26.まだ王のつもりなのね
披露宴が始まってすぐ、捕物があるみたい。ルフォルの正装ばかりの会場で、ヴァレス聖王国の衣装は目立つ。上下の色がチグハグなので、そちらの意味でも悪目立ちしていた。
周囲の貴族が警戒する中、ル・ノートル伯爵が距離を詰める。お父様に騎士団長を任せられた伯爵なら、遅れを取ることもないでしょう。任せると目配せし、私はレオと前を向いた。セレーヌ叔母様は、笑顔で貴族に応じる。その優雅さも美しさも、衰えは感じなかった。
視界の隅で、捕物に気づいた叔母様は隣のエナン卿を促した。ああ、もうユーグ叔父様とお呼びしなくてはいけないわね。このル・フォール大公家に婿入りなさったんですもの。
すでに神前式は終えたため、二人は正式に夫婦となった。それ故の余裕かしら。セレーヌ叔母様は押さえつけられた国王アシルの前に立つ。見下ろしながら、小首を傾げた。
しゃらんと耳飾りが音を立てる。どうやら絹房の中に金属が入っているようね。鈴のように甲高い音ではなく、柔らかく心地よく響いた。叔母様の雰囲気によく似合うわ。
「あら、元国王陛下ではございませんの。いえ、まだ国はありましたわね」
強烈な嫌味は、ヴァレス聖王国の未来を示す。このままなら滅びは確実だった。ただ、報告を受けた私達は知っている。王宮に金はなく、信用もない。商人は手を引き、街の民は逃げ出し、もぬけの殻だということを。
その現実を覆そうとしたのか、それとも叔母様に未練があるのか。どちらにしても、一度手放した時点で終わりなの。
「っ、ぶれ、ぃ」
必死で絞り出した叱責の声に、伯爵が少しだけ手を緩める。息を吸い込み、咳をして喉を整えたアシルは予想通りの暴論を展開した。
「貴様ら、国王に対して無礼であろう。セレスティーヌ、貴様もだ! 王妃でありながら、異国人と腕を組んで歩くなど……うぐっ」
それ以上は聞くに耐えない。伯爵の判断で、口に布が押し込まれた。その布、テーブルの布巾かしら? もったいない。でも披露宴会場に窓拭き布やモップはないから、仕方ないわね。
「勝手に名を呼ばないで。私はすでに人妻なのですもの」
「そうです。僕の大切な妻に、妄想を突きつけないでいただきたい」
ユーグ叔父様、中々に強烈だけれど……ご自分も該当するので注意さなさって。ふふっと笑いながら、レオにもたれかかる。しっかりと肩を抱き寄せられた状態で、彼らに近づいた。騒動に気づいて集まった貴族が、さっと道を開けてくれる。
お父様達はどこかしら。これだけの騒動で顔を見せないなんて。そう思った私の目に映ったのは、壁際でお母様といちゃつく姿だった。この程度、お父様が出向くまでもない。そう判断したのね。
「叔母様もユーグ叔父様も、そのような意地悪はいけませんわ。この方、おそらく離婚成立をご存知ないの。一から説明して差し上げなくては、ね」
「まあ、王族を名乗る者が情報に疎いなど……無能だと吹聴する行為よ」
叔母様ったら辛辣ね。でも気持ちもわかるわ。政略とはいえ、こんなおバカに嫁がされたんですもの。腹立つでしょう。ユーグ叔父様の笑顔が怖いわね。
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