シルバ・スタンの刻
雨沢白田ー
ある時、彼女は.1
どうして……。どうして自分は生きるのだろう。はっきりとした答えを今も得られない。今の肉体だけが、自分の生きる事でしかない。あの日、あの場所で生きて、それ以来の自分はどこにもいない、そんな風に思えている。
矛盾とジレンマが自分にあり、これが自分の様で、失ってしまったら、消えてしまいそうで。でも……生活の中では何も得られなかった。
そうして出会った。
風道正しく街路樹が自分の視線を惹きつけたあの日。
海色のその子は——自分を生み出した。
「私は、嘘つきだと思う?」
「………。そうだな、個人的見解で言えば、きっと違う」
「そう?」
「ああ。自分自身を潜めはせよ、性根は必ず現れる。言葉の何処かでも、自分は
「もしかしたら……かな」
「それより、だ、嘘でもいい。今の俺は嘘でもいいから話が聞きたい。そんな我儘を許してくれるか?」
「嘘でいいなら、勿論ね」
——私は、泥水に埋もれていた。
懐かしい気分だった。何にも苦しくなくて、むしろ心が透き通っていて。以前も、こんな事になった。でもこれは濁って、その上汚らしい液体。そんなモノで死ぬより顔を上げる。
ぼやけた目を擦った先で、私は、
「生きてる。自分……」
この全てが現実である事、その実感に頭が混ざり狂う。けれどほんの僅かな理性は、そこで転がっていた靴を選別した。ボロボロの靴は嫌だから、良さげなモノを持って、銃を背負い、積もった人々の山を去り前に進んだ。とにかく離れたい一心で。
「さて……誰の話だ? 子孫か、それともそれを生きた
「知り合いの悪運強い
「時代の生き証人、か。そいつ、イベラ戦争の事はどう思ってた?」
「秘密」
「なら、話を続けてくれよ」
それから歩いた。歩き続けた。飲み食いもしないで、ずっと。口の中に、ただ美味しい飯を詰め込んで、味わいを確かめたかった。身体がズタズタに疲弊して、まともに動けずふらついて、精神はすり減っていた。
何時間と歩いたのか。何千歩と歩いたか。何の考えもまとまらないし、ぽつんと立つ草原のここがどこかも分からず
「何で……なんで?」
独り言も虚しく散る。こんな目に合う訳は、誰が言うでもない、それならそれで自分で見つけようと、ふと空を、青く晴れ渡った晴天に力を緩めて、苦い表情を日光に晒した。気持ちは暖かく、心を爽やかな気分に包んで、記憶を振り返る。
私が逃げられずにいたら——脳裏に浮かぶ想像を遮り、ただ一つ、帰る事の一点に絞って、再び足を付いた。
「歩いて、あるいて歩いて……、歩く事。何かが起こるまで、ずっとそう」
「すると、どうなったんだ?」
帰れる様にと願っていた時の事。ボロっこくて、玄関が開いたままの一軒家が、一本の木の隣にあったの。既に住民は家を出たみたいだった。私は透明な紐で引き寄せられる様に、扉の枠を潜る。木の床に足を付けると靴がうねりで弾み、しーんと静かに、不気味な空気が漂った。
その真ん中の食卓に、四つの椅子が囲む平たい板の上には花瓶がある。水を吸い尽くして、今にもちぎれそうな花。それが何故だか気になり、気持ちが悪くて仕方が無くて。表面に流していた指をまじまじと目が注視して——違和感の正体は、ほんの僅かだけの埃だった。
すると、食卓の向こうに気配を見て、凍えた暖炉の中にそれは、暗い影に恐怖で怯える目と、銃口。ネフレアの軍服に、ヘルメット姿……。ネフレアの兵士は、隠れていた。
「……だ。ぃ……」
死にそうになって、またそうなって。
嫌気が差す。
それに怒りも驚きも、悲しみも、しようと思う気力もない。そういうモノを表にするのが面倒で。それだから私は、静かに家屋を離れていく。近くで聞こえてきたのは……風切音だけ。その流れに私は、導かれていった。
「撃たれなかった、と?」
「そうだけど」
「あれだな。如何にもネフレアで習いそうな、つまらない戦争の話だ。それに感情をただ嫌になった、と遠回しに使うのはどうなんだ?」
「知らない。そんなの、みんな分かるはずないよ。愛することも、拒絶することも、幾つもの文字を使ったって、伝わるかはまた別でしょ」
「そういう言葉は嫌いじゃない、だがな。『他人に、自分を定義される事は忌々しい』——俺の印象に残るこれには劣るな」
「……別に聞いてないよ」
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