1章 秀才少女 編 03
放課後、俺と朝霞は顔合わせのため、生徒会室に向かった。
生徒会室は「コ」の字の校舎の、縦棒2階の部分にある。俺たちが到着したときには、既に栄川実乃理と佐竹良太は到着して話をしていた。
栄川と佐竹は明らかに朝霞に注目している。学年一位の上に、原型を留めていないくらい制服を改造しているのだから、無理もない。会長補佐となって、このあたりは矯正されるのだろうか。
「あなたが朝霞結衣乃さんね。あたしは栄川実乃理。これからよろしくね」
「僕は佐竹良太です。よろしくお願いします」
「よろしく」
俺は、朝霞結衣乃が二言以上話したところを見たことがない。
「朝霞さん、達成度試験すごかったわよね。全科目満点なんて、そうそう出来ることじゃないと思うのだけど」
「別に……」
「良かったらどういう風に勉強しているのか教えてくれないかしら? あたし、今回ベスト尽くせたと思ったし、当日の感覚も今までで一番良かったのだけど、更に上がいてちょっとびっくりしてるのよね」
「……」
「まあまあ、栄川さん、そのあたりは僕も気になりますが、朝霞さんもいきなり言われると困るでしょう。朝霞さん、同じ生徒会メンバーとして、良ければおいおい教えてください」
佐竹がフォローを入れる。
トップ2の間で早くも雲行きが怪しいが、佐竹が意外にもフォローキャラとして機能しそうなので、そこまで板挟みにはならなくて済みそうだ。少しほっとした。
朝霞は、栄川に対して例のジト目を向けている。朝霞のジト目を見ると、以前俺が朝霞の腕を掴んで名前を聞いた時のことを思い出した。もっとも、あの記憶は朝霞自身には無いはずだが。
しかし、いくら佐竹がフォローに回っていると言っても、流石に朝霞を喋らせないと、今後の活動に支障が生じそうだ。活動が上手くいかなければ、俺にまでツケが回ってくる可能性がある。あまり気は進まないが少し踏み込もう。
俺は朝霞のバッグをチラッと見た。バッグには、以前ループ中の世界で、拾って返したペンギンの人形は付いていない。別の場所で落としてしまったのだろう。ループ中は、それがたまたま俺の前だったということだ。となると、どのタイミングまで持っていたのか分からないことになる。ひょっとすると、ペンギン人形については、俺は本来知り得ないかもしれない。
ここは、慎重に言葉を選ばなければならない。
「朝霞、お前ペンギンとか興味あるか?」
俺は唐突に問いかけた。朝霞はここで初めて俺の顔を見た。ジト目ではなく、少し関心を持ったという目だ。
「なぜ?」
「いや、朝霞ってクールだろ? 寒い場所の生き物に興味あるかと思ってな」
俺は世界のひずみを、自分の意味不明な発言に一気に押し込めた。ペンギンに興味のない人が聞いたとすれば、間違いなく頭のネジが外れている認定をするだろう。
俺は朝霞がペンギンに興味があることを知っているが、その情報を使うことはリスキーなので、出来るだけ触れたくは無い。
しかし、先ほどの問いかけであれば、朝霞が「興味を持っている」ことを断定しない。一応、これはこの不条理な世界のルール上許されるようだ。今後こういった鎌かけの必要が出てきたら、このパターンもありだろう。
情報の扱いが、かなりシビアとなるので、積極的なアクションが必要な場面に限られるだろうが。
「ちょっと、何の話よ、いきなりペンギンって……」
栄川が喋りかけたので、手を上げて制した。こいつは言葉を発することで、無理やりにも場を支配してしまう。俺は朝霞をじっと見た。まだ朝霞はジト目に戻っていない。
「良ければ、他に朝霞が興味あるものを教えてくれないか? コミュニケーションの一環としてだが」
「さあ、何だろうね?」
答えは、はぐらかされたが、ようやく二語文を引き出すことができた。とりあえず一歩前進できただけでもOKだろう。
俺は栄川を制していた手を下ろした。
「よく分からないやり取りだね。まさか、僕の知らないプロトコルの暗号?」
佐竹が言った。あながち間違いではない。良い勘をしている。
ガラッと教室のドアが開いて、2年の生徒会メンバーと、物理の小宮ステラ先生が入ってきた。
「諸君、待たせたな。私が生徒会顧問だ。今後よろしく頼む。今日は、各自の自己紹介と今年度の活動概要についての説明だ。では、早速互いに自己紹介を行なってくれ。2年は所属している部活、1年は所属したい部活でも言ってくれたまえ」
小宮顧問は手際良く指示を出す。2年メンバーは会長と書記が男子生徒で、副会長と会計が女子生徒だ。
俺たちは席に着いた。まずは2年からだろうという空気が流れる。会長が口火を切った。
「俺から行くぞ。2-Bの
ザ・爽やか系。サッカー部っぽい。でもチャラくはなさそうだ。目を見れば分かる。
「わたくしは、2-Aの
ザ・お嬢様系。そんなに大袈裟な
「同じく2-Aの
親戚か。多少やりやすくなるかもしれない。栄川実乃理に似て、ハキハキしている。
「2-C、
桑島までではないが、全体的に身体つきが、がっちりしている。陸上の何の競技だろうか。何となく、砲丸投げっぽい。
1年のターンだ。順当に会長補佐からだろう。
俺は朝霞を見た。流石の朝霞も口を開こうとしているところだった。
俺の目の奥に鋭い痛みが走った。
「痛いッ」
「大丈夫でしょうか?」
上坂副会長が声をかけてくれた。
「大丈夫です、すみません」
これは例のやつだろう。願わくば、前回のみで終わってくれと思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。これからの人生、俺はこの不条理を持病のように患って、生きなければならないのかもしれない。
ただ、一度経験済みなので、そこまで狼狽えも驚きもしなかった。またかと意気消沈はするが、前回通りであれば、答えはきちんと存在し、しかも身近にあるはずだ。
今の場合だと前回より多少分かりやすい。まさに朝霞が発言しようとした瞬間だった。「手の届く範囲」という意味で、まずは朝霞が絡んでいるとの考えが優先されるだろう。朝霞の発言に注意しなければならない。
「1-Aの朝霞結衣乃です」
これだけだった。今まで聞いた中で最も長い文章だったが。
「朝霞は入りたい部活あるのか? お前だったら、ちゃんと3年間やれると思うぞ」
小宮が突っ込んだ。朝霞はジト目をしていたが、沈黙せず答えた。
「美術部です」
そこそこ意外な回答だ。朝霞は絵を描いたりするのだろうか。しかし考えてみたら、改造しまくっている制服も、その方向なのかもしれない。
次の栄川実乃理は、まだ決めていないが、合唱に興味があるとのことだった。スピーチ部とか、ディスカッション部とかあれば無双できそうだが、残念ながらそういった部活は存在しない。
俺の番だ。ここで希望する部活を言うことが、ループに影響する可能性がある。しかし考えてみると、あくまで希望であって実際に所属するかどうかは別なのだから、そこまで神経質にならなくても良いのかもしれない。
「1-Aの神楽啓介です。中学のときは部活動に所属していませんでしたが、今はオーケストラが気になっています」
「ほう、何か楽器の経験はあるのか?」
砂山先輩から質問を受けた。
「ありません。ただ、友人情報だと初心者OKということだったので」
「そりゃあ、常に人手不足だから、初心者OKにせざるを得ないだろうね」
これは戸田会長のコメントだ。
佐竹は絶対に退学したくないので、部活には所属しないとのことだ。そこに相関関係はないような気もするが、実際のところどうなのか、気にはなる。
その後、小宮顧問より、生徒会活動に関する説明を受けた。基本的には一般的な生徒会と変わらず、行事や部活の運営を総括するということだ。俺たち補佐は、今年一年の間、先輩の仕事を手伝い、来年に活かす。
ものすごく普通だ。普通すぎて安心する。
当面は、10月に催される、いわゆる「幕祭」の事前準備が仕事になりそうだ。夏季休暇も挟むことを考えると、そこまで猶予はない。これについて、再来週の6/18の放課後、生徒会室で会合が開かれることが決定した。
会合が終わり、俺は廊下を歩いていた。
ここで一度考えた方がいいだろう。もちろんループの脱出条件についてだ。対象が朝霞だと仮定して、俺は今回何をすればいいのだろうか。前回のように人命に関わる出来事が発生して、それを阻止すればいいのか? しかし、そんなルールになっているかは、明確でない。まだ1度しかループ脱出の経験がないのだから、言及のしようがないだろう。
人命が関わる場合は、俺の身にも危険が迫ることがあるので、あまり考えたくはない。だが、否定も肯定もできない以上、朝霞の様子を見て臨機応変に対応するしかない。
ループの起点についてはどうだろうか。
前回はループ起点が入学式当日であり、俺はその翌日に、倉本ひかりと瀬川洋平に勉強会の提案をした結果、事故を阻止するという分岐を選択することができた。もしかすると、ループ起点の
アクションという観点で考えると、俺は現時点で、朝霞の連絡先すら、まだ知らないことに気づいた。この高校では、すぐに人が減るので、基本的にクラスなど大きな単位でのグループチャットは作られない。
朝霞は特に、こちらから働きかけなければならないキャラクターをしている。早急に連絡先を入手する必要がある。先ほど別れたばかりだから、まだそのあたりにいるはずだ。
俺は急いで靴を履き替え、朝霞を探しながら校門に向かった。連絡先の交換は、今日でなくてもいいのかもしれないが、早いに越したことはない。
校門を出て少し離れたところにバス停があり、ちょうどバスが到着していた。朝霞はそのバスに乗り込む瞬間だった。大声を出せば呼び止められるかもしれないが、流石に往来のなかでそれは厳しい。結局、バスのドアは閉まり、発車してしまった。
その途端、
まるで待ち構えていたかのように、俺の視界の端は黒くなった。
急速に中心まで侵食していき、同時に睡魔も襲ってくる。俺は言葉も発することもできず、その場に倒れ込んだ。
すべて真っ黒になった。
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