第9話

 子供のような口喧嘩が始まって取り敢えず面白うそうだから黙って聞くこと十分ほど経って……。


「奥さんに内緒で取材一日延ばしてコミケに行った事があったよね?」

「だからお前がなんでそんな事まで知っている!? お前こそ愛妻家になってから女の子と遊ぶ頻度が三割減ったからそれはいい。だがな? 弥夜さん奥さんが好き過ぎてだろ? それ夫婦じゃなかったら余裕で訴えられるぞ!? てか夫婦であっても普通にキモいだろっ!」

「うぅ~わぁ~。そっちもなんで色々と知り尽くしてる訳?」

「お互い様だよ! 馬鹿ヤロウ!!」


 ……………………うん。なんかどんどん二人の威厳? が失われていく内容が続くんだけど?

 母さんに内緒でコミケに行っていた(おそらく美人レイヤーさん? の撮影)だの、女の子と遊ぶ頻度が三割減った(なくなった訳じゃなく?)だの、女性がらみが多過ぎるのは男の性? というものなのか。

 本人が「ヤンチャをしていた」と語っていたのも冗談ではなかったんだなぁ……と、ドン引きしつつ納得した。


 それより暗くなってきたしいい加減にしないとボールが見づらくなってしまう。

 狩野……選手の件はどうしようもないけれど、父さんについては後で母さんに告げ口することにして話を戻そう。

 そうしよう。


「それで父さん?」

「あ”? なんだ!?」


 いや、なんだ!? じゃないだろ……。


「なんでジャージ着てるの? 久し振りにランニングにでも行くの?」

「ジャージ……あ、あぁ。二階からお前たちの様子が見えたし、そこの透真バカが『特別講習でお前と接触する』って言ってたからな。と思って準備していた」


 壁にぶつけたボールが何処に跳ね返るか判らんだろ、とキャッチャーミットを掲げる父さん。


「わぁお。年取ってもさすが相棒」

「抜かせ」


 名コンビだったっていうのも納得した。本当に息ぴったりだよ……。


「改めて、司くんだっけ? 俺が投げる前に一つ忠告しておきたいことがあるんだ」


 父さんと口喧嘩してた時の子供っぽさが成りを潜め、俺に向き合う彼は真剣な表情で再開した。


 やっとプロの投球が見られると逸る気持ちを抑え忠告について訊く。


「忠告って何ですか?」

「俺の投球スタイルは君たちみたいにまだから、これも参考程度に留めておいて欲しいと思う」

「体が出来ていない?」


 正直意味が解らない、体って怪我してなければ問題ないんじゃないの?

 そんな俺の様子に狩野埼選手は「まだ理解できないよねぇ」と苦笑いののち真剣な目でキャッチャーミットを構える父さんに向き直った。


「いくよ」


 セットポジションから片足を上げつつ上半身を捻り、前に踏み込む反動で沈み込むような低姿勢に移行する。それと同時に地面を這うようにスライドする腕が跳ね上げるようにしなり、その手から放たれた白球は空気を切り裂かんばかりの勢いでスパァンッ! と小気味いい音を響かせミットに収まった。


「おおっ!」


 大まかに分けて三通りある中でも使う人が少ない、初めて見たに感動すると同時に伸び悩む自分の武器になると思った。


 この瞬間から性格はともかく、目の前にいる狩野埼選手かれが俺にとっての目標であり憧れの存在となった。



 その後の事は覚えていない――


 翌日の早朝、「向かない」と言われていたけれど好奇心から試しに投げてみた俺は、


「っ! だ!」


 見よう見まねで投げてみた《アンダースロー》こそが自分に合う投球法わざだと確信した。

 何球か投げてみた結果、ストレートの伸びと球威が格段に上がり、変化球に関してはコントロールを修正すれば今まで以上の球になる。



 俺はこの《アンダースロー》を鍛えていくことに決めた。




 その時の俺は狩野埼選手の言っていたの意味を深く考えていなかった。


 後に最悪の結末を迎えることになると知る由もなく……。

 

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