王命の意味わかってます?

第1話 癒やし系令嬢

 王国の南部を支配する、サウス公爵家には三人の娘がいた。

 リリエッタ・サウスは、三姉妹の真ん中である。


 南部は平均気温が体温と同等な地域なので、暑すぎてあれこれ考えたり、我慢をしたら頭がゆだってしまう。

 まあ、これは俗説に過ぎないが、南部の人々は良くも悪くもため込まない。

 良いと思ったことは素直に口にするし、不満だってそう。

 端的に表すと「俺は言うぜ。お前も言えよ」。


 裏表がなくカラッとしているといえば聞こえがいいが、見ようによってはその様は自制心に欠け、自己中心的に映るだろう。


 そんな南部の気風において、リリエッタは異質だった。

 ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪は重力を感じさせず、新緑のような大きな瞳は目尻が垂れている。小さな顔に、華奢な体。

 おっとり。

 のんびり。

 彼女はそんな言葉がよく似合う少女だった。

 ニコニコと笑顔を絶やさず、自己主張よりも相手の言い分を聞くことの方が多かった。

 口を開けば「私が……」「俺が……」と、自分の意見が真っ先に出てきて話が進まないのは、南部の人間にはよくあることだったが、その中にあって聞き上手な彼女は浮いていたが、好かれてもいた。


 そんなリリエッタの性格を、都合がいいと考えたのかもしれない。

 王国の北部を統治するブリーデン公爵家へ嫁ぐよう、王命が下った。



 北部は南部とは真逆だ。

 我が強い人間は未熟で、開けっぴろげな言動は恥とされている。

 端的に表すと「空気読めよ」。


 魔大陸が遙か北にあるため、魔獣が進行してくるのは専ら北部だ。

 雪による自給率の低さ、寒さによる肉体への負担、外敵による恐怖。

 それらの困難から心と体を守るため、北部の団結力は強い。身内を大切にし、その反面余所者には冷たい。

 移住者は三世代経っても「ほら、あの家は外の人だから……」と言われてしまうくらい。


 北部の人々は、南部の人間を嫌っている。

 過去に大きないざこざがあったわけではなく、一方的に目の敵にしている。


 南部は薪も布団も必要ないくらい暖かく、農耕も漁業もやればやるだけ成果が出る。

 逸れた魔獣が西や東に出没することはあるが、南はまずない。

 最後に南部で魔獣が観測されたのは五十年前だ。


 同じ国の民なのに、何もかも恵まれている。

 楽に生きているからか、他人への配慮がなく我が儘な連中。


 それが北部が抱く、南部のイメージだ。


 一方的な妬みは憎しみに姿を変え、細雪のように静かに降り積もり、いつしか巨大な壁へと育っていた。


 ブリーデン前当主は、特にその兆候が強かった。

 北部の代表として国に支援を求めるだけでなく、南部への締め付けを強く主張した。

 持てる南部が、北部に物資の面で尽くすのは当然とのことだった。


 だが恵まれているとはいえ、南部は楽園ではない。

 南部の土壌が農耕に適しているのは、定期的な豪雨による川の氾濫により肥沃な浮遊土砂を得ていたからだ。

 しかし川の氾濫は、住民の命の危険にも繋がる。

 人間に都合のよいタイミングで雨が降るとも限らなければ、どの程度の規模の洪水が起きるかもわからない。


 南部を横断する巨大な川沿いでは、他地域に農産物を売って作った巨額の資金を投じて、何十年も大規模工事を行っている。

 橋、堤防、貯水池、運河、船の停留所……。作らなければいけないものは年々積み上がり、ある程度消化したと思えば、次は老朽化でまた工事と終わることなき公共事業地獄。


 農業、漁業、工事と仕事に困らないが、生まれた土地から離れにくいのも南部だった。

 働ける年齢になったら周囲の大人の口利きでいずれかの業種に放り込まれ、そのまま人生を終えるのが一般的な南部の人生だった。


 衣食住に困ることはないが、選択肢はない。

 開けっぴろげな性格というだけで、南部の人間は自由気ままで奔放なわけではない。

 自分たちが恵まれている自覚があるからこそ、恩恵だけ受けて成人後は他所の土地で好きな仕事をするという選択ができる者は少なかった。

 いないわけではないが、まず里帰りはできない。

 故郷に残った親は、周囲に頭を下げて生活することになる。



 年々悪化する両者の関係に、国は頭を悩ませた。

 北部の環境が厳しいのはその通りだが、だからといって自然を相手に働いて、国で賄いきれない工事費を自分たちで捻出している南部から、その成果物を巻き上げることはできない。

 長年、南部は日持ちする穀物や乾物を北部に提供しているのだから尚更。

「国が魔獣の脅威にさらされないのは、北部が足止めしてくれているからだ。既に見返りはもらっている」と、無償でそれなりの量を送り続けている。

 長雨や、季節風で収穫量が落ちた年も「支援にばらつきがあってはいけない」と身を切っていた。

 これ以上を求めたら、一方的ではない双方向の悪感情が育ってしまう。


 北部の南部への反感は、不理解によるものが大きい。

 南部は北部の人間を「厳しい土地で頑張ってる人」くらいにしか思っていないが、北部の人間は「南部の甘ったれども、苦労知らずの厚顔無恥……etc.」と悪態が尽きることはない。


 北部には及ばないが、南部にだって苦労はある。

 何ヶ月もかけて育てた作物をごっそり盗まれたり。豊かな土地だからと難民が押し寄せてきたり、密入国者が多かったり。

 それなりに生きていけるから、と低所得者が多くて、治安が悪いのも南部の特徴だ。

 北部のように嫉妬混じりの偏見で、他所の連中から当てこすられることは割と日常茶飯事だ。……まあ、南部の人間は臆さず言い返すが。

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