EX-piration!!

丸三角 四角

1章 達成度考査 編 01

 問う。俺は誰だ?


 テンプレートのような桜吹雪が終わりを告げ、葉桜がそこらじゅうに溢れている4/9の月曜日、俺は東京湾沿岸にある私立幕張学園高校の硬質な校門の前に立っていた。

 一応、今日からここの学生ということになっている。一応という断りが入るのは、この高校特有の事情があるからだ。

 周りには同じ新入生と思しき、初々しくも緊張感に満ちた顔つきの人がちらほらいて、お互いがお互いの品定めをしているように見える。


 校門を通り過ぎてすぐに設置されている、デジタルサイネージに表示されている案内に従って、皆々入学式の会場である体育館に向かっているようだ。

 同じ中学出身と思われる人の塊もあるが、俺のような一匹狼のほうが多数派のようで、だいたいは離れすぎず近づきすぎずの距離感を保っている。まるで原子のようだ。

 俺は、念のため新入生の中に見知った顔が無いことを横目で確認しつつ、人の流れに乗って体育館まで向かった。


 私立幕張学園高校は、関東圏で今日では珍しい附属中学を置かない形式の共学の超進学校だ。その圧倒的な進学実績と卒業後の紐帯を求めて、全国各地から精鋭が集結し、入試の倍率は平均で10倍、高い年度だと15倍まで跳ね上がる。こういった事情のため、中学を設置して囲い込むようなことは必要がない。

 入試に中学校の範囲外の内容は出題されないが、どの教科においても、とにかく高度で粘り強い思考力が要求される。

 また、この学校における入試の突破は、華々しい高校生活のスタートですらなく、いわばスタートを切る権利である。というのも、入学して2ヶ月間で通常の高校3年間の全ての課程が終了し、5月末に主要5科目の達成度考査が実施され、その試験で1科目でも8割の得点を下回ると退学が決定してしまうからだ。

 このシステムは、教育関係者からは「二段構えの入試」と呼ばれている。それゆえ、大抵の入学者は遅くとも中学の間に、高校の課程は終えている。


 早い者では、小学校高学年の時点で高校の範囲に手をつけ始める。

 実際のところ、俺はこのパターンだ。小学5,6年の時、周りの中学受験組がせっせと難関と言われる中学の過去問に取り組んでいる間、俺はひたすら高校数学と高校物理に取り組んでいた。この思い切ったスパルタ式教育が功を奏し、私立幕張学園高校は極めて良好な進学実績を保っている。

 このあたりは学校のパンフレットに余す所なく記載されている。


 今年の新入生は120人程度。4クラスなので概ね1クラス30人だ。

 改築されたばかりの体育館にずらりと整列し、入学式の開始を待っている。新入生は前半分を占め、2,3年生は2学年で後ろ半分を占める。上級生は隙間が多い。このあたりにも、この高校の厳しさが色濃く現れている。


 新入生の雰囲気を見るに、ゴリゴリに勉強漬けになってきたはずの奴らの割には、意外にも皆々コミュ力が高そうで、他愛もない会話から勉学に関する会話まで、会話の洪水が俺の周りで起こっている。

 何せたった2ヶ月で退学するか否かが強制的に決定するような学校だ。何事にもおいても肝っ玉が座ったやつらが集まっているに違いない。

 新入生が騒がしい一方で、上級生は静かなものだ。

 俺は喋るのは決して不得意なわけではないが、どうやら初対面だと話し相手として選択されにくいオーラを放っているようで、特に誰からも話しかけられることなく、壇上を見上げながら立っていた。

 しばらくすると、女性教師の1人が壇上でマイクを持ち話し出した。若いが厳格そうな丸眼鏡の教師だ。


「静粛にしなさい。ただいまより本年度の入学式を開始します。まずは本校オーケストラ部による、新入生歓迎の演奏となります」


 その教師は、隅に控えていた年配の指揮者に合図を送った。それと同時に学生により組織されたオーケストラが演奏を開始した。

 俺はクラシック音楽に明るくないので曲名は分からないが、荘厳で煌びやか、という言葉がぴったりの曲だ。ゆったりとしたテンポで、バイオリンやトランペット、トロンボーンなどの楽器がずっしりとしたサウンドを作っていく。


「今年はワーグナーの学年か。正に我々に相応しい……」


 横の列に並んでいた他クラスの男子生徒がぼそっとつぶやいた。そうか、これはワーグナーの曲なのか。ワーグナーという名前は聞いたことしかなかったが、色々な楽器の音を大胆に混ぜ合わせて一つの音の塊を作っているようなところは好印象だった。今年は、ということは、毎年異なる曲が選ばれているのだろうか。

 曲は少しセンチメンタルなシーンや、リズミカルなシーンを挟みながら進行し、最後はまた冒頭の荘厳さを演出して終わった。演奏時間は、だいたい10分くらいだろうか。


 全校生徒による盛大な拍手のあと、壇上に校長が上がった。パンフレットに載っていたので、姿は見覚えがある。目が小さく鉤鼻で白髪の長身である。厳しさを擬人化したらこのような形になるのではないかという身なりだ。

 校長は壇上から静かに10秒ほど周りを見渡した後、話し始めた。


「手短に済まそう。諸君、入学おめでとう。しかし、皆承知のとおり、これは本当の入学とは程遠い。各自、真の入学を果たせるよう準備を怠らぬように」


 校長からのメッセージは非常に簡明だった。すぐに居なくなる生徒がいるからかもしれない。

 入学式に出席している上級生のボリュームをざっと見てみると、概ね0.7掛けくらいになっているように思われる。とすると単純計算で120×0.7^3=40人程度が実際に卒業までこぎつけられる人数なのだろう。1クラス強の人数だ。決して多いとは言えない


 その後、モニターを使用して、学校の施設や行事の紹介が形式的に行われた。ただ、この場にいる新入生の多くは、現状6月以降のイベントには興味を抱くことが難しいだろう。

 新入生の誰しもが、気もそぞろな状態で入学式は終了した。


 校舎は「コ」の字となっており、「コ」の文字の先端部分において、渡り廊下を通じて体育館と接続されている。クラスの教室はいずれの学年も1階にあり、1年の教室は「コ」の縦棒にあたる部分にあるので、体育館からは最も遠い。


 入学式を終えた生徒たちは体育館の2ヶ所の出口から、それぞれの教室まで向かった。俺は1-Aだ。


 1-Aの教室の黒板に、各自の席の割り当てが記載されていた。窓際の先頭から五十音順のようだ。

 教室に到着したクラスメートの間では、やはり2ヶ月後の試験の話で持ちきりだった。ここに入学する者は全てその点を了承して入ってきているわけだが、非常にクリティカルな結果をもたらす試験だから、無理もないだろう。俺としても、最近の傾向等の情報はできる限り集めておきたいと考えている。

 ひとまずは、自席の周りから情報網を広げていくスタイルが良いだろう。


 俺の席は教卓の目の前である。

 後ろの席に座ったのは、茶色かかった髪色のボブカットの女の子だ。姿格好から判断するとスタンダードに清楚という印象だ。何となく話しかけやすいような、というより話しかけたくなるような雰囲気を感じる。

 この女の子も2ヶ月後に残っているかどうかは不明だが、この時間、誰とも話さないでいるのも勿体無い。とりあえずでも話して関係構築しておこうと思い、後ろを振り返った。


「俺、神楽って言うんだ。神楽啓介。よろしく。名前はなんて言うんだ?」


「わたしは倉本ひかりだよ。よろしく」


 声のトーンは思ったより落ち着き目だ。聞いていてストレスにならない中音域。

 会話はここで途切れてしまいそうだ。話しかけた手前、無難な話題をこちらから提供しよう。


「よろしく、倉本。ここに入学するからには分かってたことだけど、やっぱり達成度考査不安だよな。何と言っても1科目でも基準点未満なら一発で退学なんだから。そんなところ全国津々浦々探してもここしかない」


「そうだよね。やっぱり結構不安かも……。一応高校の範囲はさらってきてるけど、周りはそんなの当たり前って感じだよね。偏差値で切られるわけじゃなくて点数で切られるわけだから、みんなの事情は関係ないんだけど」


「確かに。幸い、この試験は基本問題にウェイトが置かれるらしいから、気負わず受けたら何とかなりそうが、8割ってのがな……」


「そうそう、科目と問題数にも寄るけど、5問間違えたらもう危ないよね。わたし結構ポカミスしちゃうからなぁ……」


「せっかくここまで来て、ケアレスミスで退学になったら、後悔してもしきれないよな」


 そのとき、教室の扉を開けて教師が入ってきた。クラス担任だろう、30代半ばと思しき日焼けした短髪の男だ。肩幅はがっしりしていて、学生時代にアメフトやラグビーをやっていた姿を想起させる。


「よーし席につけ。ホームルームを始める」


 何となく核となりそうな生徒の周りで談笑していた生徒たちは、ばらばらと自分の席に戻った。


「1-A担任の桑島孝治だ。これからよろしく。と言っても、この中の数名は2ヶ月という短い付き合いになるだろうがな」


 桑島はクラスの最大の関心事に、いきなり直接的に切り込んだ。生徒の関心が一気に桑島の発言に集中するのを感じる。


「良い集中だ。そうだな、お前たちが一番興味のあるところから単刀直入に話そう。事務連絡は後だ。今聞いても頭に残らないだろうからな。もちろん2ヶ月後の達成度考査についてだ。

 目的は非常に明快だ。真に優秀な生徒を選抜し、本校が誇る卓越した教育を施すためだ。世間ではペーパーテストが能力の全てではないと言われて久しい。その評価は的を射ている面もある。が、過去より連綿と受け継がれ、改良を加えられてきた教育課程のペーパーテストは、自分の知らない概念を捉えて運用する力を測るのに最も適切である、というのが本校の見解だ。無論、知識を吸収することは前提だがな。

 実社会ではそういった能力のウェイトが大きくなく、身体能力であったり、感性であったりが重視される場面もある。しかし、本校が輩出する生徒に求めるものはそれがメインではない、とだけ言っておく」


「実は私も本校の出身だが、私の学年は非常に出来が悪かったのでな、卒業に漕ぎ着けたのは私を含めてほんの8人だった。この学年がそんな惨事にならないことを願うばかりだ。

 この話を聞くと、我々は容赦しないことが分かるだろう。この逃げ道の無い厳しさは、どの年においても共通している」


 悲惨な結果になった学年があるという噂は聞いていたが、当事者から直接聞くと言葉の重みが違った。それは本当に起こり得る未来なのだと。

 息を飲む音が聞こえる。


「さて、実際の話に移ろう。お前たちが受ける達成度考査は、5/31の木曜日に実施される。

 試験科目は、具体的には5教科7科目となる。国語・数学・英語・理科・社会で、理科は物理と化学に分かれ、社会は地理と世界史に分かれる。国語は、一つの試験の中に現代文・古文・漢文が入る。範囲は一般的な高校教育課程の全範囲で、試験は全てマーク式だ。

 試験時間は科目により異なる。例えば国語は1時間だが、世界史と地理は30分ずつだ。

 知ってのとおり、いずれか1科目でも8割を下回ると、残念ながら退学となる。ここには一切の救済措置はない。繰り返すが、一切の救済措置はない。例外もない。当日のテストの点数が全てだ。

 これだけ強調しても例年、季節外れのインフルエンザに罹患し、試験を受けられなかったという申し出があるが、そういった事情も含めて、再試験等は受け付けない」


 クラス中が静まり返っている。

 他クラスも同様の説明を受けているようで、廊下から教師の声が嫌に大きく聞こえてくる。


「こういう説明をすると、人との接触を避けるため、試験まで必要最低限の授業のみ出席し、あとは欠席する輩が現れるが、それはお勧めしない。

 統計情報が欲しければやるが、今までの傾向上、引きこもりを選択した生徒ほど試験に失敗し、除籍される率が高い。引きこもるとペースや緊張感が保てなくなるのかもしれないな。我々もプロだ。授業は有用なものを提供することを約束しよう。というわけで授業には極力出るように」


 桑島は一息ついた。が、生徒たちは微動だにしない。桑島は続けて話し始めた。


「また、この試験はお前らの情報戦を引き起こすことを意図していない。

 そもそも、これは他人を蹴落とすための試験ではない。純粋に、この高校に相応しい能力を有するかを測定するための試験だ。学校側も無意味な妨害によって、有能な人物が落とされるのは不本意だ。そのため、試験全般に関する妨害行為は即退学とする。

 これも時々あるが、個人的な怨恨などで他の者を陥れようとする行為が発生する。その者が試験の妨害行為をしていると吹聴したりしてな。その場合、双方に厳正な調査が入ることになるから覚悟しておけ。

 また、教師を買収しようとしても無駄だからな。ここの教師は全員本学の出身者だが、不正行為が露呈すれば卒業資格が剥奪される契約となっている。そんなリスクを冒す教師はいないと断言しておく。俺も含めてな」


 桑島はじろりとクラス中を睨みつけた。数秒間、俺たちの値踏みをするかのように見据えていたが、ふっと目の力を抜いた。


「色々言ったが、とにかく純粋にお前たちの学力を測りたいがための試験だ。それを肝に命じてほしい。たとえ今回、無理やり捻り出した搦手で乗り切ったとしても、次が続かないだろう。正々堂々と立ち向かってくれ。

 後ほど、この入学後の達成度考査の過去問を全て配る。大いに活用して、1人でも多く試験を突破してくれ。人数が減ると学生生活も楽しくなくなるだろう?俺は最後の方あまり楽しくはなかったぞ。勉強会を組織するも良し、個人的に教え合うのも良し、乗り切れるような工夫を凝らせ。ここまでで何か質問はあるか?」


 あの良いですか、と、俺の右隣の男子生徒が手を挙げた。桑島は名簿を確認した。


「瀬川洋平か、何だ?」


「一応お聞きしますが、点数調整みたいなことはあるんですか?」


「この試験には点数調整は一切ない。したがって、今回の試験で言うと、例えば国語の点が8割に届かないやつが多いと、他の科目の成績が良くても、一気に人数が減ることもありうる。6月からこのクラスは5人などということにも成りうる」


「試験には関係ないことですが、いいですか?ここは私立高校なので営利団体だと思うのですが、そういった場合、学校の運営は大丈夫なんですか?」


「この学校の運営費用の大部分は、この国の行く末を憂うる、とある資産家集団のプール金によって賄われている。よって、何人退学しようが、運営上問題は生じない」


 桑島はすらすらと、しかし無機質に説明した。

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