君の名は
「え、黄色?黄色が盗まれたってことですか?」
「正確には黄色のもの、だと思うけど」
「なんでそんなもの――」
「私だって、分かんないわよ」
魚沼は早速弁当屋に連絡をした。しかし魚沼の電話も苦情だと思ったのだろう。コール音が鳴り続けるだけで、出てはくれなかった。
こうなったら――。
魚沼は事務所の鍵を虎松に向かって投げた。
「とりあえず、弁当屋に向かいましょ」
「……はいはい」
弁当屋は魚沼が昼過ぎに見た時と同じ、シャッターを閉めてしまったままだった。
魚沼はおもむろにシャッターを叩いた。
「ちょっと……!」
虎松が魚沼を止めようととしたちょうどその時、
「魚沼さんも苦情かい……?」
店の主人が恐々とした表情で店の窓から顔を覗かせた。
「違います。私、気づいたんです、苦情の原因。足りなかったおかずに」
「え?」
「“たまご焼き”、じゃないですか……?」
それを聞いた店主は目を見開いた。
「たまご……、たまご焼き……!そうか、それか!!それが足りなかったのか!」
店主は魚沼の手をぎゅっと握り、泣きながらお礼を言った。
「ありがとう……。本当にありがとう、魚沼さん……!足りなかったものが思い出せたから、ひとまずこれで皆さんにちゃんと謝れます!」
「しかし、またなんで、入れ損ねてしまったんだ?確かに作ったような気はするんだが……」
店主は不思議そうな顔をした。
「それ、もしかしたら、盗まれたのかもしれません」
「え?ちょっと、それどういう――」
「ごめんなさい、とりあえず他のところも行かないと行けないんです!」
呼び止めようとする店主をあとにし、次の場所、花屋へと向かった。
「向日葵!!向日葵だったのね!花束作っても何か足りないと思ったの、ありがとう!」
仕入れ先から戻ったあと、バケツの中に入れていた向日葵がなくっており、空になっていたのだそう。
その次は果物屋。
「そうそう、バナナ!バナナがごっそりなくなったんです!日中の時間帯だったんですけど……」
車を盗まれた相手は直接会えなかったが、電話越しに確認することができた。盗まれた車が黄色の車だったと思い出したようだった。
「これで黄色のものが盗まれたって決まりね……」
「あとは、水越ちゃんの名前ですね」
事前に聞いておいた水越の連絡先に電話をかけた。学校にいた時間帯だったためか、本人は電話に出なかったため、留守電を入れておいた。
翌日、水越は事務所に来た。
「黄色……?」
水越はキョトンとした顔をした。
「そう、ここ数日、あなたの他にも盗難被害に遭った方々がいてね、盗まれたものの共通点が「黄色」だったの」
「だからね、君の名前――、君の下の名前は、黄と晴で「きはる」なんじゃないかな」
そう言うと虎松は白紙にサインペンで「
「き、はる……?きはる……」
文字を読んで暫くした後、水越はハッとした表情になった。そして顔を手で覆った。同時に肩が小刻みに震え始めた。
「あってた……?」
魚沼が不安そうに聞くと鼻を啜りながら涙声で水越は答えた。
「はい……、あってます。私の名前は……、黄晴です」
「よかった……」
しかし、安心するにはまだ早かった。
「あ、あれ?でも――」
水越は鞄から教科書を取り出した。そこにはまだ、黒く塗りつぶされた水越の名前がある。
「えっ、あれ……?」
魚沼も虎松も不思議に思った。
「あの……、さっきから二人とも私の名前を呼んでいるようなんですけど、実際まだ●晴って聞こえてるんです……」
申し訳なさそうに水越は言った。
「つまり――」
魚沼たちは犯人が盗んだと思われるものには辿り着いた。
けれど、盗まれたものは実際返ってきていない。つまり、まだ盗まれたままなのだ。
「犯人を見つけない限り、盗られたものは戻ってこないってこと……?」
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