第27話 修学旅行の班分けって、地獄だよな
寝る、高校へ行く、絵とCGを描く、寝る……それを繰り返して、単調な日々をやり過ごす。光陰矢の如しとは、よく言ったものだ。
気がつけば、高校二年生になっていた。
奇跡だが、七瀬と夏目と来栖という、いわゆる「仲良し四人組」は、同じクラスとなった。
しかし、基本は変わらず、ゆずるは、単調な時間に七瀬たちを添えた日々を過ごした。
延々と繰り返される日々の中に、一つの波が起こる。
――修学旅行である。
担任の先生は、黒板を前にしてプリントを配布して回った。それは、修学旅行で宿泊する旅館の部屋割りの表であった。
ゆずるは、手元に配布されたそれに見入った。同部屋の男子は、名前も顔もおぼろげなやつだった。話したことすら、ない。
「部屋は男女別で、名前の順のペアになってます。ただ、当日の自由行動は、二人以上で行動してください。おっけー?わかりました?」
深めのシワを寄せて微笑みながら、先生は部屋分けの表を配り終える。
ちょうど先生が声を切ったところで、授業が終了するチャイムの音が鳴り響いた。クラスには、放課後の開放的な空気が満ちる。
ざわざわと、クラスメイトたちが雑談に話の花咲かせる音を背中に受けながら、ゆずるは本を読んでいた。
三島由紀夫の『金閣寺』
表紙のこれを実際に見に行けると思うと、ちょっと楽しみに思えた。まあ、表紙の金閣は、煌々と燃えているのだが。
周囲のクラスメイトたちは、修学旅行当日の自由時間、誰と巡るかを話し合っていた。それもそうか、同じ部屋の人が知らされて、当日の自由行動の詳細が判明したのだから。
そんなクラスメイトたちの話に、小説を読みながら耳を傾けていた。盗み聞きに近い。
「七瀬さん、オレと回りませんか?」
「くるみちゃん、ウチらのグループ来ない?あと一人ほしいとこだったんだよね」
「おひるは、一緒に食べない?」
ゆずる二つ後ろの席には、七瀬が座っている。やはり、2年C組のクラスでも人気者で、常に人に囲まれているような状況だった。外向的で明るい性格の彼女は、いつでもどこでも憧れや、友情や、意中の的になっている。
さて、どうしよう。
ゆずるという、口下手を患った、社会的に弱い人間は、一人ぼっちだ。
当日の自由行動の時間、一人で回ることになりそうだ。ただ、それを先生に
来栖と夏目という選択肢がおぼろげに浮かんだが、あれは、七瀬を介しての友情であるから、直接仲が深まっているとは、言えないだろう。
帰りの会の終了直前、先生が「グループ組めたら、書いておいてくださいね」と、また新たな表を張り出した。なんと、自由時間において、誰と回るか、名前を書かなくてはならないようだ。
一人で巡るという最終手段を断たれたゆずるは、本を読むふりをして頭を机に下げ、周囲をきょろきょろと見渡す。
「ごめんね。もう来栖くんと夏目ちゃんとゆずると回るって決めちゃった」という、七瀬の芯のある声が聞こえてきた。
ん?俺の名前もあるぞ?
一体どういうことか、七瀬に尋ねるために席を立とうとした。
その時、肩をトントンと軽く叩かれた。
振り向くと、机の近くには夏目が立っていた。
「聞いてた?七瀬ちゃんの話」
「え、ああ……聞いてたけど、どういうこと?」
赤淵の眼鏡をくいっと指で上げた夏目が、なにやら事情を知っている風だった。
まさか、自分が一人ぼっちになって取り残されることを見越しての、彼女たちの采配なのだろうか。
であるならば、感謝しなければならない。
「どうせ一人ぼっちだったでしょ。七瀬ちゃんが、うちらの班にあらかじめ君を入れておいてくれたんだよ」
「ああ、そういうことか。ありがとう」
「お礼は、わたしじゃなくて、くるみちゃんに言うべきでしょ」
「それはそっか」
低い声で事情を説明してくれた夏目にも、改めて感謝を。小さく一礼。
心の底がほっとして、ほどよく温かくなった。七瀬の粋な計らいには、感謝を伝えなければならない。とりあえず、名簿には名前は書ける。七瀬、来栖、夏目、そして加賀美ゆずると。
……とはいえ、夏目の「一人ぼっち」呼びは、二年生になっても気になる。しかしながら、事実を言われてしまっては、どうも反論ができないのだが。
「当日にどうやって回るかとかは、メールで話し合えればいいかなって言ってたよ。みんな忙しいし」
次いで、追加の説明をしてくれた夏目。はて、「みんな忙しい」というのは、自分以外のことかと、ゆずるは思った。
ゆずるは部活にろくに行っていないし、バイトもしていないから、忙しいという人間のカテゴリには入らない。多分、七瀬や来栖のことを「忙しい」と指したんだろうなと推察した。
夏目は、「それじゃあ」と一言を残して、廊下のほうへと出て行ってしまった。
七瀬に改めて事情を訊くのと、感謝を伝えるために、彼女の席へと向かった。
「七瀬……?」
小声になってしまったが、彼女の名前を喉から絞り出して呼んだ。七瀬の席の周りには、まだ女子数人が残って、談笑に花を咲かせている。
「あ、ゆずる」
七瀬が、こちらに気が付いてくれた。手をぴょこっと上げて、合図を示している。周囲の女子たちがこちらに振り返って、反応を示した。
「あ、加賀美くん」
「七瀬ちゃん、加賀美くんと回るの?」
「ウチらも入れてくれない?いいっしょ、一人、二人増えるぐらいなら」
こちらにバッと、一斉に振り向かれる様子が、過去のトラウマを呼び起こした。
それは、小学生のころの記憶と重なっていて、いじめられる雰囲気の時は、だいたいみんなが一斉に注目してきたものだ。
唇が震える。痺れているみたいに震えて、虫歯でもないのに、歯と歯茎の間がじーんと痛んだ。
苗字で呼ばれることがデフォルメ。名前で呼んでくれるのは、七瀬だけ……いや、来栖も、一応は「ゆずる」と呼んでくるか。
七瀬は「じゃあ、お昼休憩終わったら合流しよう」という折衷案を出して、周囲の女子たちを納得させた。ちなみに、それは三日目の自由行動の時間のことを言っているらしかった。
女子たちは納得したらしく、「またね」と七瀬に言って、次々と部活やら帰宅やらに向かっていった。
白い陽光を浴びて、さらに白く見える七瀬が、こちらに向き直った。
「どうした?ぼーっとして」
「話終わんないかなーって待ってた。話、長い」
「うはは!」
低い声で答えたら、七瀬は吹き出して笑った。「女子ですから~」と付け足して。
ゆずるは、当日のメンバーに組み込んでくれたことの感謝を「ありがとう」と述べて、当日はどんな動きになりそうか訊いた。
「まあ、私がゆずるとも回りたいなーって思ったから入れたんだけどね。いつもの仲良しメンバーが、やっぱ安心じゃん?私、ゆずる、来栖くん、夏目ちゃんの4人」
七瀬は、指折り数えた。いつもの仲良しメンバーとは、彼女が言った通りのメンバーで、授業の中でグループワークを一緒にこなしたり、昼食を一緒に食べたりしている。
夏目も来栖もクセが強めだが、もう流石に慣れてきて、まともな会話はできるようになった。
「まあまあ、詳しい話は帰りながらとか、帰ってからメールとかで話そう」
七瀬はカバンを肩に掛けて、席から立ちあがった、どうやら、帰宅するつもりらしい。今日は木曜日だから、彼女は、バイトがある。
いつもの光景だが、ゆずるは七瀬の背中を追って階段を駆け下りて、駐輪場へと向かった。
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