出会い

 千弦に急かされて「初めまして。千弦ちゃんから紹介してもらった山野葉子です。」とメッセージを送る。すぐには返ってこなかったけど、その日の夜に「初めまして、北見恵吾です。」とメッセージが返ってきた。北見先生とのやりとりは全て事務的なもので、いつからレッスンを始めるのか、料金についてなど。私の家庭事情を加味して、レッスン料金は通常の半額にしてもらえた。大好きとは言えど、音楽に関しては全くの素人なので毎週の水曜日に通うこととなった。


 初めてのレッスンは七月の第一週。家を出ると日差しが肌を焼き、まだ数歩しか進んでいないのにひたいには汗が滲む。最寄駅から電車に乗り、次の駅で降りる。私が住む県で一番大きい駅の近くにあるスタジオがレッスンの場所。緊張と不安で足取りが重く、一歩一歩と前に進むたび鼓動が強くなっていく。スタジオの入り口に着くと、そこにはスラっとした身長の高い男性が立っていた。目が合うと、男性は私の方に向かって歩いてくる。

 「もしかして、山野葉子さん?」

 爽やかな見た目に優しい声……緊張とはまた違う、ドキドキと胸が高鳴る。「は、はいっ!」と返事するも、思わず声が裏返ってしまう。すると、男性は「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」と微笑んだ。

 「案内しますね」と言われ、男性の後についていく。初めての場所、初めての空間、目に映るものが全て新鮮だった。案内されて入ったレッスン部屋の中には机と椅子の他に、ピアノとスタンドに立てかけられたギターが二本、スタンドマイクが置かれている。男性は椅子に腰かけ、私も同じように椅子に腰をかける。

 「では、改めて北見恵吾です。よろしくお願いします」

 「山野葉子です。よろしくお願いします」

 文面とは違い、対面での自己紹介は少し恥ずかしい。緊張、それとも別の感情のせいなのか分からないけど、目が合うと思わず逸らしてしまう。

 「山野さんは千弦ちゃんと同じ年なんだよね?」

 「は、はい」

 「そっか……、じゃあ8歳も離れてるのか。若いね」

 なんて言葉を返したらいいのか迷っているうちに、先生は机に置かれた資料を手にして「じゃあ、レッスン内容について説明していくね」と話し始める。時間は二時間、歌とギターを一時間ずつのレッスン。最初は基礎的な練習で、歌は発声から、ギターはまず譜読みから始めていく。

 「今日は最初だから雑談しながら少しずつ進めて行こうか。知らない人とのレッスンが毎週あるなんて疲れちゃうからね」

 そんな先生の気遣いのおかげでレッスンが終わるころには緊張の糸も解けていた。

 レッスン後の帰り道、止まらない胸の高揚に笑みがこぼれてしまう。来週が待ち遠しくてたまらなかった。

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