心を動かす理由
毎週、レッスンに通うたび自分のできることが増えていく。それが楽しくてしかたがない。それだけじゃない……先生と会えることも楽しみのひとつだった。生きるための光を探していた頃よりもはるかに幸せと呼べる現状に怖いと思ってしまうくらいだ。
初めてのレッスンから三ヶ月後のこと。
「葉子ちゃんは上達のスピードが速いね。覚えもいいし」
「ほんとうですか……?」
「なんで自信なさげに聞き返すの」
そう言って優しく微笑む先生。どんなに楽しくても自信だけは身につかない。それは私よりも先を歩く千弦の姿を見てしまったから。一度だけ、学校終わりに千弦のバンド練習に誘われたことがある。「葉子のこと、皆に紹介したいからさ」と言われ、何の気なしについていったのが幸か不幸か……。キラキラと輝く千弦に胸が躍るのと同時に実力の差を見せつけられたような気がした。手にできたマメが潰れるほど練習しても、声が枯れるほどに練習しても、まだ遠い。
「葉子ちゃんが何を思っているのか、なんとなくだけど分かるよ」
「え?」
「最初の頃って、どんなに頑張っても自分より先をいく人達が羨ましくなる。練習して練習して、やっとここまで来たって喜んだのも束の間、上には上がいる。でもさ、諦められないんだよね」
淡々と話す先生だけど、どこか苦しそうに見えた。初めて先生の暗い部分を見たような気がした。
「先生は苦しくなった時、どうやって乗り越えてましたか?」
「うーん。自分を支えてくれる人の顔、応援してくれるファンの顔を思い出す。それと、自分のなりたい未来像を描くことで頑張ってるかな。あとは自分を信じることかな」
「やっぱり、先生は凄い人ですね……」
私には先生のような自分の背中を押すための理由がまだない。あるとしても「音楽が好き」それだけの理由だけ。誰の顔も浮かばなくて、なりたい未来像も、自分を信じることもできない。
「凄くない、さっきのは後付けの理由みたいなもの。実際なんて、『諦められない』その心だけ」
「諦めたくない……ですか」
「そう。葉子ちゃんはどうして歌とギターを習おうと思ったの?」
「それは……好きだったからです。音楽が好きで、大好きだから」
質問に答えると、先生は包み込むような笑みを浮かべ、「それだって、立派な理由だよ」と言った。
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