雪の手紙

海月^2

雪の手紙

 雪の降った日、大雪警報が出て学校が休みになった日、私は近所の公園に居た。

 うっかり、警報を見ずに家を出てしまって、バスに乗ってから気付いた。帰りのバスは動いてなくて、歩いて家に帰る途中の公園でベンチに座った。家まではもう一キロを切っていて、早く帰ったほうが良いのは分かっていた。それでも、まだ外に居たかった。

 口から吐き出される息は白くて、黒いダウンには雪の結晶が纏まった何かが積もる。手袋を外して手を出してみればそこに雪が触れて溶けた。独りと、静かな景色だけがそこにはあって、多分、心の凍ってしまったところを覆い隠すように積もってくれた。

 君の笑顔を思い浮かべた。好きだった。可愛くて、優しくて、何よりも大切だった。一年前、同じような雪の日に告白して振られた。彼女は告白に何人もの友達を読んで私を笑い者にした。ちゃんと気を付けておくべきだったのかもしれない。この世はもっと不条理に溢れているのだと。

 綺麗な六角形の結晶なんて、この汚い都会まちになんて存在しない。この都会では、誰も彼もが美しい姿は保てない。皆んな汚くて歪な形でもって、汚し合い、ぶつかり合い、壊し合う。そうして、綺麗は淘汰されていく。美しいは、集まってぼろぼろになる。誰もがぼろぼろになる。

 一年経っても、私はあの思い出一つで泣けるらしい。涙の温かさで、冷たくなった手のひらの上で溶けなくなっていた雪が融解していく。

 もっともっと溶けて欲しい。冷たくて醜いだけの固形物なんて、溶けてなくなってしまえば良い。亡くなってしまえば良い。けれど、世界はそんなに都合良くは出来てない。

 鞄の中の遺書は重さを宿していた。本当は、電車に轢かれようと思っていた。どうせ汚いのだから、死体が四散しようが、潰れて目も向けられない姿になろうがどうでも良かった。どんな姿を晒そうが、どんな未来を歩もうが、もう興味が持てなかった。

 なのに、雪は醜く生きている。私には分からない尺度で、今日も都会に降り積もる。塵芥ヒトの群れが固まって、電車の復旧を待っている。幼い宝石こどもは雪に燥いで飛び跳ねている。高校生にもなれば、その思想は段々と前者に寄っていく。私達は宝石と塵芥の中間で、宝石で居続けることは出来ない。

 神様は何故、私達に成長などという罰を与えたのだろうか。何故、私達から純粋の二文字を奪うのだろうか。

 死にたいが、頭から消えるわけじゃない。多分、多かれ少なかれ、人である限りそれは頭のどこかにいる。けれど今日はやめようと思った。雪が、どうにも神様からの手紙に思えてしまったから。だから今日も、意味もなく呼吸だけをしていようと思った。

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