黄金林檎の落つる頃

判家悠久

Half & Half

 その遥昔、西暦と言うものがあったらしい。

 現在の太歴1243年は、救世主が新たに現れての改元とかではなく、地球に衝突する筈だった彗星が、天文学の二乗で、衛星の月に衝突して、地球は無事救われた。


 今も見上げると、月は、半円に綺麗に割れて、何かと吉凶占いの精度を上げる。昔は綺麗に繋がった円で、月が綺麗ですねの謎の言葉が流行ったらしい。

 何でも知ってる、我が島國の弓鳴國の我利合宰相曰く、それは愛の言葉らしい。

 そんなに綺麗だったのか、過去の月。何を呑気な事をだろう。この現状の月があってこその、この地球と言うのに。

 そう、気象官でもある私夢讃は、月の面差しを毎日帳面に記録して、農政に役立てている。弓鳴國は治水に恵まれているが、唐突過ぎる豪雨に弱いのが、ただ悩ましい。


 *


 弓鳴國の首都は弘中になる。本州の北端でマサカリみたいな形の地域に、弘中の生活圏とされる。

 昔は青森と呼ばれたらしい。そのまま森しかない地域なので、意外と周知の事実で、方言言葉のついに、青森が現れる。

 古の弓鳴國の形、日本国は、民主主義国家だったらしい。ただ変遷を経て、基本巫女が多い國なので、帝政に移行した方が民衆の熱狂に包まれて、より成熟した國になった。ここは理路整然に、祭礼國家が正しいと思う。


 その安定した帝政だが、あるべき行事がある。

 帝政直轄の謹製林檎園、蜜勢園が9月より収穫が始まる。稀種でもある、金色そのままの黄金林檎が実る事が、数十年に一度ある。帝政はこれを祝祭と尊び、新たな國王選出の準備に入る。

 選出される新國王は世襲制ではない。ここに伝統として、聖痕としての鹿に関連する、生まれつきの痣があるかどうかの伝説がある。

 過去の伝説として白いトサシカが、帝都に来てから紛争が無くなったらしく、平和の象徴として崇められる。

 たまたまの鹿の稀種かと察せられるが、ただ数百年に渡り目撃情報がある為、どうやら霊体だろうに落ち着く。見えるものなんだね。


 そう私夢讃にも、聖痕としての鹿の右前足らしき痣が右足脹脛にある。

 おや夢讃、将来國王様かと笑い話になるが。肝心の黄金林檎が実らない事には、そんな順番が回ってくる筈もなかった。ただ、今年は実ってしまった。


 私は幼い頃に吉凶を測られ、夢讃は帝王学は学ばせた方が良いと、早い内から大学寮に放り込まれた。学んだのは気象学。16歳の頃に海を越え、超大國の天竺に留学させられ、弓鳴國が帰って来たのは5年前だ。

 そろそろ結婚したのですけど…と町長にお伺いを立てるも、万が一國王になったら、伴侶も宮中の入るので待ったらどうかと強く押される。

 いやそれって、黄金林檎が実らなければ、生涯未婚の可能性あるでしょうと切り返す。夢讃は恋人という言葉を知らんのか。知ってますけど、私の同年代は家庭を持ってます。そこからはエライ平行線で、ハイハイになっての現在だ。

 そう言う事。現時点で完全に行き遅れているのだ。同年代の恋人なんて、まあ、もういない。


 当然、私以外にも國王候補者はいる。30代快男子の外交官の虚無さん。20代チリチリ頭で紛争は無いけど武官の指宿守さん。30代美丈夫の國王震旦七世の長男の廣道。10代の特例になるが陰陽師から初めての阿邊宿禰。以上、私も含めての5人になる。

 順当にいけば、明君の震旦七世の長男の廣道になるが、ここは当日の玉椿祭にならないと分からない事がある。

 何でも黄金林檎を二つに割り、この5人の候補者に起因する印が浮かぶとの伝説がある。確率で言えば1/5。まあその印次第だから、國母の怜邏様の感じたままの采配になるらしい。

 そう、どうしても現國王の再任は無いものらしい。至って平和なのに、國王が退くのはどんなものだろう。


 *


 収穫祭でもある玉椿祭の準備は、今年は一際だ。

 國王候補者の礼装で、やれ打ち合せ、夢讃の意見はどうなの、桃色は似合わないわよで、深緑の線で進む。いや仮にも、國王になるかもしれないのに、悉く私の意見却下は如何なものでもある。

 虚無さん曰く、そこの調整力も含めての國王の力量だからと諭される。その虚無さんは丸投げでやる気が、ほとほと無い。そう言う無頓着はよくないよ、本当。

 虚無さんは右手甲に、鹿角の紋様があるお陰で、次期國王かを一心に背負う。手を差し出すと痣で、おおーにもなるよ。

 いつも思うのだが、虚無さんのこの包容力。虚無さんも妻帯者無しだから、私か虚無さんが國王に選出されたら、夫婦にはなりたいですの、視線はバチバチ送る。

 そうだよ。仮に、二人とも國王に選出されなかったら。自由に夫婦になれるのだけどね。そういう事を考えていると、虚無さんに察せられて、頭をポンと握られる。まあ、不謹慎って事ですよね。一丁前の女性らしく髪を伸ばしても、いつものポン。2年前に諦めて短髪にはしている。こっちの方が撫で易いでしょうしね。


 今回、かなり面倒臭い事案が浮かぶ。隣国にして超大國の天竺から萬治國王が立ち会い出席するらしい。

 態々超大國天竺から渡海して何故にもなるが、萬治國王は、私の留学中の龍潭寺院での同級生でもあるので、あちらから是非ともと打診されたらしい。

 私は断れば良いのにと、我利合宰相に明らかに不満顔をする。そんな嫌いかは、我利合宰相は知っている。私は、萬治國王に都度都度で第二夫人へと口説かれる。仮に、私が國王になったらどうなるか、それはこの弓鳴國が天竺の衛星國に組み入れられてしまう、異常事態だ。

 つい近親者にも相談するが、嫌なら断れば良い。出来ないよ、本当悩むよ。そこは萬治國王に恩がある。天竺時代、山岳訓練で遭難した時に、天啓である韋駄天で助けだされた。生涯守ってくれるだろうけど、第二夫人の位では、どうしても虚な人生だろうともになる。

 愛される。一番に愛される前提の私も、若いだろうけど、ここは譲ってはいけない気がする。


 *


 そして迎える、蜜勢園での玉椿祭。蜜勢園はそこ迄大きく無いので、重臣と選ばれた名士のみになる。そして、いるよ、天竺の萬治國王と屈強騎士達。

 まあ絨毛が敷かれて、一躍果実園は宴となる。

 ただ、黄金林檎はまだ百年樹に熟れ下がっている。意外と落ちないものか。順当にいけば國母怜邏様のもぎ取りだろうが、違った。

 礼装を纏った力士3人が進み出て、”ドスコイ”の祝詞を上げて、大樹の手稽古に入る。百年樹が揺れると、古代紅王林がぽとぽと落ちる。それでも、黄金林檎は落ちない。良い加減イラついて来たが、観衆はかぶりつきなので、ここはお淑やかに、差し出がましい事は止めよう。


 不意に、フッ、黄金林檎が落ちると、それは震旦七世の手に収まった。そして凄まじい短剣捌きで、いつの間に、黄金林檎がパンと二つに割れた。震旦七世が翳した断面は、白鹿の何かしらの蜜の模様が現れた。

 陰陽師博士の阿邊宿禰が進み出て、模様を紐解く。國母怜邏と長らく歓談しあう。そして厳かに國母怜邏が理りを宣う。


「黄金林檎を問う。これは見まごうなく、白鹿の右前脚とお見受けします。そしてこの脹脛の、蜜斑、この位置の持ち主は、気象阿号官の夢讃です。その英邁さから、弓鳴國第37代國王に相応しいと奉ります」


 へえ。皆が静まってるから、私も無味無感想だ。

 いや、そうじゃないー、私が弓鳴國第37代國王、いやー無い。女性だよ、しかも若い。そりゃあ皆戸惑うものよ。


 そして、天竺の萬治國王が立ち上がり盛大な拍手、屈強騎士達も続いて、何故か勝鬨を上げる。そりゃあね、盛り上がりに来たのだから、それはそうにもなるだろう。

 そして、旧國王震旦七世と、旧國母怜邏も感激しながら拍手、そして観衆皆が盛大な拍手になる。いやーここ迄賞賛された事が無いので、私は何度も何度もお辞儀をした。

 この必死な最中に、頭の中は高速で想いが駆け巡る。國母ならぬ、旦那樣である國父は誰になるのか、うーん。國王権限で指名出来るものなのか。


 *


 弓鳴國第37代國王戴冠式前に、私は走り抜いた。次期弓鳴國國王候補は、私夢讃、虚無、指宿守、弘道、阿邊宿禰の5人。私以外の4人が、察して弓鳴國を出國しようとしている。これは我利合宰相に詰め寄ったが、派閥抗争を無くす為の自重的な慣例らしい。


「違いますよね、皆一騎当千、完全無比、何故去らなくてはいけないのですか。この5人全員がいないと、弓鳴國は侵食されますよ」

「どうでしょう。超大国天竺の衛星国になるのも、運命かもしれません。弓鳴國第37代國王夢讃は、選ばれるしくして選ばれた、運命の國王と、左様でございます」

「それでしたら、勅令を下します。弓鳴國は円卓國家として、何れの候補者も重臣として思う存分働き、弓鳴國の繁栄を掴むものとします」

「斯様な采配、確かに拝命いたします」


 そうして、指宿守、弘道、阿邊宿禰は出国寸前で拿捕され、営倉に放り込まれた。いや可哀想だろうも、何れも胆力あるもので、牢など容易く破砕出来るらしい。いやー、それやっちゃうと私が嫌われちゃうよ。

 そして、肝心の要のあやつ虚無は、海峡駆動帆船で函南に渡ったらしい。いつ、虚無とはそういう男性です。全く、知ってて見逃したな、防人は。


 *


 私は、陸奥大港を海峡駆動帆船で発して、旭道の函南に向かう。新國王としての視察もあるが、それは違う。至って私用だ。自ら察して弘中を去った虚無さんを、私自ら連れ戻す為にの強行策だ。

 虚無さん、帰らない。それならそれで私が、新國王から降りれば良い。もう7ヶ月も在位したのだから、記録にちょいとは残せた筈だ。弓鳴國は過去三度女性の國王がいたが、任期は家庭の事情で短いらしい。当たり前だ。民より家庭は大切。

 さあ、虚無さんの事だから察して、また逃げ出すだろうから、遠方で働き面識のない新密偵の根津を送り込んだ。命令は一つ、虚無さんに近づき函南に止めよ。雷信で私に報告が上がるが、協業した焼き菓子店が繁盛して、てんやわんやらしい。それはそれで、やっぱり函南を離れないになったら、まあ摘発すれば良いだけだ。


 私は、函南の路面電車に乗り、何時迄も乗っていられると上機嫌だ。余裕で5往復して至福の時に浸っていたい。でも、そうはいかない。

 そして赤煉瓦町に辿り着き、そこから10分歩き、焼き菓子店文治の店舗を訪れる。


「すいません。牛酪焼き菓子の洞爺、12個貰えますか」

「いや、美味しいけどさ、そんなに食べるの、まあ今から作るから待ってて」

「大丈夫です。ずっと待ってますから」

「えっつ、いや、夢讃、國王、新王様」

「別に、畏まらないで下さい。虚無さん。ただの視察ですから」


 虚無さんは仏頂面で、牛酪焼き菓子の洞爺を表裏焼きながらぼやく。これ以上北に行ったら羆との戦いだ、ぶつぶつ。

 そして、新密偵の根津さんが、新王様の行幸だ、えらい事だえらい事だと、如何にも初対面の素振りで場を盛り上げる。ここは有能。そしてホカホカの洞爺が完成。満開の桜を見ながら…結局全部食べてしまった。太る、でもいいや。


「それで、」

「私は怒りませんから」


 虚無さんは、焼き菓子店文治の前を12往復して、分かりましたと、聞き分けよく折れた。弘中に戻って来てくれるらしい。


 *


 海路津軽海峡を進む。マサカリの賽村に差し掛かり、陸奥の湾内に入ったところで、それは始まった。やや早かった。日蝕が始まる。春の日差しの中で、真っ二つに割れた月が、太陽を覆う。


「日蝕か。夢讃、これって不吉な事だよな」

「虚無さんの知識も、えらい古い知恵ですよね。これは天文学上、1年間に最低2回、ごくあり得る現象なんですよ」

「何か、陰陽寮に詳しいんだな」

「これも気象学です。波の満ち引きがあるので、大切な事ですよ」

「まあ、暗くなってくな、」

「良かったら、これで見ますか」


 私は手鏡で角度を調整し、船首船甲板に、反射する日蝕のその姿を照らした。日蝕は全開、月がまっ二つになった事で、ど真ん中に、真一文字の光柱が浮ぶ。


「なあ、というか、新王様。月って、この先、一つにならないものかな」

「虚無さんは、林檎を丸齧りにする方ですか」

「いや、二つに割って、お裾分け」

「それでしたら、二つに割れても不都合ないですよね」

「新王様になったら、弁が立つな」

「そうとは言え。男性が言うべき事は、私は途方もなく待つ方ですよ」


 暫し、私と虚無さんは見つめ合う。言って、言いなさい、まあ言わないだろうな。

 新國王ならば、任命権とやらはある。逃げても、また追いますけどね。國父虚無さん。



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