第23話 痛いのいやだぁぁぁぁぁ!!
来る金曜日。高校の授業は、通常通り行われる平日だ。
朝目覚めた瞬間から、酷い腹痛と、それに伴う腰痛があった。「あーいてて……」と、目覚めの第一声に零して、ベッドから立ち上がろうとする。
痛い。とにかく、昨日より更に増して、お腹のあたりの広範がぎゅーっと痛む。
くらくらする頭を手で押さえて、机の上の錠剤に手を伸ばす。前日からの準備がよかったと思ったら、しまった、錠剤を服用するための水がないことに気が付いた。
目覚まし時計は、ちょうど7時を示していて、ピピピ……と朝を告げる。時計くんに起こされるまでもなく、忌まわしい痛みによって起こされる、なんとも不快極まる目覚めだった。
一旦トイレに行って、それから、リビングに水を取りに向かうと、そこには、珍しくお父さんがいた。これから大学に行くのかな?
金髪が、照明の光に照らされて光り、輪郭が際立って美しく目立っていた。
「おお、おはよう、くるみ」
「パパ、今日、辛い」
お腹のあたりを押さえながら、短く言うと、オムレツを作っていたお父さんは、すぐさま
「薬飲んだ?」
「今飲むところ。水取りに来た」
「学校はどうする?ボクが学校に連絡入れておこうか?」
「ううん。一応、頑張ってみる」
首を横にふりふりと振った。それだけで頭がズキズキ痛むけれど。
薬を飲めば、いつものように、頭やお腹の痛みは、多少は鎮まるだろうと思う。ただ、あまりにも【赤い悪魔】の力が強いときは、薬の効果を貫通してくるし、そういう時は、学校を早退させてもらってる。
中学のころから合わせて、7,8回ぐらいか、みんなより早く家に帰った。
親友である夏目に【赤い悪魔】について聞いてみたことがあったが、どうやら、くるみは人よりも「重い」らしい。
オムレツをひっくり返した理解あるお父さんは、優しい声で言った。
「めちゃ辛かったら、ボクかお母さんに電話していいから、早退しなさいね」
くるみはお父さんの厚意に感謝しながら「うん」と短い返事をした。お父さんは続けて「食欲ある?これ、食べる?」と、フライパンの上でジューと焼けるオムレツを指さして聞いた。
水をコップに注ぎながら、「テーブル置いておいて」と言った。幸い、食欲は衰えていないので、今、フライパンの上で焼かれて香ばしい匂いを放つオムレツを食べられそうだった。
お父さんは、料理が得意で、おいしい。卵系の料理といったら、それはもう逸品だ。
お父さんに多少の元気を与えられたくるみは、自室に戻りながら、自分で【悪魔祓い】と呼称している薬の錠剤を口に放り込んだ。水でそれを流し込んで、また一息つく。お腹は、相変わらず縄でぎゅーっと絞めつけられるようなキツイ痛みを訴えている。
「ああ……もうっ!」
治まらない痛みに、イライラが募った。ベッドに戻って枕をぎゅっと抱きしめるが、頭の血の沸騰が落ち着く気配はなかった。
今日という厄日に、英語の課題提出があることが、本当に憎かった。英語のおばあちゃん先生に怒ってもどうしようもないのだが、向けどころのない怒りが、目尻から涙を流させた。
課題提出は成績に関わるし、それと、お父さんがせっかく作ってくれたオムレツが冷めてしまう。スマホを取り出して、メールをチェックしていて、そうだ、今日の夕方には、ゆずるの家に少しだけお邪魔する予定だったと思い出す。
今は、世界のすべてが憂鬱に感じられた。痛いけれど、世界は、それが治まるまで悠長に待ってはくれない。
ハンガーに掛かった制服をクローゼットから取り出して、とりあえず、すぐに着られるように、ベッドの上に広げる。それから、オムレツを朝食として食べるために、リビングの食卓へと向かった。
今日という厄日を乗り越えれば、日曜日には、リョウ先輩とのデートだ!がんばれ、くるみ!あと一息だ、くるみと、自分を鼓舞する自分の声が、頭痛に紛れて幻聴のように聞こえてきた。
ポジティブな気持ちを無理やりに心の底から引っ張り出して、気持ちを保っていた。
お父さんのオムレツは、やっぱりフワフワで、味付けが絶妙でおいしかった。
****
【悪魔祓い】よ、効いてくれ。
願いは虚しく、届かなかった。
「すみません、お手洗い行ってきます」
1限目の化学基礎の時間。
くるみが席を立って、化学の先生に囁き声言うと、「どうぞ」と短く言ってくれた。早足で教室を出て、トイレに向かう。
「すみません、お手洗い行ってきます」
今度は、3限目の現代文の時間に。担任であり現代文の担当の先生は、「はい」と短く言って了承してくれた。早足で教室を出て、トイレに向かう。
5限目に英語があって、そこで課題を提出したら、早退したかった。しかし、どうしても痛みが酷くて、我慢ならない。トイレに頻繁に行きたくなるし、お腹と腰の痛みは座っているだけでも辛いものがあった。授業の内容に集中することもできず、ただ痛みに耐える苦痛に満ち溢れた時間を過ごすのは、虚無であったし、辛かった。
もう、4限目の歴史と6限目の体育は、受ける気が湧かなかった。
さて、こういう時は、人に頼らせてもらうのが一番。英語の課題を託して、早退の手続きをするために職員室へと向かうと決意して、誰に課題を提出してもらうか、考える。
周囲は完全に、休み時間の自由な空気になっていて、くるみだけが机に突っ伏して、誰にも聞こえないように小さく呻いていた。
親友の夏目がいいだろうと考えた。ただ、別で伝えなくてはならないことがあった。
それは、ゆずるに伝えなければならない。
――学校を早退する。ただ、「絵」は、ちょっとだけでも見に行く。約束通りに。
「ゆずる?」
くるみは、自分でも驚くほどに低い声でゆずるに尋ねていた。
彼は、苦手だと言っていた数学の参考書を熱心に解いて勉強していた最中だった。数式を縦に羅列していても、声を掛けると、手を止めて、律儀に顔を向けて「何?」と聞き返してくれた。
息が詰まるのを抑えて、はっきりと伝えられるように努めた。
「私、早退するね。体調が悪くって」
「そうか。お大事に」
声のトーンがいつものように落ち着いているゆずるに次いで、伝えなければならないことを声にして絞り出した。
一つ、英語の課題を代わりに提出してほしい旨。一つ、学校は早退するが、絵は見に行く旨。
「これ、五時間目の英語の課題なんだけど……代わりに出しておいてくれる?」
両手で英語の課題である用紙の、ホチキス止めされた束を差し出すと、「ん、わかった」とゆずるは短く言って、それを丁寧にファイルに挟み込んでしまってくれた。
「あと、学校は早退するけど、絵は見に行くからね?」
「いや、体調が優れないなら、いいよ。また、今度の機会に見に来てくれればいい」
唾が喉に絡まりそうになりながら、勇気を出して言った。ゆずるは抑揚のない声で、しかし優しく言った。
自分からメールを送って、できるだけ早く見てほしいと言っていたのに、どうして?せっかくのお誘いなのだから、断りたくはないのに。
「俺の絵なんかより、自分の体を大事にしてよ」
「だ、大丈夫だって!絵を見せてもらうぐらいなら、行けるから。家も近いし」
「大丈夫じゃないでしょ?学校を早退するぐらいなんだから」
早く、職員室に行って、早退の手続きをしてしまいたい。
それなのに、核心をつんと突くようなゆずるの物言いに、ちょっとイラっときてしまった。
けれど、彼に怒りで当たってもどうしようもないとは分かっているから、煮えるイライラをぐっと堪えた。
全て、こうさせる【赤い悪魔】が悪いのだから。
マスクの下で小さい溜息をつきながら、声の調子を上げて彼に言った。
「とにかく、今日の夕方……そうねぇ、4時半には、お邪魔させてもらうから、よろしくね」
その場を立ち去ろうとしたところ、ゆずるはようやく「わかった」と、最も望んだ言葉を返事として返してくれた。
その日は、足早に学校を早退した。
駐輪場にて、お父さんに電話をかけて、早退する旨を伝えると「迎えに行こうか?」と言われた。
大丈夫、くるみは、自分の足で帰るという鋼の意思を示し、自転車を漕ぎだした。
すぐに、お腹まわりの激痛に襲われて、後悔するのだった。
やっぱり、お父さんに車で迎えに来てもらったほうがよかったかな。いや、お父さんも大学のお仕事忙しいだろうし……
途中、スーパーに立ち寄って、ゆずる宅に手土産として持参するためのチョコ菓子を買って、袋に詰めた。
なんとか自宅に帰ってからは、ベッドに横になるばかりであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます