第37話 アンリの剣

僕はクラモを連れたまま、とある屋敷へ向かっていた。

馬車に揺られながら、隣にいるクラモに話しかける。


「クラモ、ナギには黙っててくれよ?」

『……』


返事は無い。

だが、僕にはわかる。


クラモは恐ろしく賢い。

言葉が話せないだけで、きっと誰よりも状況を理解していると……。



 * * *



林道を小一時間、馬車で走るとまるで城のような邸宅が見えてくる。

ここへ来た目的は、シオン・アルヴォラリス次期公爵殿下への謁見であった。


「さっき会ったばっかりなんだけどねぇ……」


馬車を降りると公爵家の使用人が出迎えてくれる。


「ようこそ、アンリ・ド・ラメール様、シオン殿下がお待ちです」

「ああ、ありがとう」


「あの……そちらは」

使用人が馬車の中のクラモを見て、恐る恐る尋ねてきた。


「ああ、彼はここで待っているだけですから」


目を見て微笑むと、使用人はそれ以上何も言わなかった。



通された部屋は、謁見の間ではなく応接室だった。

へぇ、普通なら謁見の間で待たされるところなんだけど……。


街で会ったことで、距離を縮めたいと思っているのだろうか。

それとも、ナギさんのことを知りたいと思っているのか……。

どちらにせよ、いまはそれどころじゃない。


ラマニフ家がナギさんと間接的にでも関わりを持つなんて、絶対にあってはならないことなんだ……。


「失礼いたします。アンリ・ド・ラメール様をお連れいたしました」

「ご苦労、下がっていい」


使用人は低頭し、音も無く部屋を後にした。


「さて……アンリ・ド・ラメール、話を聞こうか」

ソファに座ったシオンが向かいのソファに手を向ける。


街で会ったときとは顔つきが違う。

鋭い眼光に気圧されそうになるが、こっちも伊達に修羅場をくぐっちゃいない。

僕は下腹にグッと力を入れ、笑顔を作った。


「ありがとうございます、では……」


腰を下ろし、シオンと向き合う。


「そんなに構えないでくれ、俺は君に借りがあるし、借りを返したいと思っている。それに……」

「ナギさんのことでしょうか?」


「んっ……ま、まぁ、それも……あるか」

シオンは、ばつが悪そうに頬を指で掻いた。


「それはまた別の機会にしましょう。殿下、ラマニフ家が関わっています」

「――⁉」


シオンの目つきが変わった。


「……何があった?」

「ル・シエル・アジュール……殿下のお店ですね?」


「……」

「この身に誓って、他言はいたしません。あの店で食中毒が発生したことは?」


「ああ、聞いている。だが、毒消しポーションが手に入ったことで大事には至らなかったと報告を受けた」

「はい、被害にあった方は全員無事です」


「なら――」

「その被害者の中に、ラマニフ家の三男坊、フィーゴ・ラマニフがいたのです」


シオンの頬がピクッと動いた。


「それは……厄介だな」


そう呟いた後、口元を手で覆う。

目線を下に向け何か考え込んでいるようだ。


「状況を説明いたします。回復後、フィーゴはマカロンさんに犯人の特定を迫るように、店に嫌がらせを行っていたそうです。マカロンさんは犯人の特定を約束し、錬金術師のカレン、私の姉に調査を依頼しました」


「ナギの工房か?」

「ええ、私の姉の工房でもあります」


「そうなのか⁉ すまん、それは知らなかったな……なるほど、通りで……」

「殿下が何を推測されたのか、私にはわかりませんが、私と殿下の利害は一致しているかと存じます」


「ほぅ? 聞こうか」

「私はマカロンさんを救いたい。そして、ナギさんをラマニフ家なんかに関わらせたくないのです!」


「たしかに、利害は一致しているようだ」

「では……」


話を進めようとすると、シオンに遮られる。


「ナギを助けたいという気持ちはわかる。だが、なぜマカロンを救いたいと思う? 君とマカロンは、どういう関係なんだ?」


「……私と姉は幼い頃、両親を失いました。当時、マカロンさんだけが私たちに食事を与えてくれた。ただ、その恩に報いたいだけです」


シオンはじっと僕の目を見つめた。

それから、フッと笑って力を抜き、「わかった」と言う。


「俺も他言しないと誓おう。ただ、今回の件、俺が出ると色々と問題が大きくなる可能性が高いのはわかるな?」

「ええ、たしかに……」


ラマニフ家は爵位を持たない。表向きは貴族御用達商人だ。

それに対し、シオンは次期公爵――。


平民相手の揉め事に顔を出したとなれば、シオンの器量を疑われてしまう。

そして、それは同時に、ラマニフ家の影響力を高めることになる……。


「安心しろ、こういう時のために彼奴がいる」

「……?」


「おい、ベクター!」


シオンが声を上げると、すぐに一人の男が部屋に入ってきた。


「お呼びでしょうか、殿下」

「アンリを覚えているか?」


ギョロッとした目で僕を見る。

騎士らしく眼光は鋭いが、その視線に敵意はない。むしろ好意的だ。


「ええ、当然です。彼は騎士団を救ってくれた恩人ですから」


「ベクター、その恩を返せるぞ」

「……」


ベクターは剣を前に掲げ、シオンの前で片足を付く。


「ご命令を――」


「シオン・アルヴォラリスが命じる。筆頭護衛騎士ベクター・クリスよ、私の許可があるまで、アンリ・ド・ラメールの剣となり、せよ」


「はっ、我が剣は主のために――」と、ベクターが、僕の方へ向き礼を執る。


シオンがニヤッと笑みを浮かべた。


「アンリ、君ならばベクターを使い、問題を解決できるだろう?」

「……」


なるほどね。

ふんっ、ただのお坊ちゃんではないということか……。


「わかりました、殿下。このアンリ・ド・ラメールが必ずや解決してご覧にいれましょう」

「うむ、期待している」


シオンは紅茶のカップに口をつける。

僕は丁寧に礼をして、応接室を後にした。



 * * *



いつでも連絡が取れるように、クラモとベクターを顔合わせした後、僕はル・シエル・アジュールに馬車を向かわせた。


車窓にぽつり、ぽつりと雨粒が当たる。


「クラモ、雨だね。本降りにならなきゃいいんだけど……」

『……』


図らずも、僕は『剣』を手に入れた――。

その剣は間違いなく王国で一番強い剣だ。


だが、相手は王国の闇……。

実体のない相手を斬るにはどうすればいいのか。


答えは簡単だ。

斬らなければいい。


光が当たれば、影はおのずと消えるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る