伝えない……でもいつか伝える
なにか話すわけでもなく、ただ二人で同じ道を歩いているだけ。今日の先生には困惑するばかりだ。目が合えば逸らされるし、話しかけようと思っても千弦や雄介たちに遮られてしまう。せめて今日のお礼だけは言いたい。小さく息を吐いて、口を開く。すると……。
「今日、あんまり話せなかったね」
先に沈黙を破ったのは先生だった。「そうですね」なんて当たり障りのない返事をして、肝心なお礼の言葉は喉に詰まっている。
「ずっと渡そうと思って、渡しそびれてたんだけど」
そう言うと、先生はカバンの中から可愛く梱包された袋を取り出す。
「お誕生日おめでとう」
照れくさそうに笑う、その姿に胸から込み上げてくる愛おしいという気持ち。今すぐにでも抱きしめて「好き」だと伝えてしまいたい、そんな欲望を必死に抑え込む。
「ありがとうございます。あの、開けて見てもいいですか?」
「うん、いいよ。気に入ってもらえるか分からないけど……」
袋を開けて中を覗く。入っていたのはブレスレットだった。先生が腕につけていたブレスレットと色違いであることに取り出して気づく。
「俺とお揃いみたいになっちゃうけど、ごめんね。この前、欲しいなって言ってたからさ」
「いえ、すごく嬉しいです。大切にします!」
その後、普段通りの会話をして家に帰ったのは覚えている。ただ何の話をしたのかは覚えていないくらい、貰ったブレスレットのことで頭がいっぱいだった。
数日後のこと。千弦に呼び出されて、いつものカフェに向かう。席に着くなり、「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」と真剣な目をした千弦が言う。
「何?急に」
「今後のことよ。どうするつもりなの?」
千弦の言いたいことが分からず「高校卒業したら上京するよ」と答えてみる。すると、千弦は呆れた顔で「違う、それじゃない」と言った。
「上京する話は知ってる。だから、聞きたいの。恵吾君に何も言わずに行くつもりなの?」
少し前、千弦には通信制の高校を卒業したら本格的に音楽の道を進むために上京することを話した。千弦は親に言われて大学に進学、雄介たちは地元で就職してバンド活動も続けていくらしい。そのことは先生も知っている。だから、千弦が言いたいことは――。
「言わないよ」
「なんで、会えなくなるんだよ?もしかして、もう好きじゃないの?」
首を横に振り「まだ好きだよ」と少し痛む胸を無視して答える。
勝手に好きになって勝手に苦しくなって、ちょっと距離を置いても変わらなかった想い。それに気づいた時、心に決めた。
「今は伝えない。でもね、いつか伝えるから。先生に届くかは分からないけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます