異端狩り
海月^2
異端狩り
その国では鉄が崇められていた。人の生活に恵みを与えてくれる存在、何よりも有り難い存在。そんな世界に、僕は生まれた。
この世界では鉄が神だった。だから、人の体に鉄が入っているなんて、言ってはいけなかった。それを破った学者は、もれなく殺された。人体を解明したい天才たちは、神の名の下に粛清されていた。いつか、人の体の研究をする者全てが裁かれるようになった。それでも、僕には関係のないことだった。
「逃げましょう」
だから、母のその慌てた声が頭の中でぼんやりと響いて理解できなかった。
父が、異端者だったらしい。数日経って漸く理解した事実が僕は恐ろしかった。連れて行かれたところは国境付近に拠点を持つ異端を信じる者たちの集まりで、皆んな父の死を悼んでいた。全ての人間が人の体に鉄が流れていることは正しいと言った。父は正しい思想の下で死んでいったから、仕方がなかったのだと言った。
初めは理解できなかった。父を殺した思想が正しいはずがなかった。けれど、その集団の人間に説得されているうちに、そうなのかもしれないと思うようになった。教団が言う主張とは違って、彼らの言い分には証拠があった。実験に裏付けられた事実があった。それの大半を理解できるようになった頃、僕は大人になっていた。
「大きくなったわね」
母は嬉しそうに笑った。笑い皺がくしゃっとなって、ここに父もいればもっと良かったと思いながら、二十歳の誕生日を迎えた。母以外の人たちにも沢山祝われた。そこは、笑顔で溢れていた。
研究が大成してきたのもその頃だった。現在、この場所で体内の鉄について研究しているのは僕一人で、僕は確かに血液の結晶化を見た。そろそろ、本当に血の主成分は鉄であると解明できそうだった。
だから、火を点けた。血と同じ、鉄と同じ赤色が燃え盛る。自分の体が研究成果と一緒に燃えていく。他の研究者たちは沢山の水で消化を試みるが、事前に準備されていた火は消えない。
父の論文を胸に抱いた。きっとここで燃やしたって、誰かが研究を完成させる。全てをゼロにしたって、人の叡智には叶わない。たかが一人の抵抗で、真実が葬り去られるわけではない。けれど、これを真実として発表するのは嫌だった。僕の名前でこの事実が世間に出るのが嫌だった。
この事実は父の死を肯定してしまう。それは事実と対極にある僕の感情だった。幼い頃に押し込めた心は、いくら年月が経てど消えてはくれなかった。だから全て一緒に燃えてしまおうと思った。炎の中で、涙はきっと消えてしまう。だからいくら泣いても大丈夫だ。灰すら残らない業火に焼かれるのだから。
「死にたく、ないなぁ」
誰も応えてはくれなかった。
異端狩り 海月^2 @mituki-kurage
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