第11話 呑めない酒 その4 『緑の妖精』
創作物に登場する酒。
呑みたくても、様々な理由から実際に呑むことが叶わないお酒。
お次に紹介する酒は、麻薬との境界が割とギリギリである。
第2位: 芸術家たちの緑の妖精
絵に描いた餅、ならぬ、絵に描いた酒だ。フィンセント・ファン・ゴッホと言えば、『ひまわり』や『糸杉』が有名な画家だが、緑の妖精ことアブサンを愛飲していたことでも知られている。
ちょっと待て、アブサンなら今でも買えるし呑めるだろう、という声が聞こえて来そうだが、私が呑みたいのは、当時のアブサンなのだ。
アブサンとはニガヨモギを原料とする透明な緑色の蒸留酒で、ロートレックやゴーギャンなどの有名な芸術家たちに好まれていた。
幻想的な美しい緑色。
グラスに専用のアブサンスプーンを渡し、角砂糖を乗せ、アブサンを垂らして火を点ける。
アルコール度数は、40度から60度。もっと高いものもあったらしいから、アブサンで緑色に染められた角砂糖は簡単に燃える。
青白い炎が揺らめく。
スプーンが熱くなる前に、水を垂らして鎮火する。
じゅわ、と、溶ける砂糖。
スプーンから滴る水との化学反応で、透明な緑色はあっという間に白く濁ってしまう。
一瞬で姿を変える、魔術めいたところも、芸術家たちの心を掴んだのかもしれない。
舌に触れる味わいは、甘ったるくて、微かに苦くて、薬草の清涼な香りがする。
ニガヨモギには幻覚作用がある。
映画『ムーラン・ルージュ』で、アブサンを呑み干した主人公達の前に緑色のドレスを着た妖精が現れるシーンがあるが、あれもアブサンの作用としての幻覚を表現したものなのだろう。
ちなみに、例の映画では砂糖や水を使わず原液を呑んでいた気がするが、アル中がまどろっこしい呑み方を好むとは思えないので、あれはあれで正しかったのかもしれない。
ゴッホの絵も、アブサンのグラスと水の入った瓶は描かれているが、砂糖やスプーンなどは見当たらない。
幻覚作用と強い中毒性を理由に、アブサンは一時、製造・販売が禁止されていた。しかし現在は解禁され、様々なメーカーから販売されている。
ゴッホの自画像をパッケージイラストに使ったものもあり、気分だけを味わうのであれば十分だと思う。
そう、気分『だけ』なら。
アブサンの幻覚作用、その主成分はニガヨモギに含まれる『ツヨン』という物質だ。
現在販売されているアブサンに含まれているツヨンは、当時の僅か100分の1。
何とも健康的な飲料に成り下がってしまっているのだ。
まるでノンアルコールビール、カフェインレスコーヒー、砂糖不使用のチョコレート!
味気無いにも程がある。
しかし…。
ただのアルコールだけで、十分だらしなくなるアル中としては、本物のアブサンの無い時代に生まれて幸運だったのかもしれない。
かつての芸術家たちが大成したのは、アブサンの酩酊が作品に影響を与えた……と、いうよりは、本人の努力と才能によるところが大きい。
ただの重症中毒患者として命を散らした者の方が、絶対に多いに決まっている。
そうじゃなきゃ、そもそも禁止されないし。
でも、呑みたいなぁ。
ゴッホはカイジのように耳を切り落としたし、ロートレックも早死にしたけれど…。
脳味噌がぶっ壊れるような酔い心地、1度は味わってみたいものである。
酩酊の追憶 酒呑み @nihonbungaku
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