愛で生きる

ましし

春が来た

「あめちゃんどーぞ」

弾丸のように降り注ぐ大雪の中冷え切った僕の耳には暖かすぎる優しい声が響いた。

声が出せない僕を不思議そうに見つめ優しい君は僕のかじかんだ唇にそっと触れ囁いた。

「アキは幸せやけん。君も幸せにするけん。」

そうしてあめちゃん3つと美味しいお水を置いて去っていった。

待って!まだなんよ!!待って!!!

「まっって!!!!!」

ピピピピ…ピピピピ…

部屋いっぱいに目覚ましの声が鳴り響いた。

何度も夢に見る幼い頃に記憶。忘れられないきっと大切な記憶。

「アキ。君は誰なんよ。」

そうため息をついていつもの如くシャワーを浴びる。朝は食パンに目玉焼きとハムをのせて食べる。お決まりだ。

窮屈な制服を着て重たい足取りで学校へ向かう。いつもと変わらない風景のはずなのに妙に暖かさを感じる。一本道に咲くいっぱいの桜とたんぽぽの香りが僕の身体に春を告げる。

15分で学校に着く距離だというのにいつも体感は30分だ。だけど今日だけは10分程度に感じる。

新しい教室に入り黒板に貼られている座席割を確認する。新学期なのにも関わらず不揃いな出席番号に先生の個性を感じる。

右下に 13 西 那月 の文字を見つけた。ついでに横の席を確認すると 32 東 愛生 と書かれていた。

東。僕の横に東なんて先生の遊び心なのかな。にしても32番って遅くないか?

”あずま”だとすると1番あたりだろうし”ひがし”だとすると16番あたりになるはずだし。他の読み方あったかな?もしかして転校生とかかな。

そんなことを考えているとチャイムと同時に先生が入ってきた。

「今日から担任をする 大木 楓 です。早速だけど転校生の紹介をします。”あずま”くん」

名前を呼ばれガラリと音を立てて全体的に色素の薄い可愛らしい男の子が教室の扉から入ってきた。僕はそんな東くんから目が離せなかった。

透き通るような瞳に白い肌、じんわりと広がる桃色と赤色のグラデーションを帯びた唇。その様はまるですぐにでも壊れてしまいそうなガラス細工のようだった。

「東 愛生 です。遠いところから来ました。よろしくね。」

その美しい唇から発せられた声は優しく聞き覚えのある何処か懐かしい声で僕の胸をギュッと掴んでくる。さらにニカっと無邪気な笑顔を魅せまたしても僕の目を釘付けにする。

「えーと席は西くんの隣ね。」

ああそうだ東くんは隣の席だ先生の声で思い出された。そういえばアキって言ってたよな。もしかしたらあの日のアキなのかな。

少し素早い足取りで僕の隣に向かってくる彼に少し重たい期待を背負い彼の顔をのぞいてみせた。

「よろしくね。東くん!」

僕も東くんに負けじと笑顔を見せた。まあ僕の笑顔なんて気にも留めずに

「アキでいいよ。君は?なんて呼んだらいい?」

アキは椅子に座る僕に目線を合わせるようにしゃがんで言った。

「西 那月 やけん。好きに呼んでよかよ。」

目線を合わせるアキに少しどきりとしながら答えてみた。

「じゃあ ナツ って呼ぶね。」

初対面で名前で呼び合うなんて少し照れくさいし馴れ馴れしい子だと思ったりもした。

愛生は自分の席に座り大きな黒板を遠目に見て何処か優しい顔をしていた。そんな愛生を横目で捉えいつあの話をしようかとタイミングを測る僕はまるで恋をしているようではないか!?いやいやそもそも出会って数分でそんなことありえないし、あの日出会った子かどうかもわからないのに妙に期待するのも良くないし!!それにそれに僕は男の子が好きなわけでもないし!!!でもこの久しぶりに感じるこのドキドキ感はなんなんだろう。

「なーーつ」

名前を呼ばれた気がした。そっと顔を上げると愛生が頬を緩めた顔でこちらを見ていた。

「明日はさ8:00に学校に来たらいいんだよね?」

”そうだよ”そんな簡単な言葉が僕の頭の引き出しから出てこなかった。そうして動揺しながらコクリと頷いて見せた。

6:30 ピピピピ…ピピピピ…部屋中に目覚ましの声が鳴り響いて目が覚めた。

いつも通りのシャワーと朝食を終え、やはり窮屈な制服を着て学校へ向かう。

いつも通りのはずなのに足取りは軽い。いつもより早く家を出て愛生に会いに行く。


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