ご飯を食べよう

丘野 境界

第1話 朝・素うどんコンビネーション

 テーブルには、素うどんが二つ。

 そして、いくつかの具材の乗った小皿が並んでいた。


「とりあえず、小麦にアレルギーはない?」

「ない」


 鳴海聡の問いに、彼女は首を振った。

 おかっぱ頭の、コケシのような少女だ。

 ……が、聡の記憶が正しければ、同じ年齢の筈である。

 お酒飲んでたし。

 ただ、反応が薄い。

 寝起きだからか、素なのか。

 怒ってはいないようだが、笑ってもいない。

 喜怒哀楽で言えば、一番近いのは楽。

 ちなみに彼女の格好は、聡のTシャツだ。一人暮らしをしている聡の部屋に、女物の着替えなどあるはずがない。他に思い付かなかったので、ベッドの脇に置いておいた。下は知らない。考えないことにする。。


「モーニングとか用意したかったんだけど、ウチにはそんな洒落たモンはないし、結局いつも通りの食事になった。冷凍うどんにスーパーのうどんつゆ。具はお任せ。一応俺は油揚げと卵とネギ。他にあるのはキムチと明太子ぐらい。豚肉は朝にはちょっと重いと判断して、茹でてない」


 聡は早口で説明した。


「……」


 彼女の視線が、茶色い液体の入ったコップに向けられた。


「それは、麦茶。インスタントコーヒーもあるけど、さすがにうどんにコーヒーはどうかと思ったんで」


 彼女は頷くと、聡の向かいに座った。


「ん。いただきます」

「どうぞ」


 聡も、手を合わせてうどんを食べることにした。

 彼女も、油揚げとキムチと明太子とネギ、それに卵を割った全部乗せにしたようだ。


「それで食べながら聞きたいんだが……聞きにくいことでもあるんだが……昨日の夜から、その……記憶が無くて、ですね……」

「……ん、私も。飲み過ぎた」

「そっちもか……」


 つまり、聡は大学の飲み会で酔っ払って、そのまま彼女を『お持ち帰り』してしまったらしい。


「飲み過ぎは、よくない。反省」

「まったく、同感です」


 彼女は、丼をテーブルに置いて、下腹部に手をやった。


「聞いてた、痛みはなかった」

「ぶっ!」


 聡は噴いた。

 うどんが一本鼻から出た。


「今はちょっと痛い」

「ぶへっ、げほっ!」


 聡の気管にスープが入った。

 咳き込みが止まらない。


「いや、ホントすみませんでしたっ!」


 テーブルに手を突いて、聡は頭を下げた。


「ん。それは、お互い様。それよりも……困ったことがある」

「というと」

「無断外泊で、朝帰り。……親に怒られる。どうしよう」

「お、おぅ……俺も一緒に、謝りに行くべきか」


 女友達に辻褄を合わせてもらう?

 聡に親しい女友達はいない。

 そして彼女に同性の友人がいるのかどうかも、聡は知らない。


「とりあえず、ご飯を食べ終わってから、考えたい」

「誠にごもっともな意見。腹が減っては戦はできぬって言うしな」


 聡と彼女は、朝食を再開した。

 ふと、彼女が丼から顔を上げた。


「ん。……橘ちか」

「んん?」

「名前」


 これは迂闊。


「おお、俺は聡。鳴海聡だ。……そういや、自己紹介もしてなかったなぁ」


 それから聡とちかは、朝食に専念すべく無言でうどんを食べ続けた。

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