合った。


 五年間のわだかまりがこれで全て解消された、そう感じる握手。


「ま、ワタシが戻ってくることだけは、先に晴未さんには伝えていたのだけどね」


「……はい?」


 いきなり白久さんの名前が出て、視線が彼女へと向く。


「えーっと、あはは……」


「白久さん⁉︎」


「羽月さんが、三峰君には黙っておこうって」


「昨日負けたお返しよ」


「……ふ、ふざけるなあああぁぁぁ‼︎」


 ビルの森に、俺の声が響き渡った。


「白久さんもなんで乗ってるんだよ!」


「ご、ごめんね。ちょっと面白そうだったから」


「たまにはそういう思いをしておくべきなのよ、匠は」


「意味がわからん!」


 はぁ、頭痛くなってきた……。


「……もう帰ろう。なんか疲れた」


「待って、四つ目の理由を聞いてないよ?」


「もうどうでもいいよ……」


 剣士としての理由は、さっきまででほとんど聞いた気がする。


 これ以上に重要なことなんて、そうないだろう。


「なにを言ってるの、ワタシにとってはこれが一番重要なのよ」


「はぁ? 嘘だろ?」


 羽月にとって、剣士として在ること以上に重要なことがあるのか?


「でもいいの? ここで話してしまって」


 なぜかその視線が、白久さんの方へと向く。


「え……?」


 急なことで、白久さんも首を傾げている。


「もったいぶってないでさっさと話せよ」


「……それじゃあ、遠慮なく」


 少し俯きがちになった羽月が、早足でそばに寄ってきて。


「──んっ」


 羽月の顔が、まつ毛が見える距離まで近くなった。


 女の子であることがよくわかる、柔らかい身体と甘い香り。


 唇には、今まで感じたことのない感触が押し当てられている。


 果たして何秒間そうしていただろうか。


 やがて視界の全てを支配していた羽月の顔が、ゆっくりと離れる。 


「……へ?」


 視界の端で、顔を青ざめる白久さん。


「四つ目の理由は、未来のお婿さんを掴まえてくること」


「お、お婿、さん……?」


「そうよ」


「な……なんっ……」


「だってワタシ、タクミのことが大好きだから」


 ──この一部始終は、まだ配信を終わらせていなかったレイドメンバーがたまたま映してしまい。


 全世界に配信された結果、これまでにない大炎上を引き起こすこととなった。



     *



第二章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ作品のフォロー、☆や♡での応援、感想をよろしくお願いします!


続きが気になるところ恐縮ですが、諸事情により第三章から投稿頻度を二日に一度にさせてください。

いつも通りの時間に投稿予定となりますので、引き続きよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る