第3章 王と家臣達
西方大陸の一角を占めるグランド王国。国土の多くが山林で占められ、凶暴なモンスター達の蠢くダンジョンがいくつも存在する。そしてまた、この王国は他国とは異なる独特の歴史を歩んできた。
その昔、グランド王国は悪魔に支配された土地であった。絶大な力を保有する悪魔は魔獣達を配下とし、さらには数多くのモンスター達を従えてきた。
まさしく暗黒の力に閉ざされた土地。人間達がこの場所で生活することは不可能であった。また、近隣に住む人々達もまた、悪魔の侵攻に怯え続ける生活を余儀なくされてきた。
苦悩の日々が続く中、凶悪な悪魔に立ち向かう者達がいた。1人目は先陣を切って敵に立ち向かう屈強なる戦士、豊富な知識と魔術を巧みに使いこなす2人目は賢者、そして3人目は卓越した剣術とリーダーシップを併せ持つ勇者であった。
暗黒の土地を解放するため、悪魔に戦いを挑む勇者達。勇敢な彼等に刺激される形で人々も立ち上がる。やがて、多くの犠牲を払いながらも、彼等は多くのモンスター達を討伐し、ついに悪魔と魔獣を封じることに成功するのであった。
悪魔との戦いの後、人々からの後押しを受け、勇者は国王に即位することになる。戦士と賢者もまた、それぞれ大臣に就任した。こうして、グランド王国が成立することになった。
以上が今日に至るまでのグランド王国の歴史である。今、この国に生きる人達はどのような未来を築いていくのだろうか。
◇
グランド王国の王都アムズ。街全体を堅固な防壁で囲む構造をしており、この中で大勢の人達が生活を営んでいる。
そして、王都アムズの最深部には巨大な王宮が建っている。この場所には相当な富や軍事力が集積しており、グランド王国の中枢と表現としても過言ではなかった。
王宮の最深部に位置する謁見の間。広々とした空間の中、床には真紅の絨毯が敷かれている。
そして現在、謁見の間の玉座に1人の若い男が坐していた。精悍な顔立ちが印象的な男の名前はアトラス13世、グランド王国の若き国王である。そしてまた、彼は勇者の子孫でもあった。
アトラス13世の目の前に1人の男が立っている。眼鏡を着用した老齢の男、彼の名前はマクシム、王の秘書官である。
「マクシム、最近の王都の様子はどうだ?」
「はっ……ここ最近、王都周辺ではモンスター達の出現が増加しており、それに伴って凶暴化している傾向にあります」
主君からの要請に王都の現状を報告するマクシム。ここ数ヶ月間、モンスターの出現数の増加と凶暴化に伴い、王都では住民達の不安が少しずつ募っている。
「それで何か対策は?」
「はっ、冒険者ギルドの支援をより拡充しているところです」
アトラス13世に対策を伝えるマクシム。ダンジョン攻略やモンスター退治を生業とする冒険者、彼等の拠点であるギルドに対して、補助金等の経済的な支援を行うことにより、少しでも治安の維持を高めようとしているところだ。
勿論、グランド王国にも治安維持を任務とする騎士団は存在する。しかし、騎士の人数には限りがあるため、要所への配置しかできないでいた。
「分かった。但し、冒険者ギルド、並びに冒険者達の活動が適切に行われているかの監督を怠るな」
「かしこまりました」
アトラス13世の念押しの言葉に返事をするマクシム。いくら補助金等の支援を行っていても、冒険者ギルド等の活動が適正に行わなければ、ただの浪費の終わってしまう。税金の無駄遣いは避けたいところだ。
すると突然、2人の男性が謁見の間に足を踏み入れてくる。男達のどちらも老齢であり、相応の立場に就いていることが分かる。
1人目の男性であるが、大柄な体格と厳つい顔立ちが印象的である。彼の名前はガイデル、グランド王国で軍事を司る右大臣を務めており、同時に戦士の末裔でもあった。
2人目の男性であるが、細身の長身と片眼鏡が印象的である。彼の名前はマルサス、グランド王国で財務を司る左大臣を務めており、同時に賢者の末裔でもあった。
「ガイデル、マルサス、一体どうしたのだ?」
「陛下、お尋ねしたいことがあります」
「私もガイデルと同じく」
アトラス13世の問いに答えるガイデルとマルサス。2人の顔からは主君に対する不満の表情が見てとれた。
「何故、我々の提案が不承認なのですか?」
「……王国騎士団の戦力増強案だったな。予算規模が過剰と判断したからだ」
眼前のガイデルから投げ掛けられた質問。少し間を置いた後、真っ直ぐな眼差しと共にアトラス13世は答える。
ガイデルの提案してきた戦力増強案。それは新しい装備の開発と生産、王宮に所属する騎士の増員であった。いかにも軍事担当者らしい提案であると言える。
「仮に軍備を増強するにしても、王都の部隊より現場戦力を補強するべきだと思う」
「何を言われる。王をお守りする戦力を早急に集めることこそが優先事項ですぞ!」
アトラス13世の言葉に語気を強めて反論するガイデル。長年、軍事を司る右大臣としての自負があるのだろうが、彼の表情にはそれとは別のものが含まれている気がした。
「陛下……この度、ガイデルの提案を実行可能にするべく増税を申し上げたはずですぞ」
今度はマルサスがアトラス13世に意見を具申する。この度、彼は騎士団の戦力拡充を目的として、主君に増税を提案したのだが、受け入れられずに終わってしまっていた。
あろうことか、アトラス13世自身、逆に減税までも検討しているのだ。これはマルサスの考えと真っ向から対立するものであった。
「今、モンスターの増加と凶暴化で民の生活は厳しさを増している。彼等の生活を保障するための減税だ。王宮にかかる費用の見直しをすれば、ある程度はできずはずだ」
「そ、それは……」
アトラス13世からの指摘に言葉を詰まらせるマルサス。確かに現在のグランド王国の王宮の運営には見直すべき点があったからだ。
「今日のところはこれで失礼します」
「今回のことは再度、お話をしましょう。これにて失礼」
それだけ言い残した後、ガイデルとマルサスは謁見の間から立ち去る。但し、2人はあくまでこの場を退いただけであり、アトラス13世の決定に承服したものではなかった。そう何も解決はしていないのだ。
グランド王国の左右大臣が去った後の謁見の間。この場は再度、アトラス13世とマクシムの2人だけとなる。
「マクシム、これからの予定は?」
「はっ……メイ王女との歓談が控えています」
父親である先王が急死したことにより、若くして王に即位したアトラス13世。彼にはまだ伴侶がいなかった。
「今の私にはやるべき仕事が沢山ある。後にはできないだろうか?」
「何をおっしゃいますか。メイ王女との親交を深めることも王として重要な仕事の1つです」
公務を優先するアトラス13世に力説するマクシム。我が主君は王としての使命を全うするあまり、しばしば自身のことを蔑ろにする傾向にあった。それが良いところでもあれば、同時に悪いところでもあった。
◇
王宮の外れに位置する庭園。ここには様々な植物が植えられており、王宮の人達にとって憩いの場所になっている。また、王族専用の休憩施設も設けられている。
庭園の中、オレンジ色のドレス姿の1人の女性が立っていた。身なりから相当の令嬢であることが分かるが、日焼けをした肌、血色のよい顔立ち、野性的な雰囲気が印象的であり、一般的な貴族令嬢とは印象が大きく異なっている。
色鮮やかなドレスを着た女性の名前はメイ。グランド王国と友好を結んでいるミランダ王国の王女であり、同時にアトラス13世の婚約者でもあった。
「メイ殿!」
「陛下!」
「遅くなってしまった。申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず」
実直なアトラス13世からの謝罪に対し、にこやかな表情と共に言葉を返すメイ。彼女の自然な微笑みは人の心を和らげるものであった。
「我が国に来てまだ慣れないと思うが、調子の方はどうだろうか」
「ええ、問題ありませんわ。これも皆さんがよくしてくださるおかげです」
「そうか。今夜は王宮の料理人が腕によりをかけて食事を作ってくれる。楽しみにしていてくれ」
メイ王女との会話を心から楽しんでいるアトラス13世。王として多忙な日々を送る中、彼は平和な一時を噛み締めるのであった。
◇
グランド王国の王宮の何処か。ここに2人の男の姿があった。周囲に照明がないため、彼等の全貌とはっきりと知ることができない。しかし、風貌から察するに相当な年月を重ねているように見える。
現在、年老いた男達が密会をしている場所。そこは王宮の中心部から離れており、静寂と暗黒に包まれた場所であった。
「くっ、あの若造めっ!我々の言うことを聞かなくなってきた!」
「アトラス13世……ただの若造から一人前になりつつある」
忌々しげに言葉を吐き出している年老いた男達。そしてまた、彼等の言う若造はグランド王国の主ことアトラス13世のことである。
年老いた男達にしてみれば、本来、国王は彼等の傀儡となるはずであった。その状況を利用することにより、グランド王国の政治を牛耳ることもできたはずだった。
しかし、当のアトラス13世は自らの頭で考えて、確かな判断を下せるようになっている。幼い頃から厳しい教育を施してきたが、かえって裏目に出たようである。
「これから、どうするつもりだ?」
「止むを得ん。予定を早めるぞ」
短い会話の後、年老いた男達は行動を開始する。彼等の手元には1冊の魔道書が携えられており、その中身を開けて中身を読み上げる。
すると次の瞬間、年老いた男達の目の前に魔法陣が出現したかと思えば、そこから不気味な光が発せられる。さらに謎の光は王宮の天井を貫いて、上空へと向かっていくのだった。
「これで始まったな……」
「我等の手に栄光を……」
謎の光を見届けた後、それぞれに言葉を発している年老いた男達。長年、彼等の中で育み続けてきた野心を解き放つ時が訪れたのだ。
その日、グランド王国内に3つの光が降り注いた。1つは王都から離れた広大な森、1つはさらに離れた場所にある険しい山、そして最後の1つはアムズの街中であった。
グランド王国に降り注いだ不気味な光。この光が王国に大きな災いを引き起こすことになることなど、今は誰も知る由もなかった。
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