企画参加

-ion

一瞬の素敵な世界に

 荒野の中を獣が走る様を。


 青空の中を渡り鳥が飛ぶ様を。


 海原の中を水魚が泳ぎ征く様を。


機械のレンズ越しに、世界を覗き見て、一瞬の生命の輝きを一枚の写真に収める。

それが私にとっては、何よりの楽しみであった。


 カメラというものに触れたのは、中学生のころであっただろうか。祖父がカメラ好きであったとの事を父に聞いた、と思うのだが、そういったことも記憶の上ではあやふやだ。ただ、ふと、好奇心で庭の倉庫を物色していた時に、古めかしいカメラバッグと機材等を見つけた。

 

 最初は、これは何だろうか、としげしげと眺めて、カメラのバッグを持ち上げた時に、その重量に落としそうになった。今にして思えば、その際に落として壊さなかったことを大いに褒め称えてやりたく思う。


 バッグの中身が、カメラというものであるということは、一目見て分かったものの、どのように組み立てるのか?といったことすら分からなかった。


 始まりはただ、ただ、なんとなく。そのカメラバッグを部屋に持ち込んで、分からないまま、それを組み立てて、レンズと本体を取り付けて、フィルムを入れて――――――気が付けば。一瞬の世界に虜になっていたのだった。



「そんな古い機械使わなくても、これでいいじゃん」

スマートフォンを構えて、彼女がパシャリと私のことを写真に撮った。それを見せながら、唇を尖らせて不満気にごちる。カメラのレンズを覗く私の姿がそこには在った。


「良く撮れている。カメラのおかげで、とても絵になっているな」


 彼女の写真を褒めたのに、なぜか殴られた。なぜなのか。

カメラばかり見ていないで、私をかまえーと、彼女が言ったので、レンズ越しに、素晴らしい世界を、また、切り取った。


「ああ、とても素敵な一枚が撮れた」

「・・・その古いやつじゃ良いかどうかなんて、すぐに分かんないじゃん」

スマートフォンでぱしゃぱしゃと色々と撮影しては、その写真を私に見せつけた。

「もっと私にかまえー」とばかりに、肩をたたく。それはちょっと世界がぶれてしまうので、遠慮して頂きたい。


「直ぐには分からないけれど、それでも、私は素敵な一枚が撮れたことを確信しているよ」


「それは何でー?」


首をかしげて、私を見つめる彼女を見て、また、レンズを覗いた。そこにいるのは、とても可愛らしく、素敵な、私の愛しい人であるのだから。

そのように、本心をはっきりというのは、恥ずかしいものだから。無言で、シャッターを押した。


「・・・・・・」

「ちゃんと理由を言え~!」

ばんばんと、肩を叩かれる。それは、世界がぶれてしまうので遠慮して頂きたい。

そうやって、愛しい人と戯れながら、この素晴らしい世界のひと時に浸っていると、思い出し方のように、彼女は勢いよく立ち上がった。


「鍋に火をかけているの忘れてた!」


彼女が慌てて、私のそばから離れていく。そういったところが、やはり、好ましく思えて、私はレンズ越しに一枚、ぱしゃりとシャッターを切った。


「・・・ありがとう。君のことが好きだからまた素敵な一枚が撮れた」


私の心の底からの言葉は、鍋の噴きこぼれと格闘している彼女には、伝わらないだろうけれど。愛しい人に、きっと、いつかは、この気持ちを伝えることにしよう。















 



 

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