第30話「一つの戦いは終わり、終わらない戦いへと続く」
「ここ、は……?」
目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
真っ白の壁に四方を固められた、おそらくは病室。
「み、三峰さん? ど、ドクター!」
身体を起こしたタイミングで、扉を開けて入ってきた看護婦が、俺を見て驚きの声をあげた。
そうして駆けつけたドクターに検査やら質問やらをされ、それが済んだら今度は警察が部屋に入ってきて、事情聴取が始まった。
話によるとどうやら、あの戦いから丸一日以上経ったそうだ。
力を完全に使い果たした俺は気を失って、駆けつけた救急車によって病院に運ばれそのまま入院させられたらしい。
「あの、炎蛇ラク……影森楽はどうなりました?」
「彼はとある場所に幽閉している、場所は教えられないが。もっとも、まだ意識が回復していないから、聴取はできていない」
「そう、ですか……」
狂気に囚われ、それを利用された結末が幽閉か……。
彼の曲を聴いていた時、メジャーデビューする前の曲はなぜか俺の感性にも響いた。
一曲一曲に対する熱量と、強い思いが確かにあったように感じた。
でも彼がメジャーデビューしてから作った曲には、その熱量も思いも感じなかった。
あるいはそれが、俺の感性に合わなかった理由なのかもしれない。
自分の曲に対するプライド、それが自分の曲に乗せて攻撃をするという戦い方に現れていた。
けど最後の、あの八岐大蛇は、そんなものは全て消え、怒りに任せた攻撃をするだけだった。
そこまで追い詰められてしまったと思えば、ほんの少しだけ、彼に同情する気持ちが湧き上がってくる。
「……いや、これは自己正当化か」
原因の一端である俺がこんなことを考えるのは、おかしな話だろう。俺にそんな情けをかけられて喜ぶような奴でもないだろうし。
俺がただそう思って、彼に対する責任から逃げたいと思っているだけだ。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか」
これから俺は、彼に対する責任も背負わなくちゃいけない。
それには、最後彼をあんな目に合わせた、エンキと名乗ったあの敵を倒すことだ。
ダンジョンに挑む理由が、もう一つできたな。
「それでは我々はこれで。ではお大事に」
そんなことを考えていると、警察は書類をまとめ終えて、病室から去っていった。
やることもなく、まだ身体のだるさが抜けきっていないせいで、ぼーっと窓の外を眺めながら暇を持て余していると。
「三峰君!」
ガラッと勢いよく病室の扉が開いて、白久さんが飛び込んできた。
「もう起きて大丈夫なの⁉︎ 怪我はない⁉︎」
ベッドまでやってきて、身をグッと乗り出して目の前に迫ってくる。
「お、落ち着いて白久さん。俺はなんともないから。大事をとって今日一日入院して、明日には退院だって」
「そっか、良かったぁ……」
「へっ? ちょっ、白久さん⁉︎」
その場で大粒の涙を流しながら大泣きしてしまった。
「ど、どうしよう何か拭くものを」
近くにあったティッシュを一枚取って白久さんに渡す。
「っていうか、白久さんの方こそ大丈夫なのか?」
「グズッ……私は大丈夫……」
「そっか、良かった」
白久さんが無事で、本当に良かった。
「よくないよ! 三峰君はあんなふうになって……」
止まりかけていた涙が、再びポロポロとこぼれ始める。
「と、とりあえず泣き止んで! ほら、新しいティッシュ」
「そこは『心配をかけてごめん』と言いながら抱きしめる場面では?」
「うわぁっ⁉︎」
いつの間にか、中川さんも部屋に入ってきていた。
そりゃ、彼女は白久さんのお付きの人なのだからいるのが当然だけども。
「薄々勘付いてはいましたが、三峰様は女性との交際経験はありませんね。女性慣れしていないことがバレバレです。これだから童貞はダメなんです」
「なに言ってくれちゃってるんですか⁉︎」
いくらなんでもあんまりだ。
……いや全部事実なんだけどさ。
だから一層情けない気持ちになる。
「はぁ……」
なんでこんな目に……。
「って、そうだ。中川さんこそ、腕は大丈夫なんですか?」
忘れかけていたが、彼女も腕を折っていたんだった。
「この状態ですが、問題ありません。一ヶ月もすれば治るだろうと、お医者様からは言われています」
吊られた腕を上げながらも、爽やかな表情を見せる。
「もっとも、しばらくはお付きの仕事はできそうにありませんが」
「そう、ですか……」
「そんな申し訳なさげな顔をしないでください。それよりも、晴未様を助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、元はと言えば、俺が蒔いた種だったので。むしろ俺の方こそ、白久さんを巻き込んでしまってすみません」
「私は巻き込まれただなんて思ってないからね? 原因の一つは私にもあるんだから」
いつの間にか泣き止んで、今度は頬を膨らませながらジト目で睨んでくる白久さん。今日の彼女は随分と表情豊かだな。
「そうだ、一つ聞きたいんだけど。あの噂は結局どうなったんだ?」
「あれはもう大丈夫だよ。昨日の配信を見て、みんな三峰君は悪くないって思ったみたいだから」
「そっか……なら、良かった」
あの執事さんに自信ありげに宣言してきたからな。
特に対策なんて考えないで、ただ目の前に戦いに必死になってたけど。それで噂をひっくり返せたのならなによりだ。
「……三峰君? なにをしてるのかな?」
「いや、念の為昨日の配信を確認しようかなって」
ベッドのそばのテーブルに置いてあったRMSを取ろうとして、白久さんに止められる。
「絶対にダメ!」
「え、なんで? 状況の確認だけはしたいんだけど……」
「ダメなものはダメなの! とにかく絶対に見ないでね! 絶対だよ!」
「えぇ……」
なぜか顔を真っ赤にして、めちゃくちゃ力強く俺の手を握る。
「わかったわかった。見ないことにするよ」
RMSを手放して、両手を上げる。
「私がいない時にこっそり見たりもしないでね?」
「しないってば、約束する」
理由はサッパリ分からないけど、これだけ彼女が嫌がっているのだから、やめてあげるのがいいだろう。
「ふぅ……」
安堵して、胸を撫で下ろす白久さん。
「さてと、そろそろ私は行くね。また明日迎えにくるから、今日はちゃんと休んでね?」
「ありがとう、白久さん」
「どういたしまして、それじゃあね」
そうして二人が出ていって、また病室に一人となった。
「……暇だ」
あまりにも手持ち無沙汰すぎる。こういう時、何か趣味の一つでもあれば気を紛らすことができるんだろうけど、そういった趣味は持ってないからなぁ。
基本的に暇な時は、過去のダンジョン配信を見るか、剣を振ってる。
心の底では、昨日の配信を見たいんだけど、白久さんに止められたしな。
「……いやでも、止められて良かったかもしれない」
思い返してみると、なんか色々と恥ずかしいことを口走った気がする。
「それをもう一度見返すなんて、羞恥心で死ねる気がする……」
結局、やることなく、ゴロンとベッドに横になって、目を瞑った。
*
「よろしかったのですか?」
「なにが?」
「本当は三峰様に告白するつもりだったのでしょう? 今朝、私のところに相談に来たくらいですし」
「あー……うん、今はいいかなって。あそこでそんなこと言っても、三峰君を困らせちゃう気がしたし」
「それはそうでしょうね。晴未様の想いに、これっぽっちも気づいていないようですから」
「だからまだ、その時じゃないかなって。それに三峰君昨日言ってくれたから、私と一緒に戦ってくれるって。今はそれだけ聞ければ十分だよ。これからも三峰君と一緒にいられるなら」
「……甘いですね、晴未様は。掴めるうちに掴んだほうが良いですよ、こと恋愛においては」
「そう?」
「はい。もっとも、その優しさが晴未様の良いところではあるのですが。ですがその優しさにつけ込まれて、横から出てきた何者かに彼を掻っ攫われないようにだけは、お気をつけて」
「そんな不安にさせるようなこと言わないで! っていうか、中川さんだって彼氏いないじゃないですか!」
「確かに今はおりませんが、晴未嬢様よりは経験豊富ですから」
「……なにその余裕、なんだかムカつく」
「酸いも甘いも経験して、人は大人になるものですよ」
*
翌日、一通りの検査を受けて問題なしと判断された俺は、あっという間に退院することになった。
「覚醒者の回復力は、本当に羨ましいねぇ」
……そんな嫌味を言われながら。
「三峰くーん!」
退院の手続きを済ませて、病院のエントランスから外に出たところで、白久さんが待っていた。
中川さんと、怪我をした彼女の代わりに車を運転をしてくれる人も一緒だ。
「お帰りなさい、三峰君。もう大丈夫そう?」
「昨日の時点でほとんど回復できてたから。それに怪我したわけじゃないし」
「それじゃあ帰ろっか──」
そう言いかけたとき、RMSからアラートが鳴る。
「ダンジョン発生の……この近くで?」
「どうする、三峰君。まだ病み上がりだし、今回は休んでも……」
「いや、行くよ。俺たちの目標は、ダンジョン攻略の先にあるんだから。それに、『ダンジョンは待ってくれない』だろ?」
「……うん! それじゃあ行こう!」
車に乗り込んで、ダンジョンの発生した場所へと向かう。
俺たちの夢に向かって。
*
第一章「ダンジョンストリーマー・タクミの始まり」を最後まで読んでいただきありがとうございます!
引き続き第二章もぜひよろしくお願いします!
この作品の連載のモチベーションとなりますので、
もしよろしければ作品のフォロー、☆や♡での応援、感想をよろしくお願いします!
明日も同じ時間に投稿予定となりますので、ぜひよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます