06.あなたを選んだ理由

 大会議は紛糾し、ヴァロワ王家を滅ぼすべしと決議された。すぐに動くことは出来ないが、多少の暴走を許してやったとお父様が笑う。お気の毒に……きっと夜会の場で余計な発言をしたオータン子爵も、無事では済まないでしょうね。


 ル・フォール家の名が直接出ないよう注意しながら、真綿どころか太いロープできゅっと首を絞められてしまうわ。同情する気はないので、助けようと思わないけれど。だって、たかだか子爵家の当主風情が私に無礼を働いたのよ?


「俺も加わりたかった」


「ル・フォールのままでは無理よ?」


「ならいい」


 我が大公家の名を背負ったまま、そんな行動をされたら困るわ。私の注意に、兄はすんなり引き下がった。いつもそう、兄レオポルドは常に私を中心に考える。私の役に立つか、望まれているか、嫌われないか。それがすべての言動を縛っていた。


「だが、気の利く猟犬の捕らえた獲物を見分し、褒めてやるのは飼い主の責任だと思わないか?」


「そうね、飼い主の領分を超えなければ……問題ないと思うわ」


 遠回しに傘下の貴族へ、あの無礼な貴族を引きずって来いと命じるなんて。本当に大人げない人ね。そんな困った人なのに、私はレオポルドが好きだった。初めて会ったのは、養子縁組を告げられた日ね。綺麗な顔なのに、蜂に刺されても気にしない図太さに驚いた。


 王侯貴族、特に高位の家は外見が整っている。家畜の品種改良のように、何度も美形同士を掛け合わせて作られた美貌が当たり前だった。私自身、綺麗な顔をしている自覚はある。磨いて利用する武器である綺麗な顔を、私の一言でぼこぼこにしてしまって。


 お茶会で顔を合わせた庭で、綺麗な花を強請った。未来の夫であると紹介されたレオポルドは、私のために花を手折ったわ。その際にうっかり蜂の巣を見つけた。初めて見た蜂に驚いて、同時に好奇心を刺激される。


 近づいた途端、襲い掛かった蜂の羽音が怖くて泣き出した。蹲った私を守るように庇ったレオポルドは、顔だけじゃなく背中や腕も大量に刺される。幸いだったのが、毒性の弱い蜜蜂だったこと。でも痛いし腫れるし、怖かったと思うわ。


 抱き締めて私を庇うレオポルドの額に止まった蜂を、泣きながら払いのけた。結局、その蜂に私の指が刺されたのだけれど。その行為がすべてを決めてしまった。レオポルドの中で、私の立場が確定したらしいの。


 大量の蜂に刺されて酷い顔になったレオポルドに謝ると、ご褒美をくださいと強請られた。顔の腫れが引いたら、キスしてあげると約束する。早く良くなってほしかったの。その後、綺麗に治った頬にキスをして、私達は婚約を決めた。


 曾祖父に邪魔されるまで、レオポルド兄様の妻になると信じて幸せだったの。ようやく元に戻れたことに、心の底から安堵しているわ。


「……聞いていたかい?」


「ごめんなさい、レオ。蜜蜂のことを思い出していたの」


「もう一度同じ状況になっても、俺はシャルを守るよ」


「……痛かったのに?」


 寝込んで数日は起き上がれなかったじゃない。そう思う反面、答えが想像出来て口元が緩んだ。


「シャルが同じ目に遭うなんて我慢できないからね。君を守って傷つくのは俺の特権だ」


 ふふっと笑い、愛情の方向性が歪んだレオポルドの頬を撫でる。傷つく特権を振りかざすなんて、きっと兄様以外にいないわ。だから私はあなたを選んだの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る