第4章 監査任務と冒険者

 ブレイウッドの砦内にある会議室。この場所は主に砦の方針に関わる重要な話し合いを行う際に用いられる。


 そして現在、会議室には司令官であるレオを筆頭にして、バーガーとスミスの3人が集結していた。


 この砦には近隣エリアの防衛等を始めとして、いくつかの役割が存在しているが、その中でも特に重要なものが2つ課されている。


 そのうちの1つがシルエットメイル等の最新装備の試験運用と評価である。評価結果を王国の騎士団に提出することにより、今後の組織内における装備の開発並び配備計画に活用する予定である。


 そしてまた、もう1つの重要任務がグランド王国に所属する冒険者ギルド、並びに冒険者達の監視である。


 現在、グランド王国は冒険者達を積極的に支援する施策を行っている。しかし、野放図に支援を行う訳にはいかない。だからこそ、冒険者達が適切に活動を行っているか、並びに冒険者ギルドの運営が適正に行われているかを監査する必要があるのだ。


「今回の監査相手は冒険者パーティーのスパークファングだ」


 紙の資料に目を遣りながら喋っているレオ。一方、バーガーとスミスの2人は上官から配布された資料に目を通している。


 スパークファング。グランド王国に所属する冒険者パーティーの名称である。結成後、数年で上級パーティーになった実績を持つ。


「このパーティーは……」


「ああ、少し前にメンバーが2人脱退している」


 丹念に資料を読み込みながら口を開くバーガー。同じく資料を読んでいるスミスが彼の言葉を引き継ぐ。


 渡された資料によれば、数ヶ月に1人の男性魔道士がスパークファングを脱退し、その直後に彼を慕う女性魔術師が脱退している。


 その後、スパークファングはメンバー補充を行うものの、すぐに辞めてしまう有様である上、依頼も立て続けに失敗しており、冒険者パーティーとしての信用を失っている状態にあると記されていた。


「恐らく、最初に脱退した魔道士頼りのパーティーだったんだな」


「間違いなくそうだろう」


 資料を読み込み終えた後、率直な感想を漏らすバーガー、スミスがそれに同調する。なお、2人揃って呆れ顔の表情をしている。


「しかも、連中は落ちぶれかけているにもかかわらず、脱退したメンバーの有り難みを分かっていないときた……相当ヤバいパーティーだぞ」


 さらにレオが駄目押しの言葉を付け加える。部下達と同様に彼もまた、スパークファングの有り様に嘆息していることは言うまでもない。


「ともあれ、奴等も短期間でのし上がってきた上級パーティーだ。一応であるが、こちらとしても様子を探ってみる必要がある」


「……」


「……」


 レオの言葉を黙って聞いているバーガーとスミス。いくら、ヤバいパーティーであるとはいえ、上層部からの指示である以上、きちんと監査しなければならない。


「それでは頼む」

「「了解!」」


 レオからの念押しに返事をするバーガーとスミス。その後、2人は足早に会議室から出ると、監査任務の準備を行うため、武器庫へと足を運ぶのであった。



 グラント王国の首都アムズの地下水路。遥か昔、この場所は浸水した地下ダンジョンであり、凶暴なモンスター達が跳梁跋扈する危険地帯であった。


 しかし、グランド王国成立後、長い時間をかけて地下水路が整備され、現在ではアムズに住む人間達にとって欠かせない重要なインフラとなっていた。


 そして現在、地下水路の一角に男女3人組パーティーの姿があった。彼等こそが冒険者パーティーのスパークファングである。


 まず1人目であるが、高慢な雰囲気と金髪が特徴的な男であった。彼の名前はグレッグ・テイカー、スパークファングのリーダー兼剣士である。


 次に2人目であるが、隆々とした筋肉が印象的な大男であった。彼の名前はドリュー・アンダーソン、パーティー内では前衛を担う戦士である。


 そして3人目であるが、長い髪が印象的な糸目の女性であった。彼女の名前はマーリン・ブルックス、パーティー内では回復役を担う僧侶である。


「まじぃ……もっとマシなものはないのかよ」


「言うな。カツカツなのは知っているだろ?」


 貧相な食事について不満を漏らすドリュー、対するグレッグは何とか宥めようとしている。今、彼等の食べているものは安物の干し肉であり、保存が利いて便利な反面、食感や味わいは微妙な代物であった。


「まぁまぁ、2人共、落ち着いてください」


 横から諭すような口調で話しかけてくるマーリン。ただ、彼女の物言いはどこか上から目線であり、相手を対等な立場と見なした話し方ではなかった。


「これもあいつ等が勝手にやめていったせいだ!」


「そうだそうだ」


「グレッグの言うとおりですよ」


 去っていった仲間達のことを口汚く罵るグレッグ。彼の発言にドリューとマーリンも追随する。その後も既に去っていった仲間達に対する悪口は延々と続くのであった。


 スパークファングが食事休憩をしている間、彼等のことを観察している者達がいた。監査任務に就いているバーガーとスミスだ。


 余談であるが、2人は万が一の事態を想定して、それぞれシルエットメイルとスナイプメイルを装備している。


「随分と暢気なもんだな」


「全くだ」


 スパークファングの様子を眺めつつ、溜め息交じりに漏らすスミスとバーガー。依頼の最中であるにもかかわらず、彼等には緊張感というものがまるで感じられない。


 食事休憩後、アムズ地下水路内の探索を再開するスパークファング。水路内は迷路のように入り組んでおり、当然のことながら探索は一筋縄にはいかない。


 どれほどの時間、地下水路内の探索を行っているのだろうか。スパークファング達はあるものと出くわす。


「あれは?」


 目の前に現れたものをまじまじと眺めているマーリン。彼女の前には今、地下水路の壁に生じた穴が見えていた。


「あそこだ!あそこに何かあるにきまっている!」


「そうだな!」


 壁に生じた穴を発見した途端、歓喜の声を上げるグレッグとドリュー。既に依頼を達成した気分である。


 そして、スパークファングの面々が壁に生じた穴に乗り込もうとしたとした時であった。何者かが不気味な穴の中から姿を現す。


 地獄の裂け目とも形容できる壁の穴から出現した者、それは人の姿をしていながらも魚類の特徴を色濃く残す怪物であった。


 このモンスターの名前はマーマン、その名前が示すとおり、人と魚類の特質を有した不気味な怪物である。


 しかも、スパークファングの前に現れたマーマンの数であるが、単体ではなく複数体による群れを形成していた。


「いくぞ、ドリュー、マーリン!俺達の力を見せつけてやるんだ!」


「おうさ!」


「勿論です」


 グレッグからの呼びかけに対し、威勢よく返事をするドリューとマーリン。この時、彼等の表情は自信と余裕に満ちており、マーマンの群れに勝って当然と言わんばかりであった。


 アムズの地下水路を舞台に開始される戦闘。依頼達成と息巻くスパークファングに対し、マーマン達の方は無言で待ち構えている。


「このおっ!!」


 眼前のマーマンに向かって、剣による縦垂直の斬撃を見舞うグレッグ。これで相手を仕留めた。少なくも彼にはそうした確信があった。


 ところが、グレッグの斬撃はマーマンの身体を切断することはなかった。モンスターの固い表皮が彼の剣を受け止めたのである。


「なっ!?」


 眼前のマーマンに自慢の攻撃を防がれ、驚きを隠せないでいるグレッグ。同時に彼の中で焦りの感情が込み上げてくる。


「これでどうだっ!?」


 今度は大斧で攻撃を仕掛けるドリュー。しかし、大ぶりの攻撃のためか、マーマンにあっさりと避けられてしまう。


 それだけではない。マーマンは攻撃を避けた後、ドリューに拳を打ち込む。そして、怪物の攻撃は彼の腹に命中する。


「うぐっ!?」


 腹に強烈な打撃を貰ってしまうドリュー。当たり所が悪かったためか、その場で動けなくなってしまう。


「マーリン、回復魔法の準備をしろ」


「分かりました」


 グレッグからの指示を受けて、回復魔法の呪文を唱え始めるマーリン。しかし、魔法が発動するまでには一定の時間がかかる。


「滅茶苦茶だ」


「ああ、まるで戦い方がなっていない」


 スパークファングの戦いを目の当たりして、唖然としているバーガーとスミス。彼等の戦い方はただ突っ込むばかりであり、連携や作戦といったものがまるでない。これでは駆け出しの冒険者とさして変わりがない。


「……」


 監査対象が苦戦している中でも傍観に徹し続けている2人。その時、バーガーの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。


 それは騎士団の特務隊に所属していた頃の記憶。目の前に押し寄せてくる敵、懸命に応戦するバーガー達。そして、力尽きて次々と死んでいく戦友達。


 戦友達の死に際して、何もすることができず、無力感に苛まされるバーガー。次第に彼は居ても立ってもいられなくなる。


「っ!」


「あ、待て!」


 気がつけば、その場から駆け出しているバーガー。隣のスミスが慌てて呼び止めようとするが、彼の動きが止まることはない。


「全く……でも、こういうのは嫌いじゃないぞ!」


 やれやれといった様子だが、どこか嬉しそうな表情のスミス。そのまま彼も先に行く同僚の後を追うことにするのであった。


 厄介なマーマンの群れによって次第に追い込まれていくスパークファング。このまま戦闘を続行することは不可能な状態であった。


「くっ!」


 迫りくるマーマンを前に顔を顰めるグレッグ。最早、こちらに成す術はないのか、そう思った時であった。


 次の瞬間、何者かがグレッグの横を通り過ぎたかと思えば、同じタイミングでマーマンが後方へと吹き飛んでしまう。


 気がつけば、グレッグの目の前には1人の武装した騎士が立っていた。鋭角的なデザインの鎧、星の文様が刻み込まれた盾、腰の洋刀が印象的である。


 それだけではない。騎士の傍には同じく武装した弓兵の姿もあった。長弓が特徴的である。


 そしてまた、騎士と弓兵の装備する鎧の首元部分には、竜を模ったGの文字が刻み込まれていた。これはグランド王国の騎士団に所属することを示すエムブレムであった。


「全く突っ走り過ぎた」


「すまない」


「まあ、いいさ。まずはあのモンスター達を叩くぞ」


「了解した」


 マーマン達と相対する中、手短に会話を済ませる弓兵と騎士。そう、この場に現れたのはバーガーとスミスであった。



 バーガーとスミスの介入で仕切り直される戦闘。呆然としたスパークファング達が眺めている中、2人はマーマンと戦うべく行動を開始する。


 長剣とライトシールドを構えた状態で立ち塞がるバーガー。対するマーマン達もまた、相手の技量を察知しているのか、その場から動こうとはしない。


「そこっ!」


 相方のバーガーが敵を釘づけにしている間、構えた長弓から番えた矢を射出するスミス。風のような刹那の後、矢は1体のマーマンに命中する。しかし、これだけで彼の手が休まることはない。


 さらにスミスは弓に矢を番えては射出する行為を繰り返す。彼の動き迅速かつ正確であり、精密機械のようでもある。気がつけば、マーマン達の身体にはいずれも彼の矢が刺さっていた。


「今だっ!」


 長剣とライトシールドを構え直した後、マーマンに向かって接近するバーガー。スミスの攻撃で弱った今こそ、仕掛ける絶好のタイミングだ。


「蒼雲斬!」


 握り締めた長剣でマーマン達に斬撃を見舞うバーガー。その途端、モンスター達は次々と切り刻まれていく。


 蒼雲斬。グランド王国の騎士団に伝わる剣術技であり、1度の斬撃で複数の敵を斬ることができる効果があった。しかし、当然のことながら習得には、相応の技量と経験が要求される。


 スミスとバーガーのコンビネーションにより、次々と倒されていくマーマン達。地下水路の戦闘は2人の騎士の活躍で無事に集結するのであった。



 マーマン達の脅威が去った後の地下水路。バーガーとスミスの2人はスパークファングの面々と対面していた。


「横槍を入れてきて一体何なんだ!?」


 生命を助けてもらっておきながら、バーガーとスミスに食ってかかるグレッグ。彼にしてみれば、余計な手出しをされたと感じているのだろう。


「でも、あのモンスター達に対処できていなかっただろう?このまま戦っていたら危なかったぞ」


 グレッグの抗議をものともせず、逆に諭すような口調で語るスミス。この時、彼は目の前の相手が身の程を分かっていないことを悟る。


「それは今日たまたま調子悪かっただけだ」


「たまたま調子が悪かっただって?戦いを運任せにするな」


 ドリューの言い分をバッサリ切り捨てるバーガー。彼にしてみれば、相手の苦しい言い訳にしか聞こえなかった。


「戦いが運任せでないのなら、どうして腰の刀を使わなかったんですか?馬鹿にしているんですか?」


 バーガーが腰に架けたネオンサーベルに視線を落としつつ、怒りの表情と共に話しかけてくるマーリン。先程の戦闘で彼は洋刀を使用することはなかった。手加減した状態で戦っていたと思ったのだ。


「……いや、馬鹿にはしていないさ」


 マーリンの問いに歯切れの悪い口調で答えるバーガー。このネオンサーベルは諸事情で無闇に使用することができない代物なのだ。


「それじゃ何だというんですか?単なる力の見せびらかしですか?」


「いや、どういう理由があれ、人が死んで欲しくなかっただけだ」


 なおも噛みついてくるマーリンに対し、バーガーは俯き加減で語る。重たい口調で語られる言葉、しかし、それは紛れもなく彼の本心でもあった。


 その後、アムズの地下水路を後にするスパークファングの面々。別れ際のムードは何とも気まずいものであった。


 監査任務の後、ある場所の前に立っているバーガーとスミス。彼等の視線の先にあるもの、それは地下水路の壁に生じた穴である。


「これはまずいな」


「ああ、一旦、封鎖しておく必要があるな」


 神妙な面持ちで言葉を交えるバーガーとスミス。スパークファングを監視している間、彼等の穴からマーマン達が出現する一部始終を見ていた。


 このまま放置しておくことはあまりにも危険過ぎる。早速、バーガーとスミスは事後処理に移るのであった。



 王都アムズの冒険者ギルド。グランド王国内に設置された冒険者ギルドの中でも最大の規模である。


 冒険者ギルドの受付。この場所では現在、スパークファングの面々が受付嬢と対面していた。


「それで依頼は失敗したと」


 グレッグからの報告を聞いて、呆れた口調で話している受付嬢。これまでスパークファングが何度も依頼に失敗しているのを見てきた。


「ぐっ!」


 受付嬢の物言いに不快感を露わにするグレッグ。すると急に目の前の相手はカウンターから何かを取り出す。


「確かに依頼は失敗しましたが、今回は特別にこちらをお渡しします」


「これは?」


「国からの特別協力金になります」


「国から?」


 受付嬢の説明に鳩が豆鉄砲を食らったような表情をするグレッグ。依頼達成して初めて金銭的な報酬が得られる。これは冒険者家業での大前提である。


 ただ、グレッグには心当たりがあった。地下水路でマーマン達を一蹴した2人組の男達。彼等と何か関係があるに違いない。


「そうそう、皆さんは王国騎士団の方と接触しませんでしたか?」


 受付嬢からの言葉を聞いて、記憶の糸を急いで手繰り寄せるグレッグ。先程、思い出した2人組の男達、彼等の鎧には王国騎士団の証あるGのエムブレムが刻み込まれていた。


「老婆心ながら言っておきますが、騎士団の中には冒険者達を監視することを任務とした方々もいます。くれぐれも注意した方が良いですよ」


「何だって!?」


 受付嬢から言われて驚きの声を上げてしまうグレッグ。その場にいるドリューとマーリンも同じく驚きを隠せない。


 その後、冒険者ギルドの受付を後にするスパークファングの面々。彼等の表情は実に複雑なものであった。



 ブレイウッドの砦の指令室。バーガーとスミスの2人は今、アムズ地下水路での監査任務の報告を行っていた。


「それで監査対象であるスパークファングを助けるため、地下水路でマーマン達と戦闘を行ったと?」


「相違ありません」


「はい」


 部下から提出された報告書を読んだ上、口頭による聞き取りを終えた後、改めて事実の確認を行うレオ。彼の言葉をバーガーとスミスはそれぞれ肯定する。


「王国の騎士としては軽率だな。しかし、人命救助とあっては仕方がないな」


 部下達の行動を批判しつつも肯定するレオ。確かに騎士にとって任務遂行は何よりも優先するべき重要事項である。


 しかし、それはあくまでも騎士団内における規範に過ぎない。生命より重要なものが他にあるだろうか。少なくともレオはそう考えていた。


「それよりもバーガーよ、お前、シルエットメイルで突撃をしただろ?」


「はい」


「その件でエミリがカンカンに怒っていたぞ」


「そうですね」


 部下との聞き取りの中、憂鬱そうに溜め息を吐いているレオ。一方のバーガーは申し訳なそうに返答する。


 シルエットメイルは機動力を獲得するため、軽量化を施しているであるが、その分だけ通常の甲冑よりも耐久力が落ちている。このため、強烈な衝撃等が加われば、本体が痛む危険性があった。


「バーガー、お前には始末書の提出、さらにトールとエミリの手伝いを命じる」


「了解しました」


 ブレイウッドの砦の指令として部下に処分を下すレオ。バーガーもまた、素直にそれを受け入れてみせる。


 その後、バーガーは作成した始末書を上官のレオに提出し、任務の傍ら武器庫での整備作業にも従事するのであった。


 そしてまた、バーガー達の報告で一時的に封鎖措置が施されることになったアムズの地下水路の一画。この場所が後にグランド王国の存亡に関わる重要地点になるとは今は誰も知る由がなかった。

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